(たったひとりのかみさま)
温かな夢を見た。
朝日の中を散歩して、慌ただしく朝食を摂って、執務室で仕事をして、気分転換に畑や馬小屋に行って、賑やかに昼食を摂って、また仕事をして、戦績の整理をして、居間で昼寝をして、穏やかに夕食を食べて、いろんな話をしながら眠る。
どの場面でも刀剣男士の姿があって、たくさんの笑顔で暮らしていた。戦争中故の苦労や悩みも尽きることは無かったが、みんなと一緒だから頑張れた。残りの人生を本丸で過ごし、歴史を守る戦争に費やすことになったとしても、優しいかみさまたちと一緒なら進めると覚悟を決めていた。
真夜中に起きたのは、夜間照明を点けている自室だ。ただしそこに畳の匂いはない。丸い窓から差し込む月光も、周年の度に撮影していた集合写真も、みんながくれた贈り物を飾った机も、何もない。
実家は好きだったし懐かしいはずなのに、この空間を好きになれない。
ベッドの上で膝を抱えて視界を閉ざすと、温かいものに包まれた。
「主、ひとりで泣かないで」
貞ちゃんの優しい声に歯を食いしばる。
「貞ちゃん、一緒にいてくれてありがとう」
「墓まで連れてってくれ」
「ふふ、うん」
忘れられただけならまだよかった。みんなとともに戦った五年が無かった(、、、、)ことになったのが何より辛かった。<時の政府>にとって、わたしたちの五年は守るに足らないものだったのだ。
貞ちゃんが背中を撫でてくれて、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。礼を言いながらなんとか顔を上げて保湿ティッシュで鼻をかんでいると、貞ちゃんがおもむろに窓から外を見た。
「主、悪いことしようぜ」
「する」
何も分からなかったが頷いた。
貞ちゃんは無音で部屋を出て、十数分後、保温ボトルを片手に無音で戻って来た。手早くわたしにダウンコートを着せて、ひざ掛けを持ってまた部屋を出る。今度はわたしも一緒に動いたが、しがない人間に気配を殺すという芸当は出来ないため神経を使った。
ドアの開閉は貞ちゃんに任せ、玄関から外に出る。親を起こすのではとドキドキハラハラしたが、アトラクションのようで楽しかった。
貞ちゃんは無音でのカギ閉めという高度な技をこなすと、突然わたしを抱き上げた。そしてそのまま走り出す。
「ひ、人攫いだ!」
小声で怯えた演技をすると、貞ちゃんがにっこり笑った。
貞ちゃんは自分より身長の高い人を抱えているとは思えない速度で走り、凛ちゃんと来た公園に入る。凛ちゃんの自主練場所ではなく遊具のある遊び場に行くと、滑り台の頂上でわたしを降ろした。
「月見デートだ」
「惚れちゃう」
滑り面と階段の境目に腰を下ろす。ド深夜の外は寒いが、今はそれすら楽しい要素だった。貞ちゃんが持っていた保温ボトルの中身は生姜湯で、生姜の優しい香りがする。キッチンに立ち、これも無音で作って来たのかと思うと感動する。
おいしい、と零すと、俺もそう思う、と返ってきた。
今夜は雲が少なく、滑り台の上からは月が良く見える。身を寄せ合って生姜湯を飲んでいると、真っ白な息とともに貞ちゃんがぽつりと言った。
「本丸でのことが思い出になるのは、俺もまだまだかかると思う。忘れるのは、あの五年が本当になくなるみたいで嫌だし、無理だし」
「……そうだね」
「主も、忘れようとしなくていいんだ。泣きたいときは俺もいる。色んな話も出来る。だから、今は全力で悼んでいいんだよ。無理に抑えようとしないで、ゆっくり立とう。主のことは、全部俺が守るからさ」
「心強すぎるね」
「俺は、これからも主の刀だぜ」
貞ちゃんにもたれかかっても、貞ちゃんはびくともしなかった。
歴史を守るために励起されたのに、戦う場所を離れても、人間の悩みへ寄り添ってくれる。やさしいわたしのかみさまだ。
「それに、こっちにも優しい人間がいる。ご両親も、冴ちゃんも凛ちゃんも。主はひとりじゃないんだ。あ、せっかく現世で自由に動けるんだから、太鼓鐘貞宗も見に行こうぜ!」
「あはは、いいね」
目に涙の膜が張りながらも、自然と口角が上がった。
今後も、ひとりきりな気分になって泣いてしまったりするだろう。そんなとき、貞ちゃんは今みたいに寄り添ってくれるのだ。わたしはその度に、わたしを愛してくれている存在を思い出す。
この五年、わたしはみんなに愛されていた。わたしと貞ちゃんの記憶にしか残っていなくとも、それは確かだった。
わたしも、もっと沢山、みんなに愛を伝えられたら良かった。
生姜湯を飲み干し、寒さと温かさで体温が迷子になってくると、今度は睡魔が襲ってきた。あくびを零しながら荷物をまとめ、貞ちゃんに家まで運搬される。
貞ちゃんはすべてを無音でこなし、ベッドに横になったわたしに丁寧に毛布と布団をかけた。
「冷え切っちゃったな。風邪ひかないといいけど……」
「だいじょーぶ。深夜の秘密の外出、不良みたいで楽しかったよ」
「なら良かったぜ。次はもうちょい、あったかい季節にやろう」
「ん、おやすみ」
「おやすみ、主。じゃ、俺は二人の枕元に立ってくるわ」
「待って?」
ほんとに待って?
ふたり、で思い浮かぶのは両親と糸師家兄弟だ。両親なら「ご両親」と呼ぶだろうから、貞ちゃんの言う「二人」は十中八九、冴ちゃんと凛ちゃんのことだろう。
思わず起き上がりそうになったわたしを、貞ちゃんがベッドに留める。
「はーい、主はもう寝る時間です」
混乱する頭を撫でられ、布団をぽんぽんされて、追及することも出来ず眠りに落ちた。
* * *
【横浜あたりを散歩しに行きたいなと思ってるんだけど、空いてたりする?】
連日出掛けなければならない訳でもないが、動きたいので誘ってみる。二人が無理そうなら両親と出掛けようと思うものの、心配を顔に出されるので気は進まない。両親のことは好きだが、腫れ物のように扱われるのは居心地が悪いのだ。
散歩ではない急な外出のお誘いは駄目元だったが、二人からほぼ同時にOKの返信があった。何故か個人トークに。二人ともグループトークを活用しないので、わたしからのお知らせ掲示板のような位置づけになっている。
【じゃ、三人で出掛けよ!】
わたしがグループトークにそう投げると、個人トークで冴ちゃんからは【良い度胸だな】と喧嘩腰のメッセージが来て、凛ちゃんからは【馬鹿だろ】と端的な暴言が送られた。
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