エーテライトの起動を知らせる音が鳴り、全員がエーテライトに視線を向ける。油断できないものの、ようやく帰ってきてくれた、と長谷部の涙腺はまた緩む。
光が弾けて立っていたのは、見慣れた白いニワトリの着ぐるみ――ではなかった。霊力から主であることは分かるのにも関わらず、咄嗟に駆け寄れなかった。無事を喜ぶ涙も引っ込んだ。予想に反して、女性が立っていたのだ。
黒のタートルネックと白いショートパンツに膝上まであるブーツ。主が着ぐるみを脱いだのだ、と理解するのに数秒を要した。なにせ、今の今まで一度も、主は決してニワトリの着ぐるみを脱がなかったのだから。
青灰色の肌と耳の位置にある濃紺の角を見れば、姿を隠していたのも納得だ。見た目が違うとは聞いていたが、確かにこちらの世界で出歩くのは難しいだろう。
美しいと思った。ニワトリでも強く美しい主だったのが、より一層美しい。刀剣男士が主に対して持つ感情としては珍しくないのかもしれないが、これほど美しいひとが己の主であることが大層幸福なように感じる。加えて、今ニワトリでない意味にも気付いて、安堵ではなく歓喜の涙が出そうだった。こんのすけの号泣リンクパール通信から長谷部たち刀剣男士の不安を察し、無事を示すために姿を見せてくれたのだ。
しかし長谷部は喜びきることが出来ずに、隣の太郎を見上げる。太郎は、緊張など微塵も感じさせない穏やかな表情だった。
「どうやら、杞憂だったようですね」
その一言を受けて、今度こそ長谷部は目頭が熱くなった。紛れもなく、主が主のままで生きている。生きて帰ってきている。
長谷部が衝撃を受けている間にこんのすけが飛び出していた。すぐ後に加州と豊前が続き、主をがっちり抱き締める。困惑気味の主は、それでも微笑んでいた。そういった表情の変化が目で見て分かることがまた嬉しい。
「この姿では初めましてだね。主です」
聞き慣れた声がする。被り物が無いためか、いつもより透き通って聞こえた。
主は短刀たちに突撃されて忙しそうにしながらも、ひとりひとりと会話をする。「心配をかけてごめんね」と「心配してくれてありがとう」を交互に言いながら刀剣男士たちと触れ合う。誰からか分からないほどの桜の花びらは、季節外れの花見のようだ。
短刀たちとの会話を眺めて主の存在を実感していると、ふと主と目が合った。ニワトリのふてぶてしい顔とは違う、主の顔と主の目だ。
長谷部は、平静を装って主の前に立った。短刀の勢いも落ち着いたから自分も挨拶を、という態度で内心の不安や喜びを隠して近づいたつもりだが、上手く隠せた自信がない。
主が長谷部の目を見ている。ニワトリの下から、いつもこれほど真っ直ぐに見られていたのだと思うととても惜しい。この眼差しに、自分はずっと気付いていなかったのだ。
長谷部が声をかけるより先に主の口が動く。
「長谷部、心配をかけたね」
主が、短刀にするのと同じように抱きしめてくるので言葉に詰まった。ニワトリのときには分からなかった人間の温かさが伝わる。抱きしめ返そうとしたものの空中で手が止まり、それでもなんとか主の背中に軽く手を添えた。
「……ええ、とても心配しました」
「待っててくれてありがとう」
「待ちます。どれだけ長くても」
帰ってきてくれるのであれば、いつまでも。
エーテライトから離れてそのまま大広間に向かう流れから外れ、長谷部は厨へ足を向ける。こんのすけは、近くにいた豊前に預けた。
保温ポットに湯が残っていることを確認して茶葉を選ぶ。主はよく「長谷部の飲みたいものを」と言う。好みをしっかり把握したい気持ちと、主は全て好むのだろうなという分析がぶつかるのはいつものことだ。長谷部は茶葉をまとめている箱の前で数秒悩み、胃に優しいものを飲んでもらいたいと玄米茶に落ち着いた。
急須と湯呑をお盆に乗せて大広間へ移動する。
大広間には既に全刀剣男士が集合していた。食事のときは多少時間がずれるので、刀剣男士が一堂に介する機会はそう多くない。政府からの重要伝達事項があれば朝会なり夕会を開くが稀だ。みながみな腰を下ろさずに雑談しながら立っているので、余計に大広間が狭く感じた。
主は、ようやく降りた秋田の頭を撫でながら太郎太刀と次郎太刀と石切丸という壁に囲まれていた。ニワトリのシルエットが大きかった分、主がいつもより小さく見える。
長谷部が入ってきたことに気づいた秋田が、座布団を出して主を上座に誘導する。長谷部も主のそばに行き、お茶を淹れて、正座する主に手渡した。
「お待たせしました」
「ありがとう」
長谷部は日常を噛み締めながら、近侍として主に近い位置で腰を下ろす。面と向かってかけられる言葉は普段以上の威力があり、収まっていた桜が再び散ったが今ばかりは堪える気にならなかった。
主は上座でのんびりお茶を飲んでいる。湯呑が空になってお盆においた頃には全員が大広間に座し、主の言葉を待っていた。
大変な迫力だろうに、主に気圧された様子はない。張った声は大広間に十分届いた。
「改めて、心配をしてくれてありがとう。この通り無事だから安心してほしい。おそらく今後もこういったことがあると思うから、きちんと説明するね。……今まで言っていなかったのはわざと伏せていたわけではなくて、わたしにとっては当たり前なことだったからなんだ」
長谷部はやや顔をしかめた。今後も主の存在が喪われるようなことがあるなど、中々受け入れがたい。
主がどこか申し訳なさそうな顔で続ける。
「エオルゼア側世界には、死者蘇生の魔術が存在する」
長谷部は、正座した足の上で拳を握った。心臓が一瞬止まった気がした。