転移ゲートの起動を知らせる音が鳴り、執務室から玄関へ移動した。天球儀を取り出して、左手の上で浮遊するそれを弄びながら待っていると、話し声が近づいてくる。玄関の扉を開けたのは、薬研、骨喰、大倶利伽羅、加州、獅子王、御手杵だ。
本丸にいる時間は、出来るだけ部隊の出迎えをするようにしている。負傷者がいるのならば尚更。
「みんなおかえり」
それぞれの「ただいま」を聞きながら、靴を脱ぐ彼らにまとめて治癒魔術(ヘリオス)をかける。
「ああーこれだよなあ、帰ってきたって感じする」
「主がいるって実感するよな」
加州と獅子王が言う。御手杵はまだふたりほどは慣れないらしく、天球儀をまじまじと見つめてきた。
スッと通り過ぎようとする骨喰を加州が止め、大倶利伽羅を獅子王が止める。止められた二振は軽傷未満のかすり傷だ。魔術で治癒出来ていると思うが、きちんと確認しておきたい。
中傷の薬研には個別でも治癒をかける。
「悪ぃな、大将」
「治癒と手入に関しての謝罪は受け付けてないよ」
「はは、そうだったな。ありがとう」
「こちらこそ、戦ってくれてありがとう。刀装のこともっと考えないといけないね」
魔術での治癒も効果があることは分かっている。ただ、かすり傷程度ならしっかり効果があるのだが、軽傷以上になると途端に効き目が悪くなる。
ぞろぞろと手入部屋に移動していると、御手杵が右手で空中をかきながら問いかけてくる。
「なあ主、さっきのって俺も触れんの?」
空気を撫でているのかと思いきや、普段わたしが天球儀を弄んでいるときの動きを真似していたらしい。天球儀はエーテルを流すことで浮き上がり、左手にまとわりつくような動きをする。
「天球儀? 構えるのは難しいと思うけど、触ること自体は出来るよ。武器だから」
「マジで!」
「でも先に手入ね」
「うーい」
「手入終わったら遊ぼう。みんなも良かったらゆっくりしよう」
「やった、行く行く」
加州が吊り目を細めて愛嬌のある笑顔を浮かべる。
本丸滞在時間が短い上、滞在している間は執務室にこもりがちなので刀剣と交流する時間がなかなかとれない。隙間時間を見つけて前のめりに交流していかなければとは日々感じている。話をして、困りごとを聞いて、一緒に笑って、そういった交流が大変大きな意味を持つことはよく知っている。
負傷者にはしっかり休むよう伝えて一旦執務室に戻る。こんちゃんと長谷部と雑談を交えながら仕事を進め、手入が終わった時間に本丸をうろつこうと思っていたが、出陣の報告のために加州が訪ねてきてくれた。
出陣の報告がひと段落すると、加州がわたしの顔を覗き込む。
「主、いま忙しい? 時間ある?」
「大丈夫。こんちゃんも長谷部も、休憩にしよう」
刀剣男士たちと話したいとは伝えていたので、ふたりもすぐに立ち上がった。
「広間に行く?」加州に問うと「俺はどこでもいいよ、主と過ごせるなら」となんともいじらしいことを口にする。刀剣男士たちは、あまり交流をもてていないわたしに対しても愛情を向けてくれるのだ。それを実感する度に、彼らやの想いに応えたいと思う。
母屋の広間に向かうと、御手杵と獅子王が談笑していた。御手杵は座布団を、獅子王は鵺を枕にして脱力していたが、わたしたちが姿を見せると体を起こす。
なんとなく輪になって座る。わたしの膝の上にはこんちゃんが乗り、右隣に加州、左隣に長谷部が座った。
御手杵が両手で空中に円を描いた。
「主、あれ見せてくれよ」
「ああ、天球儀だったね」
わたしは天球儀を出すと、エーテルを流し込まないままで御手杵に差し出した。エーテルを通していない天球儀は、ただの装飾された円盤にも見える。
御手杵は「おお……」と慎重に両手で天球儀を持つと、獅子王や加州も一緒になってまじまじと検分を始める。
「回せねえの?」
「エーテルを……えっと、霊力を流す感じで持ったら動くかも」
「おー……おー!」
カシャン、と軽い金属音がして天球儀が回転し、カードが天球儀の周りを回る。御手杵の左手の上で、天球儀は無事に天球儀らしい姿をしていた。
「俺も持って良いか?」好奇心を隠せていない獅子王の言葉にもちろんと頷く。刀剣男士がわたしの武器に興味津々なのが微笑ましく、膝の上のこんちゃんを撫でながらチキンヘッドの下で笑む。
そういえば。わたしは、天球儀を見こそすれわたしの左隣から微塵も動かない、姿勢よく正座している長谷部を見た。
「みんなは刀……長谷部は、打刀だよね」
「ええ」
「向こうでは刀の分類ってあまりしっかりされてないんだけど、わたしが普段使ってるの、多分打刀なんだ。みんなを装備出来たりするのかな」
「主が、俺を装備……?」
「うん。腰に佩くこと自体はベルトとかあったら何でも出来るけど、」
ちゃんと魔術収納出来る武器として装備できるのかなあと思って。そんなことを続けようとしたのだが、それよりも早く桜が散って、長谷部が本体を握っていた。呼び出したらしい。
「どうぞ、この長谷部でお試しください」
「はあ?! 長谷部ずるいじゃん!」
「加州も持っておいで、やってみよう」
「うん!!」
予想外の熱烈な反応に驚きつつ笑う。わたしが本体を持つことは、それほどまでに魅力的なのだろうか。決して悪い気はしなかった。こうすることでわたしから彼らへの信頼を示すことができるのならば、とても嬉しい。
わたしが立ち上がると、なぜか全員が腰を上げる。
広げた右手のひらからコインサイズの石がこぼれ出て、左手で受ける。刻まれているのは<占星術師の証>であることを示す模様だ。それを魔術収納し、別の石<侍の証>を取り出す。右手に握りこんで取り込むと、装備が切り替わったのが分かった。魔術での装備変更は楽でありがたい。
「今の石は?」
加州に問われる。
「なんと説明すればいいかな……。武器や鎧を一気に切り替えられる特殊魔術の便利道具」
「ニワトリのままだけど?」
「見た目はニワトリだけど、ニワトリを投影しているものは替わってるんだ」
「ふうん……?」
打刀を所持品として魔術収納するのではなく、装備だ。とりあえず、現在装備している刀を外した。
「それが審神者様の刀ですか?」
「そうだよ」
畳の上に置くと、皆の視線がそちらに注がれているのが分かった。同胞のような意識があるのだろうか。「持って良いか?」獅子王が言うので、もちろんと渡す。天球儀とは違い危険性のある武器は普段ひとに触られないようにしているが、刀剣男士ならば問題は無いだろう。
獅子王はわたしの刀を抜くと、刀身をじっと見ていた。
「鞘の装飾が独特だな……あとなんか光ってね?」
「光ってる武器は多いよ」
「俺も光らねぇかな……」
長谷部の本体を魔術収納しつつ、装備を試みる。すぐに重みが加わった感覚があった。武器の目隠しを解除して腰を見下ろすと、赤い柄と、黒と金の鞘が目に入る。
「できた」
「&$%#@!」
未知の言語が聞こえるとともに長谷部が崩れ落ち、頭を抱えるようにうずくまる。ただ事ではない事態に長谷部の背をさすった。
「どうしたの長谷部!」
「ウッあるじ……」
「あれっ桜」
「主、大丈夫だ。感激してるだけだから」
獅子王が生暖かい笑顔を浮かべて首を横に振った。長谷部は頭をかかえて呻きながら桜を散らしている。
「主、次は俺だよ。はやく長谷部なんか外して」
「『長谷部なんか』とはなんだ貴様」
「ほら元気じゃん。ね、主、次は俺!」
長谷部の本体を外し、なにかを堪えるように表情筋が力んでいる長谷部に返す。
加州から本体を受け取って、同じように装備した。
「↑@■※$!」
「またしても……」
加州が顔を両手で覆って崩れ落ちる。加州からも桜が舞っているので悪影響はないのだろうが、いかんせん心臓に悪い反応だ。
「加州、抜いてもいい?」
「え、それは危ないから駄目!」
うにゃうにゃとうずくまっていた加州が弾かれたように立ち上がる。加州どころか、長谷部や獅子王や御手杵やこんちゃんまでもから「やめろ」という圧を向けられた。
思わず撫でていた柄から手を離し、両手を上げて触っていないことをアピールする。
「わたし、普段から刀使ってるよ? 獅子王が持ってるやつちゃんと使ってるよ?」
「それでも俺の心臓に悪いから。もしも俺のせいで主が怪我でもしたらどうするの!」
「しないよ……」
「駄目!」
冒険者としての信用が無さ過ぎる。いっそ新鮮でおかしい。
心配されるというのは中々良いものでもあるので、残念ではあるが抜刀することはなく刀を加州に返した。
獅子王からも刀を返される。
「良い刀だな」
「ありがとう。あ、わたし、槍も使えるよ」
装備を戻して顔を上げると、既に御手杵が左手に天球儀、右手に槍を持っていた。
一旦<占星術師の証>に持ち替えて天球儀の装備を戻し、<竜騎士の証>を取り込む。装備していた槍を外すと「いかつい」「洋風」「おどろおどろしい」という評価をもらった。刀より明らかにエオルゼア色の強い槍は評判が良いようだった。
御手杵の本体も、わたしの背中に収まる。
「うぉヴッ……」
「その反応って喜んでいいやつ?」
桜が出ているとはいえ、呻きながら膝をつかれるのが三にん目ともなると複雑になってくる。御手杵はわたしの槍を杖がわりに体を支えていた。
「御手杵、庭で御手杵を振り回してみてもいい?」
「それは駄目」