こんのすけがメンテナンスのため政府に行き、長谷部は出陣、松井は遠征。そうすると、わたしが執務室で出来ることはほぼなくなる。日々こつこつと事務仕事を片付けている成果もあり、少々事務仕事が止まっても問題は無かった。
さんにんを送り出した後、ふらりと足が向く場所と言えばキッチンだ。しかしキッチンにたどり着く前に乱と会い、談話室に方向転換した。刀剣男士私室棟は、各フロアに談話室を設けている。個室二つ分の広さで、小さい冷蔵庫、テレビ、テーブル、近くに部屋がある刀剣男士が持ち込んだ本等があり、自由に使われている。
粟田口部屋に挟まれた談話室では、包丁と信濃がみかんを剥いていた。
声を掛けて入ると、信濃が丸めていた背筋を起こす。
「大将! 懐!」
「どうぞ」
わたしが腰を下ろした途端、もそもそと懐に入りに来る。前後にくっついて並ぶような形で座り、わたしが前に座っている信濃に体重をかけるとけらけら笑っていた。
わたしの懐に収まった信濃は「大将へはこれをあげるね」と言いながら剥きかけだったみかんの解体作業を再開する。皮から分離した実を丸々わたしに渡してくるので、半分に割って信濃に返した。
テレビからは、女性の独白のようなものが流れている。エオルゼア側にテレビ文化は存在しないため確証は無いが、ドラマというものだろうと推測する。
「何を見てるの?」
「恋愛ドラマ!」
「どろどろの昼ドラ」
「人妻」
乱、信濃、包丁からそれぞれ返答がある。恋愛が絡むものには間違いなさそうだ。少し流し見て分かったことは、今映っている女性が――おそらく人妻――夫と某との間で揺れ動いているということ。
乱は真剣に見ているようだが、信濃と包丁はそうでもないらしい。包丁は人妻を見ていると言いつつもあまり好みではないのか、みかんを食べる片手間に眺めていた。
包丁が視線をテレビからわたしへ動かす。
「主はさぁ、いつ人妻になるの?」
「包丁!!」
乱と信濃の叫びが重なった。乱が短刀の機動を活かして包丁に掴みかかり、わたしに背を向けていた信濃が振り向いてわたしの角を押さえる。チキンヘッドの上から押さえているだけなので遮音性は無いに等しいが、信濃がわたしの耳を塞ぎたいことは伝わった。
わたしが口を挟む間もなく、乱と信濃が捲し立てる。
「そういうのはデリケートな話題なんだよ、分かるでしょ。このご時世、主さんの年齢……正確な年齢分かんないけど、独り身は全く珍しくないんだから。そんなに軽々しく、まるで『さっさと結婚してほしい』みたいに振っていい話題じゃない」
「大将が結婚に興味ないのか縁がないのか、どういう考え方をしているのか分かんないんだぞ。それなのに未婚が悪のような言い方は駄目だ。大将が傷つくかもしれないだろ。乙女心は繊細なんだから」
「だって俺は人妻が好きだもん」
「だからって斬りこみ方が下手すぎる。仮にも刀なのに」
「大将がへこんじゃったらどうしよう。ともかく包丁、ちょっと黙ってるんだぞ」
「はーい」
包丁を睨んでいた信濃がわたしにぎこちない笑みを向けて、チキンヘッドから手を離す。あまりにも申し訳なさそうにするので、気遣われすぎたわたしのほうが申し訳なくなってくる。
「ごめんね、大将。包丁の言うことは気にしないでね」
「ああ、気にしていないよ。あと、特に結婚する予定もないかな」
「えーなんで?」
「包丁!!」
またしても乱と信濃の叫びが重なる。包丁を談話室から締め出しそうな乱と信濃を宥め、それぞれの口にみかんを入れた。
「恋愛をする暇がないし、特に必要性も感じない。信頼できる仲間がいればそれでいい」
わたしがこの手の話に応じると分かると、恋愛話が好きらしい乱が身を乗り出した。包丁は乱や信濃に睨まれるせいか、テーブルに顎をのせて不服そうな顔でみかんを食べている。
「好きなひとがいたことは?」
「子どもの頃はあったかも。故郷を出てからはないね」
「今も気になるひととかはいないんだ」
「そうだね」
「どういうひとがタイプとかある?」
「どうだろう。恋愛的な意味ではないと思うけど、尊敬できるひとは好きだよ」
「尊敬かあ……」
「そういう乱は恋愛を……刀剣男士って恋愛するの?」
刀とはいえひとの形とこころを持っている。ひとの姿をしているとはいえ、本質は刀である。
わたし自身が恋愛と縁がないため気にしていなかったが、もしや彼らも恋をすることがあるのだろうか。しかし、恋愛するとしても相手の問題がある。実は本丸内で愛憎劇が巻き起こっていたりするのか。
三振から物言いたげな視線だけを無言で向けられること数秒。信濃が、二つ目のみかんを剥いて半分をくれた。
「無い、とは言えないよね。でも、みんな大将のことは好きだと思うよ。例えば、例えばさ、あくまで例えばの話だけど、大将が刀を好きになったら、大抵の刀剣男士は嬉しいんじゃないかな」
「刀同士じゃなくて、人間もありなんだ」
「刀同士ぃ? 考えたこともなかったな」
種族性別年齢について偏った考え方はないが、<ひと>と<もの>は流石に考えてこなかった。人間と刀剣男士の恋愛もあり得るというのは、中々寝耳に水だ。
言われてみれば、刀剣男士は人間の姿をしているのだから、人間からの恋愛対象になり得るのだろう。刀から人間が恋愛対象になるというのも、人間のわたしには不明な感覚だが、刀である彼らが言うのだからあり得るのだろう。
乱が頬杖をついてにっこり笑った。
「主さんは、ひとと刀剣男士の恋愛ってアリ? ボクらの感情が人間のいう恋愛と同じなのかは分からないけど、恋愛って言葉を当てはめるのが便利なパターンもあると思うんだよね」
「恋愛はアリだと思うよ。驚きはしたけど、双方が良いなら良いんじゃないかな」
「刀剣男士から恋愛感情を向けられたらどう思う?」
「嬉しいと思う。それに応えられるかは別として」
「タイプじゃないとか?」
「ううん……そういうこともあるのかもしれないけど、今のところ、わたしは恋愛より冒険や戦いが大事」
「主は人妻にならないの……?」
包丁が心底悲しそうな声を出す。
「いち兄とかどう……? 見た目も成人男性だし、多分優しいよ……人妻……」
「大将、粟田口になるのか?」
話がおかしな方向に向かい始めたところで、薬研が談話室に加わる。「よっこらせ」掛け声とともに腰を下ろし、みかんを一つとる。
包丁が相変わらず沈んだ声で言った。
「主の人妻化作戦を考えてる」
「本丸内で戦争だな」
「そんなに荒れることなの?」
「そりゃなあ。<俺たち>の主が、<誰か>の主になりかねないんだから。大将はモテモテだぜ」
「万が一急に結婚することになっても、審神者を辞めることはないと思うけど」
「んーははは」
薬研が頬杖をついて笑顔を浮かべる。
「主が誰かのものになること自体、腹に据えかねる刀もいるってことさ」
わたしは目を瞬いた。ただ主として慕うだけではなく、そういった独占欲じみたものもあるのか。
薬研がにっこり笑みを深めて、みかんの解体作業に取り掛かる。「薬研も危険な発言するじゃん」包丁が不貞腐れたように言った。
再びみかんを剥いていた信濃が振り返り、無意識かわざとか、あざとい上目遣いをする。
「俺たちのこと、怖がらないでね。大将のことが好きなだけなんだ」
「嬉しいよ」
「あと、いち兄はきっと絶倫だからやめたほうが良いよ。粟田口入りしたくなったら俺のことを思いだしてね」
信濃がきわどい発言をした後、乱と薬研が続く。「ボクも!」「俺もな」どこまでが冗談なのか分からないが、好かれているということは確実なようだ。
わたしはみかんを口に運びながら、新たな疑問を口にした。
「刀剣男士って性欲あるの?」
さんにんは生暖かい笑みを浮かべた。