きみの神様になりたかった

 夜にこんちゃんと長谷部から情報共有を受けていると、怪訝な顔で一通のメールを示された。
 政府施設への呼び出しだった。名前は<石橋>、誰だ。人事部での知り合いといえば本丸担当の佐竹のみなので、佐竹からの連絡でないことに疑問を覚える。しかし当然、無視するわけにもいかない。
 日中に佐竹に確認しようとしたのだが、時差と佐竹の会議で時間が合わなかったらしい。メールは入れてくれているとのこと。
 わたしは、指定されている時間を見た。

「明日の午後四時か。なら、夕方までには佐竹も連絡をくれるだろう」
「主、念のため申し上げますが、日本時間の午後四時は本丸時間の午前九時です」
「そうだった。朝起きてすぐ連絡確認して、支度出来次第中央に行くかぁ」
「エオルゼア側での予定は大丈夫なのですか? 明日は朝食後に移動される予定でしたが」
「午前は自分の用事だったから、大丈夫かな」
 
 人事部からの急な呼び出し。こちらの都合も考えてほしいものだが、何か緊急事態なのかもしれない。
 場所は、人事部フロアの会議室を指定されていた。てんで場所が分からないが、とりあえず人事部にさえたどり着ければなんとかなるだろう。
 こんちゃんが明日の刀剣男士当番表を表示させる。

「護衛刀剣はどうされます?」
「俺がご一緒します」
「でも長谷部は明日出陣でしょう。非番の刀剣に頼むよ」
「ですが、主の近侍として」
「明日は長谷部が部隊長だから、期待しているし」
「はい!!」
「あ、蛍丸がいるな。蛍丸に頼んでみるか……」

 非番刀剣の中で一番打撃力が高い刀剣男士の名前をあげる。詳細不明な呼び出しに応じるのだ、なんとなく、分かりやすく威嚇できるようにしておきたい。
 こんちゃんが、当番表でグレーアウトしていた<審神者外出護衛刀剣>欄を有効にし、蛍丸の名前を入れる。即座に離れと母屋の当番表モニターに反映され、重要当番発生ということで蛍丸にも通知がいく。こんちゃんが蛍丸宛に依頼内容のメールを打って続けて送ってくれた。
 すぐに、ぽこん、と受信の音がする。
 
「蛍丸様から了承の返信が来ました」
「はやい」

 招集理由は気になるが、明日の佐竹からの返信を待つしかない。蛍丸の了承も得られたことだしと解散した。


 翌朝、執務室には既に長谷部と事務補助員・松井江がおり、佐竹からの返信を確認してくれていた。
 石橋なる人物は佐竹の上司にあたるとのことだった。とりあえず会ってみる旨の返信を松井が打っていると、佐竹がビデオ通話をかけてくる。『僕は何も聞いておりません、すみません。石橋さんは、その、ちょっと気難しい方でして』そういう佐竹は本当に困惑しているようだった。

『大丈夫だとは思いますが、困ったことがあったらすぐにご連絡ください』
「ありがとう」
『とんでもありません。それでは』

 佐竹との通話を終え、執務を任せて玄関に向かう。
 玄関ではきっちり戦装束を着込んだ蛍丸が待機しており、「おそーい」と文句を言われた。予定時刻ぴったりに来たのだが、蛍丸はそれよりも前から待っていたらしい。

「非番なのに急な仕事を入れてごめんね、ありがとう」
「いいよ。主をひとりじめなんて早々できないしね。近侍の長谷部が羨ましいよ」

 軍帽の上から頭を撫でて、政府施設へ転移する。
 またしても警備員に止められたので、本丸番号照合ついでに人事部のフロアを確認した。たどり着けなければ佐竹に連絡をするが、道案内に呼びつけるのは申し訳ない。
 鼻歌交じりの蛍丸と並んで歩く。蛍丸の身長から飛び出た大太刀の柄にある赤い組紐の装飾が、蛍丸の機嫌を表すように揺れていた。
 ほどなくして人事部フロアに到着する。しかし会議室の場所が分からない。これは佐竹に電話をするか、適当な職員を捕まえて聞かなければ。さっさと捕まえられそうな職員を探して見回すと、中年の男が大股で近づいてきていた。虫の居所が悪そうなことが伝わるので声を掛ける候補から外したのだが、男は明らかにわたしたちに向かって歩いていた。
 さりげなく蛍丸がわたしの前に出る。
 男が息を吸う。

「なんだその格好は! ふざけているのか!」
「……なにこいつ」

 蛍丸が低い声で呟く。わたしは蛍丸の肩を軽く叩いて下がらせた。

「石橋というひとに呼び出されてきたんだけど」
「わたしが石橋だ。今何時か分かっているか」
「午後三時五五分」
「わたしは午後四時を指定したはずだ。お前がこの建物に詳しいならばともかく、場所も分からないのにギリギリに来るやつがあるか」

 石橋は不機嫌を顔に出している。腕を組んで、指先は小刻みに二の腕を叩いていた。
 わたしは、はあ、と適当に相槌を打って反論した。

「この人事部署には約束の時間までに到着してる。このフロアから徒歩五分でたどり着かない場所に会議室があるのなら、それを事前に知らせるべきだと思うけど」
「呼び出しに誠実に対応しようという意識が見られない」
「本題不明の招集を突然入れられたこちらの身にもなってくれないかな。時差七時間、通い審神者だよ。わたしの立場はご存じなんでしょう?」
「大体、なんだその言葉遣いは!」
「チャームポイント」

 後ろで蛍丸が笑ったのが分かった。
 対照的に、石橋の怒りは増長されていく。わたしの言葉は届きそうになかったが、言われるだけというのは性に合わないのできっちり主張はした。

「言葉遣いも格好もふざけている」
「わたしの見目について知らないなら、佐竹に聞いて。事情があって外せない。そんなことも知らずにわたしを呼び出したの? 何の用?」
「なんっだその態度は! 異世界人がどうした、そんなに偉いのか!」
「この世界ではちゃんと審神者として仕事をしてる。向こうでは国王にアポ無しで謁見できる程度の立場だから、<偉い>という評価もある意味では正解かもしれないね」
「主すごいじゃん」
「案外すごいでしょ」
「異世界でどうかは知らないが、ここでお前はただの一審神者にすぎない。政府からの呼び出しだと言うのに、ふざけた格好、ふざけた言葉遣い、ふざけた態度。人間としての常識を疑う」
「それで、用件はなに?」
「馬鹿にするのも大概にしろ!」
「ええ……」

 不満をぶつけられるためだけに呼び出された気がしてきた。わたしが黙ると、それをいいことにガミガミ説教もどきが続く。社会人としての態度がなっていない、戦績を上げるという気合いがみられない、刀剣男士を甘やかしている、女の審神者はどいつもこいつも、等々。
 石橋の声が廊下に響くためか、人事部のオフィス内から何人かが様子を見ていた。何事かと出てきて、わたしたちを見て、表情が引きつる。石橋というのはよほど問題視されているのだろうか。
 わたし自身、大雑把なほうだと思っている。それでも不愉快なことには間違いない。一発ビンタでもしたら黙ってくれるかもしれないが、それはそれで傷害になる。槍を突き付けたら黙るだろうか。しかし、刀剣男士の政府施設内抜刀は禁止されているので、審神者の武器使用も当然禁じられているだろう。
 わたしはおもむろに四次元リュックに手を突っ込んで、シャインアップルをひとつ取り出し、片手でつぶした。果肉と果汁がぼたぼた床に落ちる。
 石橋の罵倒が止まった。

「脅すようで悪いんだけど、わたしは審神者という非戦闘員であると同時に、向こうでは最前線戦闘員だよ。感情に任せて武器を振るうことはしないけど、あまりに度が過ぎるようなら骨くらい折っちゃうかも。わたしに非があるとしても、伝え方は。……床汚しちゃったな……」

 シャインアップルもひとつ無駄にしてしまった。手っ取り早く落ち着いてくれるかと思っての行動だったがもったいない。
 ハンカチで手を拭いていると、シャインアップル握り潰しショーに拍手をくれた蛍丸が一歩前に出た。

「あのさ、おじさん。俺たちは確かにあんたたちの部下にあたるんだろうけど、俺の主は政府じゃなくて彼女なの。主が政府の味方だから俺たちも政府の味方をしてるだけで、主かあんたかって言われたら、主をとるに決まってるでしょ。……ねぇ、俺の言いたいこと、分かるよね?」

 シャインアップルの残骸は、清掃員に連絡をすればいいだろうか。清掃業者の連絡先など分からない。こんちゃんは知っているだろうか。

「主に散々失礼な口を利かれて、俺が怒ってないとどうして思うの? ここであんたを叩っ斬らないのは、それが主への迷惑になりかねないからだよ。審神者っていうのは数多の人殺し武器の首領なんだってこと、ちゃんと認識したほうが良いよ」

 オフィスから顔をのぞかせている職員の中に、佐竹を発見する。怯えをにじませる石橋と真顔の蛍丸と握りつぶされたシャインアップルを見て状況を察してくれたのか、真っ青になって駆け寄ってきた。

「俺が、ちゃんと主の今後を考えられる賢明な刀剣男士で良かったね。俺の主が、優しいひとで良かったね、おじさん!」

 蛍丸の笑顔はとんでもなくかわいかった。


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