仲間や刀剣男士たちから<タラシ>だの<すぐ口説く>だのと言われているが、毎回、わたしにそのつもりは一切ない。
しかし今、わたしは「口説くぞ」と確固たる意志を持っている。
遠征から戻ってきた豊前と篭手切が資材の運び入れを終え、執務室に報告へやってくる。長時間外を歩いたふたりは砂埃で多少汚れていたものの、戦闘が発生していないということで疲労の色は薄い。
出陣後に比べて簡単な報告を口頭で聞き、後でデータでの提出をするよう依頼する。いつもの流れだ。
「うし、じゃあさっと風呂入ってくるわ」
「失礼します」
豊前と篭手切が腰を上げる。わたしも立ち上がって、豊前を呼び止めた。自然と篭手切も立ち止まる。
「豊前、ちょっと本体借りてもいい? 悪いようにはしないから」
「ん? いいぜ」
「主待って」
豊前が快く頷いてベルトから本体を外す。横から制止したのは松井だった。立ち上がって「まさか」と顔に書いている松井に、笑って手を振る。
「エオルゼアには連れて行かないよ」
「そうか……」
松井は腰を下ろしたものの、まだ不安そうな表情だ。長谷部もいつになく真剣な表情だった。
豊前が本体をわたしに差し出し、軽い調子で爽やかに笑う。
「俺、異世界に行けるかもしれなかったのか?」
「豊前で魔物を斬ろうかって話をしてた」
「なんでそんな面白い話してんだよ、呼んでくれよ」
豊前江(本体)は柄も鞘も黒く、飾り気のない見た目をしている。棟がどうの、鋩子(ぼうし)がどうの、という刀身の特徴は、刀剣来歴資料を見ないと分からない。
わたしは豊前から本体を受け取って、それを片手に執務室の外に出た。縁側のガラス戸も開ける。天気はとても良い。少し庭に下りるだけだからいいかと、靴を出さずに踏石に置いている突っかけを履いた。
さっと<占星術師の証>を<侍の証>に持ち替える。普段、エオルゼア側で使用している刀を外して縁側に置き、豊前江(本体)を装備した。打刀と槍がすんなり装備出来ることは分かっている。
不安そうな面持ちで縁側に出てきていた面々が固まっていた。
わたしは数歩だけ庭へ歩き出し、柄を握る。
「おい、あるッ」
止められる前に抜刀した。やたらと重かったので豊前が本体を抜けないようにしていたのかもしれないが、エーテルを込めたら抜けた。審神者パワーだ。不意を付いたのも良かったのかもしれない。
ぎゃあ、と誰ともつかない悲鳴が縁側から聞こえているのをしり目に、空気を袈裟斬りに刀を振り下ろす。そのまま今度は逆袈裟に斬り上げ、最後に、格好をつけて回転納刀。
やりきった気持ちで縁側を向くと、呆気に取られている中から豊前が靴下のまま庭に下りてきた。必死の形相だが桜が舞っているので、相当複雑な心境だとみえる。
「な、なにしよんかちゃ!」
「刀剣男士を口説くにはこれが一番だと思って」
「口説……?!」
声を荒げたり桜を散らしたり何も言葉が出ず頭を抱えたりと、豊前は忙しそうだ。
わたしは腕を伸ばして豊前の頬を挟んだ。青とも赤ともとれない顔色をした豊前がわたしを見下ろす。見開かれた赤色の目に、わたしが映っているのも良く見えた。
「豊前江、わたしの大事な刀。きみの活躍を期待する」
手を離してハグをする。硬直している豊前の背を軽く叩いて離れ、豊前江(本体)を腰から外して手に持った。返そうとするも、豊前が頭を抱えてしゃがみこむ。
「ぅ……ヴヴ……!」
「りいだあー!」
「豊前! 気を確かに!」
松井と篭手切が豊前に駆け寄り、呻き続ける豊前の背を撫でて声を掛けている。「りいだあしっかり! 正直ちょっと羨ましいですけど!」「豊前、人間の言葉を思い出すんだ! 刀として嬉しいのは分かる!」篭手切と松井の心境も複雑であることが伝わってきた。
豊前江(本体)を持って立ち尽くしていると、いつになく真面目な顔をしたこんちゃんが庭に下りてきた。長谷部は縁側で倒れている。
「審神者様! 抜刀はいけませんと以前申しましたでしょう!」
「豊前を口説きたくて。ちゃんと口説けたみたいで満足している」
「これから豊前江様は背後に気をつけなくちゃいけなくなりましたよ!」
「それは心当たりがない」
「審神者様ってば、もう……もう!!」
「ごめんごめん」
ぷりぷり怒っているこんちゃんを、豊前江(本体)を持っていないほうの手で撫でる。「こんのすけはこんなことで誤魔化されませんから!」歯を食いしばって耐えていた。片腕でこんちゃんを抱き上げると肉球で腕を叩いて抗議されるが、無理矢理飛び降りようとはしなかった。
縁側で倒れている長谷部も心配だが、ひとまず豊前江(本体)を返そうと、江たちと一緒になってしゃがむ。
「豊前、本体を返すよ。貸してくれてありがとう。無理矢理抜いてごめんね」
「……ン……」
豊前はわたしの顔を見ないままで腕を伸ばし、本体を握る。
「やっぱり、刀身って綺麗だね」
「ン゜」
「それはとどめです!」
「主、なんてことを……!」
松井と篭手切がまるでわたしから豊前を庇うようにするので、そっと離れた。刀心は難しい。
突っかけを脱いで縁側に上がり、倒れている長谷部の肩を叩く。長谷部は緩慢な動作で体を起こして正座したものの、肩を落として床を睨んでいた。
「あるじ……俺も切れ味抜群ですよ……」
「知ってるよ、優秀な近侍殿」
「仕事に戻りましょう」
立ち直った長谷部がわたしを執務室へ誘導する。しかし、庭に下りてしまったこんちゃんの足を洗うのが先だ。江の三振のことも気にかかる。執務室と江とこんちゃんとで視線を動かしていると、長谷部が執務室の反対方向を示した。
「では、こんのすけをお願いいたします。あいつは俺が圧し切っておきますので」
「斬らないで」
余計に心配になるが、さあさあと急かされるのでこんちゃんを抱えてキッチンへ向かう。畑で収穫した野菜を洗う場所があるのだった。
中途半端な時間なのもあってキッチンには誰もいなかった。こんちゃんの足を洗ってタオルで拭き、廊下に下ろす。怒りを収めてくれたこんちゃんは、今度は遠い目をしてわたしを見上げた。
「豊前江様はもうお嫁にいけませんね……」
「わたしの刀なのに、別のところに嫁ぐの?」
「それくらいの威力があったということですよ」
「ここに執着を持ってくれたんならそれでいい」
こんちゃんが執務室へ歩き出す。ほんのり湿っている肉球の跡が廊下に残っていてかわいらしい。
なにやらぶつぶつ呟いているこんちゃんの後ろをついて執務室に戻ると、何事もなかったかのような長谷部と頭の痛そうな松井がいた。