凪くんの様子がおかしい
寒さが厳しい今日このごろ、外は晴天のデート日和である。
長い監獄生活を送っている凪くんはゲームロスかと思ったので、ゲームセンターを提案した。結果、ゲームセンターでさくっと遊び、その後カフェに行くかカラオケに行くかというところに落ち着いた。学生のデート場所など大してバリエーションがない。それらしく動物園・水族館・映画も提案したが、動物園は寒いので却下、水族館と映画は凪くんがもごもごしていたのでやめた。人が多いところは疲れるのかもしれない。
待ち合わせはゲームセンター近くの駅前。わたしが先について凪くんを待っていたのだが、遠目で分かる長身が目に入っただけで心臓はキュッとなるし口元に力が入る。久々の凪くんは相変わらず格好良く、どこか可愛さも兼ね備えた、最高の人間なのだ。
凪くんがきょろきょろしているのがわかったので、控えめに手を振ってアピールする。近付いてくる凪くんに心がよじれる。
「あーいたいた。久しぶり」
「久しぶり。試合すごかった。日本中が凪くんのかっこよさに気づいたね!」
「俺かっこよかった?」
「好き!」
拳に力を入れて全力で伝え、いやこれ違うなと我に返る。正しくは「一番かっこよかった」であり、突然告白する場面ではおそらくない。
拳を作ったままで固まっていると、凪くんがわたしの頭に手を乗せた。
「俺たち両思い」
そしてわたしの手をとって歩き出すので、手を引かれるまま凪くんに続く。
「……凪くん」
「んー?」
「わたし今日もたないかもしれない」
「ちゃんと練習してって言ってたじゃん」
「凪くんがどんどんわたしを好きにさせるのが悪いと思う」
「じゃあ成功だ」
言う声音が嬉しそうなので、わたしは何も返せなかった。
凪くんの様子がおかしい。
サッカーの話をたくさんしてくれるというのも合宿前には考えられなかったが、そうではなく、近いのだ。ゲームセンターでもほぼ手を繋いでいるし、気付くと背後に立っているし、歩いているときなど腕が常に触れるくらいの近さでないと「遠い」と不満をこぼされる。おかげでわたしは「はひ」としか言えなかった。
ゲームセンターの後にファストフード店へ入れば、四人席なのに隣に座るよう要望される。食べるのが面倒くさくなるとテーブルにぐだぐだするのではなく、わたしにもたれかかってくる。心臓がもたない。
そんな調子でカラオケに入ると当然のように密着してソファに座り、手も握られる。歌いに来たのではなく寒さから逃れるための選択なので良いのだが良くない。
「ねむい」
あくび混じりに凪くんが言う。カラオケの機械を近くに置いて、テレビやスピーカーから流れるコマーシャルの音量を容赦なく下げていく。
隣室からの歌がかすかに聞こえるくらい静かになった部屋で、わたしはなけなしの平常をかき集めた。目線はテーブルに置いたグラスだ。わたしはカフェオレ、凪くんはレモンティー。
「あ、うん、合宿お疲れだもんね。家でゆっくりしたかったでしょ」
「ん? 俺は空山さんに会いたかったよ。会ってゆっくりすれば一石二鳥でしょ」
「凪くんさ、今日ほんとにさ、積極的だよね」
「そうかな。……ああ、でも、そうかも」
凪くんが大きな手でわたしの手を弄(もてあそ)んでいる。男の子の手だ。長身も相まって一関節以上大きく分厚く、わたしより温かい。
「手ぇちっちゃいね。空山さんほんとちっちゃい。食べられそう」
「わたしカニバリズム苦手……じゃなくて。『そうかも』って、どうして?」
「恋愛のモヤモヤってめんどくさいし、めんどくさいなって思うのもめんどくさいから考えないようにしてたんだけど。今はそういうの無いんだよね。欲しいから獲りにいくし、俺のだし」
「お、おれの……」
「空山さんは俺の彼女でしょ」
「ぁぃ」
「声小さくない?」
「むり……」
そう、実は、凪くんはわたしの彼氏なのだ。
合宿前にも手に名前を書かれたりはしていたので、独占欲というものは元々あったのだろう。それが表に出てきているわけだ。ブルーロックプロジェクトは一体どんなトレーニングを凪くんに課して、こんな進化を遂げさせたのだろうか。久々のデートで急接近されるわたしのことも考えてほしい。
手をにぎにぎされるのも至近距離に顔があるのも落ち着かず、何か話題を振ろうと考えて、凪くん急接近で頭からすっぽ抜けていた重大ニュースを思い出した。
凪くんに握られていないほうの手で携帯を取り出す。
「そういえば! 昨日渋谷でブルーロックの選手と遭遇した」
「今俺と会ってるじゃん」
「潔(いさぎ)選手と蜂楽(ばちら)選手と千切(ちぎり)選手。璃乃と入った喫茶店にいて」
「……そのあとで俺合流してるな」
「あ、そうだったの?」
わたしの自撮りで五人が写った写真を見せる。
璃乃と入店してすぐに三人を見つけてキャッキャしていると彼らも気付き、試合の感想を伝えたら、蜂楽選手が「写真でも撮る?」と言ってくれたのだ。冗談のつもりだったのかもしれないが、凪くんの友達との遭遇が嬉しくなって撮影した。璃乃も試合は見ていたので「テレビに映ったひとたち」との交流は楽しそうだった。
潔選手は、ヒーローインタビューのときとは別人かと思うほど穏やかだった。U20との試合後に凪くんが送ってくれた写真で凪くんの近くにいたのもあり、勝手に親近感を持っている。蜂楽選手はプレイスタイルを彷彿(ほうふつ)とさせる明るさがあり、千切選手は美人だった。
「千切選手にどこのトリートメント使ってるのか聞きたかった。お嬢って呼ばれるのも納得の外見だった」
「あーそういえばトリートメントの話、前にしたね。どこのメーカーか今度聞いてもいいけど」
「合宿ってやっぱり大部屋?」
「チーム部屋って感じ。潔とふたりのときもあった」
チームといいつつ二人部屋なのは、凪くんから聞いた<花いちもんめ選考>のことだろう。写真もそうだが、潔選手の名前をよく聞く。
「黒髪逆立ってるひととも仲良し? 試合中にユニフォーム脱いでイエローカードもらってたひと」
「馬狼(ばろう)? なんであいつ?」
「U20戦のとき、じゃれてたイメージある」
「そのイメージ超不本意……。仲良いで言えば、玲王以外だと潔かな。特別誰と険悪ってのでもないし、和気藹々と仲良いわけでもないけど。結局俺らって、自分がゴール決めることしか考えてないから」
サッカー疲れるからめんどくさいと御影くんに部活まで引っ張られていたあの凪くんが、今やゴールを決めることしか考えていない。親目線で成長を喜びつつ、脳裏にU20戦でのゴールがよぎって唇を噛んだ。
足にボールが吸い付くようなあの謎技術、何度リピートしても凪くんがかっこいいということしか分からなかった。
「U20戦のゴール、ほんとすごかった。なにあのボールの扱い」
「俺、ボールタッチが上手いんだって。トラップ……トラップは飛んできたボールのコントロールのことね。特に何も考えてないけど、背中とか踵(かかと)でもトラップ出来るよ」
「なんで?」
「なんで……? 前に玲王から、サッカー知識無さすぎて先入観がないんだろって言われたから、それでかなぁ」
ずるずるソファから体をずらした凪くんが、わたしの頭に頭を乗せる。
「潔がブラックホールトラップとかも言ってた」
「ブラックホールトラップ⁉」
「食いつきヤバ」
宇宙好きなわたしの前で宇宙用語が出されたのだ、反応して当然である。ぱっと凪くんを見たものの、とんでもない至近距離に声がひっくり返った。
「どウッいうトラップなの?」
「空山さんが思ってるブラックホールとは違うと思うけど……。衝撃吸収って言えばいいかな、そういう感じ」
「ああ、あの吸い付くような技術をブラックホールって表現したんだ。潔選手はオシャレだね!」
凪くんの技術に宇宙用語が使われるなど、好きと好きの共演は大好きに決まっている。潔選手ありがとう。
心の中で潔選手を拝むと、凪くんがわたしの顔を覗き込んできて息が止まった。
「潔たちと会ったとき、俺の彼女ってちゃんと言った?」
「へぁ……言っておりませぬが……」
「言わなきゃ」
「『わたし凪くんの彼女なんです』って突然言ったらおかしくない?」
「おかしくない。もし潔たちが空山さんのこと好きになっちゃったらどうすんの」
真顔で言われて少し笑う。
「さすがにならないよ、わたしが絶世の美女ならともかく」
「かわいい女の子が好意的に接してくれてサッカーの試合を褒めてくれたら、嬉しくなって好きになっちゃうかもじゃん」
そんなわけあるかと笑いかけ、潔選手たちと凪くんは立場が同じだと気付いた。かわいい女の子が笑顔で試合を褒めてくれる側だ。かっこいいアスリートなのだ、モテるのは想像に難くない。
自分から凪くんの手を握ろうとしたものの中途半端に照れがきて、人差し指と中指を握った。
「……そ、それだと凪くんもその可能性あるよ。日本中が凪くんのカッコ良さに気づいたんだよ? もう学校行かなくて良くない?」
「俺も行きたくない……俺は空山さん以外の女子に興味ないよ、めんどくさいし」
「それでも、ああ、凪くんのかっこいいところ見せびらかしたいけど、それで凪くんのことを好きになる子が増えるのは嫌だ。恋愛って難しすぎる……わたしの恋人なのにモテちゃうと困る」
「俺はいまとても楽しいです」
「どうしてぇ」
凪くんの首元に頭を押し付けると、控えめな笑い声が降ってくる。握っていた手を解けば背中と頭を撫でられて全身とろけてしまいそうだ。どんどん沼にはまっていく感覚があり、そろそろ積極性をストップしてほしいが嬉しいのも事実なので顔を伏せたまま百面相する。
意を決して凪くんに腕を回したものの、体の大きさや分厚さをダイレクトに感じて自滅した。男らしさを突きつけられるとどうしても弱い。
「凪くんはおおきいねぇ」
意味のないことを照れ隠しに言って見上げると、凪くんに真顔で見下されていた。薄っぺらな言葉に呆れられただろうかと反省する間もなく、顎を軽く支えられて凪くんの顔が近付く。
「あ、キスしちゃった」
されちゃった、で済まないのだけれども。
*
凪はソファに倒れそうな空山の手を引いて、自分のほうに抱き寄せた。
「……しぬ」
「死ぬなら俺の腕の中で死んで」
空山が凪の腕にすっぽり収まって唸っている。むさ苦しい男たちだけの監獄にいた反動か、凪の中での<彼女可愛い>が加速している。
かわいいかわいいしている彼女に指を握られたときには、凪の心臓は妙な脈打ち方をした。自分からの接触に照れながら嬉しそうに笑っているだけで、かつて抱いたことのない感情を持て余しているというのに。かわいいを詰め込んだ仕草をされ、畳み掛けるように抱きつかれて「大事にしたい」を「食べたい」が上回ったのだから、キスでおさめたことを褒めてほしいくらいだ。
バカップルとはこういうことなのかと実感しつつもやめられない。カラオケという色気の欠片もない場所で、一曲も歌わずいちゃついているのが楽しい。
凪は空山の頭を撫でつつ、上を向かせる。可哀想なくらい真っ赤で目が潤んでいる様子に興奮して口角が上がった。
――空山さん。空山世治。
「ね、世治、キスしていい?」
問いかけるが、返答を待たずにキスをする。そうするのが当然のような気分で舌を入れると縋り付いてくるものだから歯止めがきかない。上手なキスなど分からないが、ほしいので食う。顔に添えた手で耳を撫でると声まで漏れてくるので、それが一層脳を揺らした。
密着しているせいで色々当たっているし、このままでいると大変まずい。自分でやっておきながら理性がどんどん削れていくことを自覚して、なんとか落ち着こうと顔を離した。
だというのに、熱でふわふわしている彼女が凪に軽くキスしてきて一言。
「せーしろーくん、もっかいして」
彼女は、凪誠士郎の理性チキンレースでもしているのだろうか。