愛らしい人間

 本丸エーテライトで迎えてくれたのは三日月だった。鎧を外した軽い戦装束姿で、整備の際に備えたベンチに腰掛けている。わたしの姿を認めると、穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。
 平安時代に打たれた刀の中でも、三日月は特にまとう空気が独特だ。縁側に落ちているときも、戦中も、今わたしの帰りを待っているだけのときも、時間の流れがずれているような気がする。

「おかえり、主。待っていたぞ」
「ただいま、三日月。この出迎えって、刀剣男士の間で誰が行くか決めてるの? 毎回違う刀が来てくれているよね」
「主とふたりで話せる数少ない機会だからな。希望者をリストにして一巡させている。ちなみに、長谷部と松井は含まれない」
「執務室で一緒だからか」
「あやつらばかりでは、ずるいからな」

 では行くか。そう言って三日月がわたしの手を握る。歩く速度もゆっくりだ。わたしの足の長さに合わせているのではなく、あえてゆっくり歩いている。刀剣男士が主とふたりでのんびり話がしたいと言うのならば、それを無碍にはとても出来ない。
 数歩歩いたところで三日月が突然立ち止まった。つられて立ち止まったわたしの前に回り、階段を一段だけ降りる。身長差を階段の段差が相殺して、目線が近くなる。それでもまだ三日月のほうが背が高い。
 三日月はチキンヘッドに隠れたわたしの目を見ていた。外から見えるはずのないわたしの目を見て、目を細めて笑っている。
 このままいつまでも立ち止まっていそうだった。

「……どうかした?」
「なに、主は綺麗だと思ってな」
「ニワトリが?」
「被り物も愛らしい。隠れた主も、愛らしい」

 三日月が顔を近づけてくるので、目の中の三日月がよく見えた。

「その顔を見せてくれたらば、目一杯愛でられるのだがな。無理強いはすまい」
「……」
「はっはっは」

 手をつなぎ直して歩き出す。言いたいことを言いきった三日月には悪いが、慣れない褒められ方をして思考が鈍っていた。
 三日月は分かりやすく好意を示してくれる刀剣男士だが、今夜は押しが強い気がする。

「三日月は、わたしがこれを被っていても中身が分かるの?」
「うん? 姿形は分からんが、どういう人間なのかは分かる。俺に限った話ではないが。目一杯愛でるには、その被り物が邪魔でなあ」
「そう言われると、外す日が遠くなりそうだね」
「愛でられるのは嫌いか?」

 からかうというよりは、意外な返答を得て少しばかり悲しそうな問いかけだった。
 わたしは三日月の手を引いて立ち止まらせ、わたしだけ一段上に戻る。近い位置にある三日月の目をチキンヘッドの下からじっと見る。

「綺麗で強いわたしの刀。どれだけ空が曇っても、いつでも照らしてくれるわたしの月」

 動きを止めてしまった三日月を抱きしめる。普段じゃれるときにはわたしが完全に三日月に埋まってしまうが、抱きしめながら頭を撫でることもできた。三日月は部屋で香を焚くタイプの刀剣男士なので、いい香りがする。
 視界を桜の花びらが次々舞うので、真正面から褒められることの照れくささを感じてくれたかと体を離した。
 三日月は満面の笑みだった。豊前のときとは反応が違う。

「うん、うん、もっと構ってくれ。嬉しくて桜が止まらんな。俺も主をたくさん褒めるとしよう」
「逆効果だったか」
「せっかく体も声もあるのだ。想いは伝えねば」
「わたしを褒めるなら『強い』か『かっこいい』あたりにして」
「主は強くて格好よくて、可愛らしくて綺麗だよ」
「もう」

 三日月を置いて階段を早足で降りる。後ろから優雅な笑い声が聞こえていた。刀剣男士のいう「かわいい」「きれい」が外見上の話ではなく、霊力が綺麗だとか、人間が精いっぱい生きているのがかわいらしいとか、そういう意味だとは分かっている。それでもとても落ち着かない。
 その動揺が足元に出たのか、わたしはらしくもなく階段を踏み外した。あ、と思ったときには視界が傾き、受け身を取ろうと動き出していた。

「主!」

 腕を強く引かれて、また香のかおりに包まれる。三日月が、わたしを抱きとめて安堵した表情を浮かべていた。
 こんなことで動揺しては敵兵につけこまれてしまう。敵兵がわたしを褒めちぎることなどあり得ないのでどう考えても杞憂だが。

「大事ないか?」
「うん。ありがとう」
「ゆっくり、本丸に戻ろうな」

 また手を繋いで歩き出す。褒め合いは終わったようでなによりだ。
 しかし、転げたわけでもないのに違和感があった。足に痛みはないので、くじいてもいないはずだ。そうであるのに、どこか怪我をしたことが分かるような。三日月に妙な心配はかけたくないので口にはしなかった。
 夜、入浴前に何気なく体を確認すると、片腕に手のあとのようなものが付いていた。肌がグレーなので痣や傷痕は目立ちにくいが、それでも薄らと痣になっている。
 刀剣男士の力を思い知りながら、天球儀を出してそっと治した。



ALICE+