わらび餅デート

 執務室で政府からの諸連絡を確認していたこんちゃんが、仕事の書類確認にしては明るい声でわたしを呼んだ。

「審神者様、見てください」

 長谷部は出陣しているので、こんちゃんが表示させた連絡メールをのぞきこむのはわたしだけだ。
 鮮やかな色使いでデザートやドリンクの精密な絵が描かれていた。写真、というものらしい。全体的にポップなデザインで、写真にそれぞれ吹き出しが添えられていた。脳内翻訳によると、新装開店で割引がどうのこうの。

「万屋街にあるカフェがリニューアルオープンしたそうです。このメールを端末で提示すると、セットドリンクが無料かつ、次回使える一割引き券がもらえるそうですよ。後で本丸掲示板にも貼りだしますね」
「おいしそう。万屋街ってそういうものもあるんだ」
「審神者様、万屋街に行かれたことありませんでした……ね!」
「こっちの世界に来たとき、吐き出された場所がたまたま万屋街だっただけで、審神者始めてからは行ってないね」

 生活必需品は本丸通販で配送されるので、万屋街に行かねばならぬという発想はなかった。刀剣男士たちはたまに足を運んでいるようなことを言っているが、わたしはたまった業務の処理が最優先で空いた時間は各当番に参加していることがほとんどなので、万屋街にあえて出かけようという発想がなかった。
 しかし、気にならない訳ではない。この世界で最初に目にした光景が、東方風の街並みでひとが行き交う大きなマーケットだったのだから。
 デザートの写真を眺めていると、こんちゃんが大きな首をこてりと傾けた。

「折角ですし、遊びに行かれては? このカフェ、夜の十一時まで営業しておりますよ」
「今本丸が午後二時ということは、日本は午後九時か」
「もちろん、キャンペーン期間中の別日で予定を立てても良いと思います」
「先々の予定を必ずこなせると言えないから、今行くのはアリだけど。経費関係がまだ……」
「審神者様が昨日の夕方からお仕事してくださったおかげで、急ぎご確認いただきたい分は片付いております!」
「あとお金……」

 まだまだ駆け出し本丸故にお金に余裕がない。わたしのポケットマネーが使えたらいいのだが、こちらの世界で通用する通貨なわけがない。

「審神者様がエオルゼアからお肉を運んでくださるお陰で、当本丸の食費は各段に抑えられています。たまには、こちらの世界も楽しんでください」
「本丸で過ごすのも十分楽しいよ」
「こんのすけも、審神者様と過ごす時間はとても楽しいです!」
「こんちゃん……」

 頭を撫で背を撫で、顎の下と耳の後ろをかき、やわらかい毛で覆われた腹を撫でる。ひとしきり撫でられたこんちゃんは、ぼさぼさの毛で「あとは任せてください」と胸を張った。

「おひとりでの行動は歓迎されませんので、どなたかお誘いになってください。刀剣男士様も喜ばれます」
「分かった。出陣部隊に何かあったら連絡して」
「はい」

 今本丸にいる刀剣男士を思い浮かべながら腰を上げる。善は急げだ。やりたいことはすぐやるに限る。キャンペーン期間がまだあるとは言っても、その期間中に時間が取れるとも限らない。今許されるならば、こんちゃんに甘えよう。
 もう一度こんちゃんの頭を撫でてから、急ぎ足で執務室を出た。
 目標の刀剣を探しながら母屋を移動し、縁側から庭を眺める。キッチンをのぞき、馬小屋をのぞき、私室の並ぶ離れの廊下で赤と黒の袴姿を発見した。

「加州」
「あ、主。そんなに急いでどうしたの?」

 離れ縁側のガラス戸を閉めながら、加州が振り向く。換気をしてくれていたらしい。

「万屋街行かない? カフェの割引があるんだって」
「カフェ…………え?!」

 加州は驚きを前面に出しつつも頬を染めて、なんとも感情の読みにくい器用な表情を浮かべた。いつも加州は分かりやすく好意を示してくれるので、断られることは無いだろうと思っていたが、彼は内番の仕事中だ。急に誘って困らせただろうか。

「ごめん、仕事があるのに」
「いや、いや、ええと」
「次いつ時間がとれるか保証出来ないから、こんちゃんに甘えて今出かけてしまおうと思ったんだけど。万屋街行ってみたい」
「え、あ、誘ってるのって……もしかして俺だけ?」
「うん」
「主と一緒にお出かけ……?」
「そういうことになるね。気が進まなかったら、」
「行く! 行くよ!」

 加州が拳を握りしめながら勢い良く頷く。長く伸ばしている後ろ髪がぴょこぴょこ跳ねる錯覚を見た。
 自分の頬が緩んでいる自覚がある。特定の刀剣男士を贔屓しているつもりはないが、加州はわたしの最初の刀だ、思い入れがあるのは当然だろう。

「万屋街は夜九時で、カフェは十一時までらしいんだ。すぐ出られる?」
「うん。あ、でも、俺お出かけ用の服とか無い。くそ、何か準備しておけばよかった……あーせめて戦装束に着替えてもいい?」
「いいけど、わたしはその内番服も好きだよ」

 私室に駆け出しそうだった加州が中途半端な体勢で止まる。

「……じゃあ、このまま行こっかな」
「よし、行こう」
「資材倉庫にいる青江に声かけてくるから、玄関で待ってて!」
「分かった」

 万屋街へは、転移ゲートを用いて向かう。向かうといっても、ゲートをくぐれば万屋街の一角に出ると聞いているので一瞬で着く。
 玄関で待っていると急いだ様子で加州が来たので、「かわいいなあ」と口に出しながらゲートに向かった。加州は髪の尻尾を指先でいじっていた。
 わたしはこの世界に来たとき万屋街に吐き出され、そのあと政府施設で少しの間生活をした。それ以来、本丸から出たのは演練場に行くときのみだ。
 ゲートをくぐって万屋街に着くと、加州が先導してくれた。改装中の店舗を見かけたことがあるらしく、メールを見ただけで見当がついたらしい。わたしは万屋街初心者なので、看板を眺めながら加州に続く。目に入るものに吸い寄せられがちなことにすぐ気づかれ、早々に加州を手をつなぐことになった。
 夜九時も過ぎると人通りは少なく閉まっている店もあった。しかし、閑散としているかと言えばそうでもなく、夕食後の散歩かデザート探しと思われるグループや、日用品の買い出しをしている刀剣男士の姿もあった。外灯が多く設置されていることもあり、夜遅くなっても快適に動けそうだ。「向こうの区画には飲み屋もあるんだよ」加州がどこかを指さしながら教えてくれる。

「思ったより、規模が大きい。通りが一本あるだけかと思ってた」
「<街>っていうほど大きくはないけど、そのイメージよりは広いよ」

 目的のカフェは、ゲートから十分ほど歩いたところにあった。<新装開店!>の文字とお祝いらしい花が並び、メニューが通りからも分かりやすく貼り出されている。
 ふたり並んでメニューを見る。

「主、何食べるか決めてるの?」
「これ、わらび餅? っていうやつ」
「わらび餅初めてなんだ。つっても、俺も知ってるだけで食べたことはまだないけど」
「加州もわらび餅にする?」
「そーね、そうする」
 
 店内は空いていたが、ちらほら他にも客がいた。「日が出てる時間に動いてる本丸だけじゃないんだろうね」加州が席に着きながら言う。いわく、昼から深夜までだったり逆に早朝から夕方までだったりとズレていることがあるらしい。演練で会う同位体と話していると、そういったことも聞くそうだ。
 店内真ん中あたりの四人掛けのボックス席に向かい合って座る。改めてメニューを広げて、ドリンクを決める。和食には和の飲み物が合うと最近学んだので、わたしは冷たい煎茶にした。加州は冷たい番茶にしていた。抹茶も気になったが、ドリンク無料の対象ではなかったのでやめた。席に設置されている端末からの注文には手こずったが、店員を呼ぶことなく完遂。
 他のメニューを眺めていると、対面の加州を頬杖をついた。

「ねえ、主。なんで俺を誘ってくれたの?」
「最近、ゆっくり話せてないと思ったから。わたしは執務室にこもりがちだからね」
「そっか……へへ」

 加州が吊り目を細めてはにかむ。頭を軽く撫でると、さらに柔らかく笑う。
 
「加州が嬉しいと、わたしも嬉しい」
「……主ってタラシだよね」
「どのへんが?」
「秘密」

 配膳ロボットが滑らかな動きでやって来た。わらび餅とドリンクをそれぞれ受け取る。
 わらび餅は、氷の敷き詰められたグラスボウルに黒っぽく透明感のある球体が六つ乗っていた。黒蜜ときなこが添えられている。メニューの写真通りだ。

「いただきます」
「いただきます」

 頼んだもののわらび餅の食べ方が分からず、加州が食べる様子を観察してから食べ始める。良く冷えてつるんとした餅は舌触りも良い。餅らしく伸びるので食べやすいとは言い難いが、黒蜜やきなことも合い非常に美味しい。
 加州がよく喋るので、わたしは主に相槌を打っていた。寂しい思いをさせてしまっていたのかもしれない。食べるのと喋るのとで忙しそうな加州に思わず笑うと、気づいた加州がやや気まずそうに番茶を飲んだ。

「お、俺ばっかり喋ってるじゃん。主もなにか喋ってよ」
「そうだなあ……」

 綺麗に整えられた、加州の爪を見る。加州の爪はいつ見ても赤いネイルポリッシュで飾られている。

「爪、いつも綺麗だね。自分で?」
「うん。手入してもらったら綺麗になるけど、それ以外は自分でやってる」
「とても素敵だと思う」
「ありがと」
「いいなあ」

 そう口にして、加州が思いもよらないものを見たと言いたげな顔をして、ようやくらしくないことを言ったことに気付いた。爪を彩ることを素敵だと思うだけではなく、「いいなあ」とまるでそれに憧れるような、少女のようなそれが思わずこぼれたことに、おそらくわたしが最も驚いた。
 加州の視線から逃れるようにうつむき、箸を持っていないほうの手で顔を隠した。

「なんで隠れるわけ?」
「なんか恥ずかしくなった……」
「……その、俺が爪塗ろうか?」
「すぐ剝げちゃうと思うよ」
「そしたら、また塗ってあげる」

 顔を隠した手の、指の隙間から加州を見る。今にもネイルポリッシュを取り出しそうなほど浮足立っているのが伝わってくる。ひとの爪を塗りたいのではなく、彼は主であるわたしの爪を塗りたいのだ。もしかしたら、それも間違いで、わたしと過ごす時間が増えることに喜んでいるのかもしれない。
 ならば、ここで断っては主失格だろう。

「お願いするよ」
「まっかせて!」

 そうと決まれば、と加州がわらび餅を食べるスピードを上げる。
 わたしも、こんちゃんへの差し入れを考えながら箸を進めた。




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