死んでる暇もない2

Side長谷部

 そのとき、長谷部は部隊を率いて出陣中だった。敵部隊の最後の敵を斬り伏せると同時に、突如、主の存在が失われたのを感じたのだ。エオルゼア側に行っていても常に感じていた主との繋がりの一切が消え失せていた。
 意味が分からない、分かりたくない事態に「は?」という一文字がこぼれる。
 自分だけがそうなのかと同部隊の面々を見回すと、全員が青白い顔で互いを見合わせていた。
 自分だけのバグではない。全員が同じ感覚だということは、主の身に何かがあったということだ。この世から存在を喪ってしまうなにか――つまり、それは。 認識した途端、ただでさえ引いていた血の気がさらに引く。内臓が全て抜け落ちたような感覚と、体が浮遊しているかのような不快感を覚えた。
 己の柄を強く握り、震えを押し留めた。

「直ちに帰城する」

 転移門を喚び出し、足早にくぐる。本丸への転移が完了した頃には主の存在が復活していたが、一度確実に消えたのだ、何も安心できなかった。
 一番乗りの帰城らしく、思ったより騒ぎにはなっていなかった。執務室はそう広くないので、部隊に待機を伝えて長谷部だけが向かうことにし、屋敷内を駆ける。緊急事態に走るなというのは無理な話だ。
 まさか、まさか、主に何が。
 焦りから息を切らして執務室に到着すると、内番や非番の刀剣男士が部屋の前でたむろしていた。ただごとではないと判断したためか全員が戦装束に帯刀している状態だ。

「状況は」

 自分よりは何か知っているのではと問いかけると、普段の活発さとは程遠い顔色の太鼓鐘貞宗が首を横に振る。

「こんのすけが今、主さんにリンクパールかけてる。松井は遠征組の呼び戻し」

 こんのすけと松井の邪魔をしないようにと、執務室前に留まっているらしい。しかし、長谷部は近侍だ。執務室に入って松井の横に立った。
 主の存在が消えたことは大前提として、と松井が早口で端的な情報をくれる。こんのすけは祈るように目を閉じていた。

「本丸への霊力供給が絶たれたのは五七秒。僕たちに影響が出るほど長い時間ではなかったよ。今は完全に復活してる」
「主は」
「応答がない」
「……」
「霊力が途絶えたことで、政府からも緊急の連絡がきてるんだ。落ち着かないと思うけど、そっちを対応して」
「分かった」

 執務室前でたむろしている刀剣男士に自室で待機するよう言い、これから帰城する部隊にも伝えるように頼む。ここにいても何も出来ないと分かっているのだろう、皆沈痛な面持ちで解散した。
 長谷部は一度深呼吸をしてから佐竹と連絡を取った。緊急事態ということで夜勤の担当者から佐竹に連絡があったらしい。やや枯れた声の佐竹には、進展があったらこちらから連絡をいれることを約束した。
 こんのすけを見るも、まだ黙り込んだままだ。どんどん猫背になり耳が下がっている。
 主が常から危険な立場であることは聞いている。冒険というものについての想像は難しいが、戦争や魔物との交戦は日常茶飯事だという。当然、平和に生きるよりも死は近いところにあるだろう。認識していたし、エオルゼア側で刀剣男士が関与できないまま死んでしまうことだって考えたことがある。しかし、考えていたからといって受け入れられるかは別問題だ。主から応答さえあれば少しは安心できるのだが、焦燥感は募るばかりだ。
 長谷部が執務室に到着してから三度目の転移門作動音がして、松井がため息をつく。全部隊の帰城を確認出来たらしい。
 しばし執務室が無音になり、こんのすけが跳ね起きて大きく息を吸った。

「さ、審神者様! 審神者様ぁ!」

 長谷部も松井も、こんのすけを凝視する。リンクパール通信は電話と異なり、完全に本人にしか聞こえないので音漏れは期待できない。
 長谷部は拳を握りしめた。凍っていた心臓が熱を持つ。主の声は、まだ聞けない。
 こんのすけが涙をぼろぼろ流しながら何度も頷いている。泣きすぎて話すのが大変そうだ。

「こんのすけは、こんのすけは、心配いたしました! 審神者様に何があったのかと……! 本丸中も大騒ぎです! ご無事なのですね?! ああああ」

 わあわあ泣くこんのすけは、それでも職務を全うしようとしていた。嗚咽をもらしながら二三言話し、長谷部と松井に顔を向ける。しかし、開こうとしても泣き声にしかならず、松井からハンカチを差し出されていた。
 長谷部は待とうとしたものの耐えきれず、身を乗り出して問いかける。

「主は、ご無事なんだな」
「はい、うう、はい。今取り込み中の、ようでしたが、うぐ、一時間後にはこちらへ、姿を見せてくださると」
「そうか……!」

 松井とともに脱力して座り込む。
 滲んだ涙は乱暴に拭った。ようやく一安心出来たが、姿を見ないと本当の意味で安堵できない。何かがあったのは確実なのだ、大怪我をして現れる可能性も捨てきれない。
 長谷部は本丸全館放送をオンにして、震える声をなんとか静めながら主の無事を知らせた。

 
 佐竹にも連絡を入れた後、自然とエーテライト前に向かった。長谷部に限らず、全刀剣男士がそうだった。和やかに、いくらか緊張もしつつ、主の帰りを待っていた。
 何気なく見回すと、太郎太刀、次郎太刀、石切丸のさんにんが特に緊張した面持ちだった。御神刀たちの様子を無視することが出来ず、長身の輪に入る。

「なにか懸念があるのか」
「ああ、長谷部さん」

 石切丸が頷いた。

「一度、主の存在が途切れただろう。あれは現世からの消失……つまり、疑いようのない死だった」
「……ああ」
「死から戻った存在が果たして変わりのない主なのかどうか、気を付けなければと思ってね」
「……主ではなくなっているかもしれないと」

 次郎が腕を組む。いつになく真面目な顔だが、飄々とした口調なのが次郎らしい。

「脅かすつもりはないけどさ、黄泉の国から戻ってきた存在が普通の人間であることのほうが難しいよ。確かに主はエオルゼア世界の加護を強く受けているけど、あの圧倒的な死はね……」
「ひとまず、待ってみましょう。何かが起こっていたとしても、我々に出来ることがあるかもしれません」

 太郎が言い、エーテライトを見つめる。長谷部は、そうだな、と力のない同意をして静かになっていたはずの焦りの高まりを自覚した。

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