凪くんのお友達


 四六時中混雑している渋谷駅に降り立ち、なんとか璃乃と合流して目的のカフェまで歩く道すがら、話題は当然サッカーだった。ブルーロック対U20戦の熱が冷めないわたしは、情緒不安定ぎみに璃乃に語る。それもこれも凪くんがかっこよすぎるのが悪い。
 璃乃は嫌な顔ひとつせず相槌を打ってくれていた。璃乃も試合は見ているので、時々コメントが返ってくるのも嬉しい。

「うん、かっこよかったね。すごかったね。あたしも手に汗握った」
「すごすぎて、今携帯のロック画面がゴール後にガッツポーズしてる凪くん」
「ご利益ありそう。テレビ画面撮ったの?」
「ネットの見逃し配信を携帯で再生してスクショした」
「ガチじゃん」
「おかげで携帯開く度に息止まる」
「明日のデート命懸け……」

 わたしは歩きながら頭を抱える。そう、命懸けだ。デートの誘いがあっただけでも嬉しすぎてどうにかなりそうだった。

「サッカーに目覚めてもわたしと会うことに時間を割いてくれるの、嬉しい」
「サッカー好きになったからって急に世治をほっぽり出したりしたら、あたしがブルーロックに殴り込みに行くわ」
「過激な友」

 璃乃は空気にジャブを繰り出しながら「将来有望な選手だからって関係ない」と凪くんを殴るシュミレーションをしている。斜め上を殴っているので、璃乃はしっかり頭部を狙っている。
 璃乃がイマジナリー凪くんを殴りながら続けた。

「でもさ、アナタの彼氏、本当にすごいことになっちゃったよね」
「エヘへ彼氏」
「彼氏殿に限らずだけど、みんな高校生でしょ。もう普通の生活には戻れないんだろうね。学校行事も出られないでしょ、トレーニングの日々だろうから」

 今でさえ、凪くんたちは学校を公休してブルーロックに行っている。璃乃の言う通り、この調子だと体育祭も文化祭も修学旅行も難しいだろう。高校生のうちにどこまで挑戦するのかは分らないが、更に上を目指すのならば、たまに登校出来るか出来ないかといったところか。
 凄まじい世界だと思う。しかし、それだけサッカー漬けの日々だからこそU20日本代表相手に勝利を収められたのだとも思う。ストイックに打ち込める環境が何より大事なのかもしれない。
 凪くんは元々学校が好きではなさそうだったし、メッセージのやりとりからもサッカー中心の日々に不満がないことがわかる。本当にサッカーを楽しんでいる。
 だからこそ、わたしと連絡を取り続けていることやデートのお誘いに舞い上がってしまうのである。サッカーに目覚めても、凪くんにとってわたしはいらないものじゃない。

「わたしが凪くんの日常になれたらいいなと思ってるよ」
「おー! 嫁の気概!」
「よ、よめ……!」
「凪くんも御影くんも全国規模でモテそうだよねぇ。そう考えると、登校しないことは賢明なのかも」

 璃乃はようやくイマジナリー凪くんへの攻撃を止めた。

「世治、凪くんがブルーロックに行く前にちゃんと捕まえられてよかったね。会えなくなるし」
「うん。まさかこんなにサッカー選手として才能が開花すると思わなかったけど」

 練習試合を観に行ったとは言え、サッカーに詳しくないわたしがその才能を見抜けるわけがない。上手いな、と思ったその感想がここまで登りつめるものだと気付くはずもないのだ。まさか世界クラスだなんて。

「凪くんって勉強も出来るんだっけ?」

 璃乃が何気なく問うので頷く。

「教科書一回読んだら覚えられるタイプだよ。白宝の受験勉強も二週間だけって言ってた」

 凪くんから聞いたときには耳を疑ったが、御影くんが呆れ顔で肯定していたので事実だろう。
 凪くんの面倒くさがりは、自身のハイスペックも一因なのだ。授業をほぼ寝て過ごしても成績上位、トレーニングせずとも競技の天才。人生イージーモードなのである。退屈にもなるだろう。

「ハイスペックにも程がある。……でも世治ってそれ知らなかったんだよね」
「勉強のこと? 全然知らないよ」
「サッカー上手いことも知らなかったんでしょ」
「噂程度には知ってたけど」
「前々から疑問だったけど、凪くんのどこを好きになったの?」

 凪くんと初遭遇したのが売店であることは璃乃も知っているが、それがそのまま恋に繋がったとは思っていないらしい。ゼリー飲料を選ぶ後ろ姿が好きで、と嘘のような本当のような事を言おうとしたものの言葉に詰まった。顔も声も仕草も面倒くさがりなところもサッカーに目覚めたところも全部好きだが、体格に見合った大きな背中も大好きだ。想像しただけで口角が緩みそうになるくらいに。
 わたしは咳払いを一つ挟む。

「ンン、未知の生き物への興味……?」
「研究者的好奇心なわけ?」
「自由研究、凪誠士郎」
「寝言観察で終わりそう。……名前言っただけで赤面してるの、笑うんだけど」
「自滅した」
「彼女なんだから、誠士郎♡って呼ばないと」
「せ…………」
「あ、カフェここだよ」

 にっこり笑う璃乃に唸り声を返しながら入店する。
 本日の予定は、凪くんからU20戦の連絡があった直後に取り付けた。その段階では凪くんが出場するのか分からなかったが、わたしは凪くんが出ると思いこんでおり――後日の選手発表でスタメンだとは分かったが――試合後ひとりで冷静にしていられるはずもないと璃乃に声をかけたのである。昨夜も家族とは盛り上がったが、彼氏である凪くんを褒めちぎるのは気恥ずかしくもある。対して、璃乃なら普段の凪くんやわたしの口説き期間も知っている。
 凪くんから、ニ週間のオフだからデートしようという誘いが来たときには日が被る可能性に焦ったものの、試合の翌日、つまり今日は凪くんもブルーロックのメンバーと遊ぶ予定があるらしい。デートは明日だ。
 入店し、二人がけのテーブルに案内される。敷居が高くなく入りやすい店だが、時間つぶしの利用よりは名物のミルクレープ目当ての客が多い。わたしと璃乃は揃ってイチゴのミルクレープセットを注文した。
 レモンの風味がある水を飲みながら待っていると、テラス席のほうから明るい声がした。何気なく視線を向けて、咄嗟に、対面に座る璃乃の手を握った。
 璃乃がわたしの反応に首をひねる。

「きゃっ……少女漫画始める?」
「それは凪くんとやってる。ちが、あの、テラスのほう」
「あたしからは見えない」
「ブルーロックの選手がいる」
「うそ」

 璃乃も身を乗り出して確認していた。
 四人がけのテーブルに三人の少年がいる。一際目を引くツツジ色の頭が千切選手だと最初に気付いた。あの色の長髪で美人な少年など、そう何人もいてたまるか。とすれば、金色の混ざった髪は蜂楽選手で、黒髪で丸っこい後頭部は潔選手だ。
 つい昨日見たばかりの選手たちに、わたしも璃乃もテンションが上がる。

「ほんとにお嬢様だ」
「誰? ロングのひと?」
「そう、千切選手。お嬢って呼ばれてるんだって。あと蜂楽選手と潔選手」
「潔選手は覚えてる、ヒーローインタビューのインパクトがすごくて。世治、全員の名前把握してるの?」
「全員ではないけど、あのあたりは凪くんから聞いたことある。特に潔選手」
「潔選手、好青年に見えるのに好戦的だったね」
「シャレですか?」
「んふ、ギリセーフでしょ」

 昨日の激闘が嘘のような、ただの高校生がそこにいた。璃乃が言ったように、当たり前の学校生活を犠牲にしたサッカー少年たちだ。
 あんな顔で笑うんだね、と璃乃とこそこそ様子を伺っていると、突然こちらを向いた蜂楽選手と目が合ってしまった。軽薄な行為をしている自覚があったので冷や汗をかいたが、わたしが気まずさで硬直している一瞬の間に、蜂楽選手が満面の笑みで片手を振ってくる。

「振られてる」
「振り返さねば」

 愛想笑いを浮かべ、璃乃と控えめに手を振り返す。蜂楽選手はますます笑顔になると、千切選手と潔選手の肩をバシバシ叩いていた。「あっちの女の子たちが俺らの噂してるよ!」という嬉しそうな声がバッチリ聞こえ、璃乃とふたりで顔を覆う。指の隙間から伺うと、照れくさそうな潔選手と千切選手がいた。
 わたしは顔を覆ったまま、璃乃に顔を寄せた。

「居づらいんだけど」
「ミルクレープは食べたい」
「もう素直に『試合すごかったです』って言ったほうが良くない?」
「まあ……確かに……」

 せーの、で手を顔から剥がし、件のテーブルを見る。蜂楽選手は変わらず手を振ってくれていたが、ほか二人はわたしたちの気まずさを察してくれたようで蜂楽選手の動きをなんとか止めようとしていた。
 上着を席にかけておき、鞄を持って席を立つ。こそこそテーブルに近寄って、わたしは小さく頭を下げた。

「不躾(ぶしつけ)に見てすみません、試合がとてもすごかったものだから」

 「とてもすごかった」ってなんだ。小学生か。
 璃乃も続く。

「邪魔してごめんなさい。試合、お疲れ様でした」

 顔を上げると、蜂楽選手が何度も頷いている。対して、潔選手と千切選手は嬉しいと照れくさいを混ぜた表情をしていた。

「ありがとう! そう言ってもらえてすごく嬉しい! ね、潔、ちぎりん」

 ちぎりん。また可愛らしいあだ名が出てきた。
 潔選手は頭をかきながら、千切選手は吹っ切れたような笑顔で、わたしたちのたどたどしい賛辞を受け取ってくれた。
 潔選手はヒーローインタビューの挑戦的な様子と打って変わって穏やかだ。千切選手は画面越しでも伝わる美人具合が加速していた。

「えと、ありがとうございます。俺もそう言ってもらえるの嬉しい……あースンマセン、うまく言えねぇ。でも、嬉しいです!」
「俺も。観てくれたひとが居たっていうの、すげー嬉しいです。千切豹馬の応援よろしくお願いします!」
「せっかくだし写真撮る?」

 蜂楽選手が提案する。ファン/わたしたちに気を使ったというよりは、声掛けという今までにない現象に興奮しているようだった。そんな無邪気な様子を見せられたら遠慮するほうが無礼な気がして、ぜひにと提案に乗る。
 五人で自撮りし、もうここまできたらわたしもしっかりファンをやろうという気持ちになり、三人に握手を求めもした。サインももらいたかったが、油性マジックを携帯する生活をしていないので断念した。
 ひとしきり交流して立ち去る前に、わたしは控えめにガッツポーズを作る。

「ワールドカップ、楽しみにしてます。頑張ってください」

 一拍おいて、三人が三人とも選手の顔になる。いささか鋭すぎる眼光に、ブルーロックの過酷さを思い知って少し引いた。凪くん筆頭に応援しているし活躍を楽しみにもしているが、いかんせんトレーニングが厳しすぎるのだ。学校を公休という事態にすべて現れている。
 返答してくれたのは潔選手だった。

「俺のゴールで勝ちます」

 力強い言葉に、呆気にとられる。潔選手はすぐに蜂楽選手と千切選手に小突かれ、「俺もゴール決めるし!」「俺がぶっちぎって決めるんだよ」と熱く抗議されていた。

 ようやっと席に戻ると、寂しそうなミルクレープと冷めた紅茶に迎えられた。

ALICE+