執務室で、わたしは出陣の様子をみつつ資材在庫と各経費の整理をしていた。
同じく執務室で、こんちゃんが事務仕事をしている。そしてこんちゃんと同じく事務仕事に勤めてくれているのが、へし切長谷部という打刀だ。わたしの護衛でもあり、普段からこんちゃんと一緒に事務仕事を処理してくれているありがたい存在である。
一匹とひとりが、空中に浮かぶモニターに向かって黙々と手を動かしている様子を見ていると、申し訳無さが強くなる。
「こんちゃんも長谷部も、いつもありがとう……」
しみじみ呟くと、こんちゃんが尻尾を振りながら顔を上げ、長谷部もきりりと真面目な硬い表情で顔を上げた。
「こんのすけは、お忙しい審神者様のお役に立てて嬉しいです!」
「主のためならば、全く苦ではありませんよ。なんなりとこの長谷部にお申し付けください」
「ありがとう……」
わたしが事務仕事をなかなか手伝えないのには、不在が多いこと以外に重大な理由がある。
文字だ。
会話には支障がないのだが、文字を読むことに大変時間がかかる。この世界の文字を見ると、タイムラグがあってその意味が頭に流れ込んでくる仕様だ。長文となると意味を把握するのに時間がかかる上、政府からの堅苦しい伝達になるとハイデリン翻訳もおかしなことになる。書くことに関しては全くで、わたしはサインをすることしか出来ない。よって、可能な限りこんちゃんと刀剣男士に書類を捌いてもらい、わたしの確認が必要なものは声で教えてもらっている。
エオルゼア側ではもっぱら実動なのもあり、事務仕事を任せられることはありがたいのだが、本来わたしがすべきことを肩代わりしてもらっているという現状はなんとも。
ふたりの手が止まったタイミングで、わたしも手を止めた。
「ふたりとも、チョコレートは好き?」
「好きです!」
「ええ、まあ……」
元気よく返事をしたのはこんちゃんだ。長谷部は可もなく不可もなしといった表情だった。
わたしは魔術収納している所持品を漁る。
「今思い出したんだけど、昨日、なんとなくケーキを作りたくなって向こうでザッハトルテを作りまくったんだ。良かったら食べる? 休憩にしよう」
「ザッハトルテ!」
「ザッハトルテ?」
長谷部が首をひねる。
「チョコレートのケーキだよ。甘さは控えめだから食べやすいと思う。あったあった」
ひょいとザッハトルテをワンホール取り出す。直径六イルムほどなのでホールケーキとしては小さいほうだ。こちらの世界の単位だとおよそ十五センチメートル。
「主が作られたのですよね」
「ああ」
「光栄です、いただきます」
長谷部がにこりと笑う。貼り付けたような笑顔だが、打ち解けていないというよりは主という存在を尊重しすぎるあまりわたしの前で態度を崩すことが出来ない、とは薬研の談だ。もっと共に過ごせば力を抜いてくれるのかもしれないが、今それを求めることはしない。
ザッハトルテをまじまじと見て長谷部が言う。
「主お手製のお菓子で主とともに休息……他のやつらにやっかまれそうですね」
「いくつか冷蔵庫に置いておこうか。まだまだあるから」
「どのくらい作られたのですか?」
「四七ホール」
「よんじゅうななほーる?!」
長谷部が声を上げる。驚きを隠せていないそれが彼の素の感情だと分かって嬉しくなった。「失礼しました」とすぐに大声を謝罪して真面目な顔に戻ってしまうのが少々残念である。
「こっちにナイフと飲み物を持ってこようか」
「俺が取ってきます。お飲み物はどうされますか」
「長谷部が飲みたいものがいいな」
「……では、緑茶をお持ちします」
「審神者様、審神者様、これは三等分して食べても良いのでしょうか!」
「丸ごとでもいいよ」
「主、こんのすけが太ります」
嘆息しながら長谷部がキッチンへ向かう。すぐにお茶と食器をまとめて持って来てくれた。ケーキを切り分けるくらいはしようとしたのだが「刃物の扱いは任せてください」と言うのでお茶会セットアップを全てを任せることになってしまった。
わたしが彼らを労いたかったのだが、果たしてこれは正解だろうか。
長谷部はケーキを四等分すると、余った一つにラップをかけた。
いただきますと手を合わせてケーキにフォークを刺す。わたしは食べ慣れた味だ。保存術式もしっかり効いているので、出来立てよりは多少味が落ちるものの美味しさを保っている。
ケーキにかぶりつくこんちゃんが尻尾を大きく左右に振った。
「審神者様のお料理はいつも最高に美味しいですー! お店が開けますよ!」
「ありがとう。これ以上職業は増やさないかなあ」
長谷部をうかがうと、静かに二口目を口に運んでいる。さらに三口目。無言だが桜の花弁が舞っているので、どうやら口に合ったらしい。
わたしが見つめていることに気づくと、長谷部は恥ずかしそうに目をそらしながら花弁を手で払う仕草をした。