(ピザまんでもいいよ)


 カイロを忍ばせ、ダウンコートを羽織る。時の政府からもらったトートバッグには、いつものように貞ちゃんのぬいぐるみに加えて二枚のひざ掛け、温かい紅茶の入った保温ボトルを入れた。真冬に自主練を見守るのだ、防寒対策をするに越したことはない。
 昼過ぎにインターホンが鳴った。荷物を持って玄関を開けると、こちらも荷物を持った凛ちゃんが立っている。五年前の記憶を辿るに、ボールはもちろんとしてラダーなりコーンなりを持っているのだろう。

「釈放嬉しいと思ったけど、釈放されてるのって凛ちゃんのほうだよね」
「は?」
「ブルーロックって<青い監獄>って書くんでしょ。凛ちゃん囚人じゃん。あ、韻踏んじゃった」
「くだらねぇ。行くぞ」

 凛ちゃんにも神隠し防止で手を繋がれる。身長も大きければ手も大きく年相応にはしゃぐこともしないので、本当に六つも年下なのか疑わしい。五年前までは年相応の可愛げがあったのだが、この五年で何があったのやら。
 冴ちゃんと何かがあったのは察しているが、本気で嫌ってはいないと分かるので深刻視はしていない。審神者は、刀剣男士のメンタルケアも業務に含まれるのでお見通しである。難しい年ごろだ、兄弟喧嘩もするだろう。
 近所の公園は閑散としていた。まったく人がいないわけではないが、真冬に外で遊ぼうとする人間は少ないだろう。凛ちゃんはサッカーゴールのある開けた場所にまっすぐ進み、適当な場所でスポーツバッグを置いた。わたしは近くのベンチにひざ掛けを敷いて座った。

「凛ちゃん頑張れー」
「自主練に頑張れもクソもあるか」

 子どもの頃から自主練のお守りはしていたので、見ているだけでも退屈ではない。昔はわたしも輪に入ってリフティングの練習をしたこともあったが、さすがに日本代表レベルの選手の自主練を邪魔するつもりはない。
 貞ちゃんぬいぐるみを膝に乗せ、二枚目の膝掛けを足に掛けて、湯気の立つ紅茶を手に凛ちゃんを眺める。
 一八〇センチ越えの身長ともなると、手足が長くモデル体型だ。羨ましいくらい顔が小さい。刀剣男士で見慣れているといえばそうだが、刀剣男士並みのスタイルを持った人間はそうそういない。
 わたしはまだまだ新しい携帯を構えて、ストレッチを終えた凛ちゃんを撮った。
 鳴り響くシャッター音。

「……」
「そんな睨む?」

 凛ちゃんは熱烈な投げキッスをしてから練習を続けた。
 携帯のカメラフォルダは枚数が寂しい。審神者端末には大量の思い出が詰まっていたが、それも無かったことになってすっからかんだった。<時の政府>への返却にも躊躇いが無いほど。またこの携帯にも思い出を詰め込みたい所存である。
 わたしは携帯のスピーカー部分をこれでもかと押さえながら、何度か写真を撮った。睨まれたのは一度目だけで、あとは何も言われなかった。
 真冬の外は寒いが、日が出ているお陰で凍えるほどではない。紅茶をちびちび飲みながら、本当にサッカーが上手くなったなぁ、と朧(おぼろ)げな記憶と比較する。上達した理由に才能やセンスというものもあるのだろうが、一つのことに打ち込めることがまずすごいのだ。昔から、テレビやゲームよりサッカーだった。勉強よりもサッカーなのは考えものだったが、サッカーで活躍する舞台に<世界>を考えていたようで、英語の勉強だけは熱心だった。
 凛ちゃんがシュート練習に入ると、思わず携帯で動画を撮った。試合の映像だけでは分からないスピード感や迫力に痺れる。これ、学校にファンクラブ出来ててもおかしくないレベルでは? 世界的に有名な冴ちゃんにファンクラブがあっても驚かないが、凛ちゃんもあるのでは?
 彼女がいたらここまでわたしに構えないと思うので、冴ちゃんも凛ちゃんもそういうものはいないのだろうと漠然と考えているが、さぞ想われていることだろう。
 気付けば、あっという間に二時間が経っていた。凛ちゃんが片づけとストレッチを始めたので、わたしも撤収準備をする。
 すこし暑そうですらある凛ちゃんは、わたしを見下ろして呆れ顔だった。

「……よく二時間も見てられるな」
「面白かったよ。成長を噛み締めてた」
「……」

 凛ちゃんはわたしに神隠し防止対応をとり、さっさか歩き出した。家の方向ではないことに疑問を覚えたものの、コンビニの看板が見えていた。寄り道だろう。
 凛ちゃんは白い息を吐き出し、鋭い勢いでわたしのトートバッグを指さした。

「それ、なんなんだ。腹立つ顔しやがって」
「ぬいぐるみ?」
「なんかのキャラクターか?」
「お守りかな。かっこいいでしょ」
「……」

 凛ちゃんは無言で歩くペースを速めると、そのままコンビニに入店する。駆け足で入店する羽目になったわたしは、体がほぐれるような暖かさに息をついた。
 買い物なら待っているつもりだったのだが、凛ちゃんは手を繋いだまま店内を進んで、<あったか〜い>コーナーから微糖のコーヒーを一缶取る。

「選べ」
「傲岸みすごい」
「コーヒー飲めんのか」
「お茶のが好き」

 五年前と違って飲めないことは無いのだが、本丸では不評だったので飲む機会は少なかった。なんでもかんでも本丸基準なことに苦笑いしか出てこない。
 凛ちゃんはコーヒー缶と、ペットボトルの<あったか〜い>緑茶を両方片手で器用に持って、レジに置いた。六つ下の男の子に奢られるのは悪い気がしたが、トートバッグに手を伸ばそうとすると睨まれるので奢られることにした。
 コンビニを出てすぐ、お互い封を切る。凛ちゃんはスポーツドリンクしか飲んでいないし、わたしの紅茶もぬるくなっていたので、温かい飲み物は体に沁みる。

「今度はわたしが何か奢るよ」
「いらねぇ」
「肉まんとか」
「いらねぇ」
「半分こしよ」
「……」

 欲しそうなので今買ってこようかと店内に引き返しかけたものの、手を離してもらえなかったので断念した。お腹空いていないのだろうか。
 下から凛ちゃんを窺(うかが)うと、和やかなやりとりをしているはずなのに眉間にしわが寄っている。本当に感情が顔に出ない兄弟になってしまったものだ。
 凛ちゃんは缶コーヒーを飲み切ってコンビニのゴミ箱に入れた。ガコン、という音に重ねてぶっきらぼうに言う。

「次、でいい」
「また釈放してくれるの」
「俺のサッカーを見てろ」
「もちろん。また撮ってもいい?」
「……好きにしろ」

 携帯を取り出し、先ほどの盗撮ベストショットを凛ちゃんに見せる。興味無さそうではあったが、意外にも「消せ」とは言われなかった。



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