背中を押す手

 審神者となり刀剣に囲まれているのだから刀の知識も少しくらいは勉強したほうがいいだろうかと、こんちゃんに簡単な資料を作ってもらった。
 刀に関する基本的な知識と、今いる刀剣についての最低限の来歴まとめ。
 わたしにとって武器とは、その時々で持ち変え、買い換えていくものだ。本丸側世界の刀のように代々大事にされ宝となるようなものとは違う。もちろん一部では家宝扱いの武具もあるが、少なくともわたしが使う武具はそうだった。
 紙に印刷してもらった資料をエオルゼアに持ち込み、イシュガルドのフォルタン伯爵邸横の東家に腰を下ろす。石造りで宗教色が濃い荘厳な街並みは、東方の雰囲気が強い本丸とは真逆なように思える。本丸が朗らかな印象のあるのに対し、ここは静かで閉鎖的だ。どちらもわたしの大切な居場所である。
 こんちゃん作資料を脳内翻訳でなんとか読み進めていると、人の気配がした。

「本丸生活は順調かな、審神者殿」

 小柄なエレゼン族の少年が東屋に入ってきて、わたしの隣に腰掛ける。自由に跳ねた白髪を後ろできれいにまとめた、いつ見ても身なりの整った几帳面な少年、アルフィノだ。
 アルフィノが興味深そうに資料を覗き込むので、そのまま手渡した。

「順調なのかなあ。楽しくはやっているよ」
「それはなにより。……これが向こうの世界の文字か、全く読めないね。向こうでは、きみは戦いに出ないんだよね?」
「本丸で戦況確認とか諸々してる。わたしには向いてないね」
「きみは実動向きだもんね。そうたらしめる十分な実力もある」
「あと礼儀正しい振る舞いも分からなくて……」

 アルフィノは生まれのためか身の振る舞いが上品で、大学飛び級という異例の経歴持ちにふさわしい知識と頭の回転を兼ね備え、おまけに戦場にも立てるというオールマイティーマンなのだ。以前からアルフィノの有能さは身に沁みていたが、自分が戦況の指揮を執る立場になって改めて凄さを思い知っている。
 「アルフィノはいつも凛としていてかっこいいよ」素直に述べると、優秀な参謀殿は照れくさそうに笑った。

「ははは、ありがとう。気さくに相手の懐に入り込むところはきみの魅力だとも思うけど。そんなに改まった場って多いのかい?」
「そういうわけではないんだけど、政府の人とのやりとりがあるたびに思う。結局、いつも通りに接してるよ」
「いいんじゃないかな。きみはそのままが一番だよ」

 資料を返されたが、せっかくアルフィノが声をかけてくれたのだからとそのまま雑談を続けることにした。こちらの世界で平穏に過ごせる時間というのは案外短い。

「あ、この前、リンクパール通信のセットアップについて教えてくれてありがとう。無事にこんのすけと繋げられて、こっちにいても向こうと連絡がつくようになったよ」
「良かった。本丸も特殊な戦争中だと聞いているから、安心したよ」
「世界を超えても繋がるってすごいよね」
「きみにしか繋がらないんだろうな」
「ハイデリン?」
「うん、ハイデリン、超える力」

 世界の意志に不可能なことはあるのだろうか。
 頼りにされることは嬉しいが、さすがに世界をまたぐとなると忙しさが段違いだ。やりがいも楽しさも感じており、放り出すような真似はしないが、たまに空を仰ぎたくなるときはある。
――本丸襲撃などということがあるとは思いたくはないが、そんなときにエオルゼアのどこかが帝国に攻め込まれてしまったら。
 そんなもしもを考える。この世界の中でさえ、もう少し早ければと思うことがあるというのに。わたしがいくら強くても、光の加護を受けていても、そのとき間に合わなければどうしようもない。
 こんちゃん作の資料の文字を指でなぞる。

「きみに頼ってばかりの、わたしが言うのもなんだけれど」
 
 アルフィノがまっすぐにこちらを見る。

「お人好しで力もあるきみだから、たくさん頼られて、たくさんの願いを背負ってしまうのだと思う。でも、何よりも大切なのはきみ自身だから。どうか無理はしないでくれ。……申し訳ないけど、休めないタイミングもあることは否定できない。それでも、自分を摩耗させてしまうことだけはやめてくれ」
「……うん。心配してくれてありがとう」
「きみにはたくさんの仲間がいることを、どうか忘れないで」

 途方もない苦労をともにした大事な仲間からの言葉は、胸にひどく響いた。こうして面と向かって心配と気遣いの言葉を掛けられると、自分が想われているのだと実感する。
 仲間たちの存在が、わたしに力をくれるのだ。

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