(イチゴタルトがいいなあ)2



 貞ちゃんの味噌汁を飲んで元気になったわたしは、貞ちゃんの冬服を買いに出かけることにした。今日、冴ちゃんは雑誌の取材があり、凛ちゃんはジムに行くため、二人とも帰宅は夕方になると聞いている。
 ひとりでの外出はまだ禁止されているが、ようはバレなきゃいい。
 プランはこうだ。遠出するつもりはないので近所の大型スーパーに貞ちゃんぬいぐるみを持って向かい、子ども用洋服一式を購入し、多目的トイレかどこかですぐ着替えてもらう。合わなければ買いに行けるので、次の外出では困らないだろう。
 わたしはドアスコープでマスコミがいないことを確認してからこっそり家を出た。顔の印象はマスクと伊達メガネと髪型で誤魔化す。帰宅が間に合わないとまた色々と心配を掛けるので、万が一に備えて書き置きだけはした。
 二〇分ほど歩いて大型スーパーに入る。子供服売り場を全く覚えていなかったので、フロアマップを確認してから売り場に向かった。
 お洒落男士な貞ちゃんなので、わたしの趣味を押し付ける訳にはいかない。事前に大体のサイズは聞いていたので、可もなく不可もなさそうな、シンプルなシャツとセーター、ジーンズにダッフルコートをかごに入れる。服を確保すると、靴のコーナーで黒いブーツを買った。
 そしてフロアの隅にある、客から忘れ去られていそうなトイレにそそくさと移動。多目的トイレで、ぬいぐるみと買ったばかりの洋服と家から持ってきたハサミを置いて、わたしだけが外に出る。扉を締めて見張りをしていると、すぐに中から鍵がかけられた。貞ちゃんが擬態を解いたのだろう。
 数分待っていると鍵が開き、ごくごく普通の洋服を着た貞ちゃんが出てきた。どこにでもあるシンプルな洋服でも様になってしまうあたり、さすが刀剣男士だ。刀剣男士が現世に出る場合、ドッペルゲンガー大量発生を防ぐために認識阻害術の適用が義務付けられているが、わたしは今審神者ではないため認識阻害術用の札は持っていない。貞ちゃんの男前具合を全く隠せないので、世の少女たちの初恋泥棒となるかもしれない。

「どーよ」
「似合ってる! サイズは?」
「大丈夫。値札も全部切ってきた」
「貞ちゃんは何でも似合うねぇ」
「ありがと。主のセンスも最高だぜ」

 褒め言葉を受け取って礼を言いつつ、こちらも褒めてくる。さすがである。
 貞ちゃんは、軽くコートを叩いてホコリを払うような仕草をした。

「霊体化出来るように、霊力馴染ませとくわ」
「お願い」

 時計を確認すると、午後三時だった。そろそろ家に向かわないと、母親と鉢合わせる危険性がある。しかし、せっかく外に出ているのだから満喫したい。今から横浜駅で貞ちゃんと遊ぶ余裕はないが、この近辺くらいうろつきたい。
 とはいってもコンビニくらいしか寄るところがないだろうかと携帯で地図を眺め、近くに洋菓子店があることを思い出した。

「貞ちゃん、ケーキ買って帰ろ。ゴミも新聞紙でくるんだらバレないでしょ」
「お、いいな。主の知ってる店?」
「うん。タルトが美味しかった思い出がある」

 そうと決まれば、早く行かなければ。
 貞ちゃんが悪戯っぽく笑って「走るか?」と言うので、思わず吹き出した。極(きわめ)刀剣、しかも機動の高い短刀相手にどうやってついて行けばいいのか。「置いて行かないで」と笑うと、「担ぐさ」とこれまた男前っぷりを見せてくる。
 大型スーパーを出て、早足で洋菓子店を目指す。貞ちゃんと一緒に自分の街を歩けているのに浮かれてしまい、真正面から冴ちゃんが歩いてきているのに気付くのが遅れた。

「あっ」
「ヒッ」
「は?」

 貞ちゃん、わたし、冴ちゃんの順に声が漏れる。
 思わず足を止めてしまうわたしに対して、冴ちゃんは大股で距離を詰めてくる。真顔だ。どうあがいても言い逃れ出来ない状況に腹を括るが、怒りをひしひしと伝えてくる相手と対峙するのは冷や汗が止まらない。
 わたしの心境を察してか、刀剣男士としてのさがか、貞ちゃんがさりげなくわたしの前に出る。惚れそう。
 冴ちゃんは貞ちゃんを一瞥したものの、すぐわたしを見た。睨むとも違う静かな表情だったが、感情が読み辛すぎて困惑する。

「お前、なんで外にいる。ひとりだろ」
「へへ。取材終わったの?」
「なんで外にいる」

 貞ちゃんの洋服のことは言えないので、洋菓子店を目的にしなければ。そう口を開こうとしたのだが、冴ちゃんの怒りを一切気にしない貞ちゃんが冴ちゃんの荷物を指さした。

「あれ、この袋って、今から行こうとしてた店のじゃね?」
「ほんとだ。冴ちゃんもそこのケーキ好き?」

 冴ちゃんは返答しなかった。

「誰だこのガキ」

 一番困る質問だが、刀剣男士とも近侍とも言えない上、弟という誤魔化しもきかない。大事なわたしの刀だよ、と伝えたい気持ちはあるのだが。審神者は総じて、自分の刀剣が好きで、自分の刀剣が評価されると嬉しい生き物なのだ。

「大事な友達の貞宗くんです。ガキとか言わないで」
「よろしくな、冴ちゃん!」
「チッ」
「投げキッスとは熱烈だな」
「頭沸いてんのか?」

 冴ちゃんの暴言にも、貞ちゃんは「ひでぇな」と笑うだけだ。
 冴ちゃんは貞ちゃんから視線を外すと、わたしにアイアンクローをきめた。

「で。お前は、なんで、外にいる」
「貞ちゃんを誘ってお菓子を買いに行こうとしました」
「……」

 冴ちゃんが貞ちゃんを見たのが分かる。貞ちゃんは、アイドル顔負けの完璧なウインクを返していた。

「九乃さんを許してあげてよ、冴ちゃん」
「お前は九乃の何だ」
「んー友達! じゃあ、冴ちゃんは九乃さんの何?」

 貞ちゃんの思いもよらない切り返しに、わたしは目を瞬(またた)いた。貞ちゃんは笑顔で冴ちゃんを見上げている。
 問われた冴ちゃんは、不意の質問に一拍置いていた。きょとんとすると幼げで、五年前を思い出してしまう。再会してからというもの表情筋が死んでいる様子しか見ていないので、感情が見えると安心する。
 冴ちゃんは、何故かわたしの頭を掴む力を強くして答えた。

「……幼馴染だ」
「大事な?」
「お前に何の関係がある」
「あ、そうそう、俺のことをそう呼ぶのは良いけどさ、九乃さんを<お前>って呼ばないでくれるか?」

 わたしは、貞ちゃんがそんなことを気にしていたのかと驚きつつ、嬉しくも思いつつ、アイアンクローされたまま貞ちゃんの頭を撫でた。
 すぐ冴ちゃんに手をつかまれる。
 アイアンクローされ、手は掴まれて。なんだなんだ。

「冴ちゃんも撫でようか?」
「お前な……」
「お前って言わないでってば」
「……九乃」

 貞ちゃんの満足そうな笑み、かっこかわいい。わたしもつられて笑ったが、冴ちゃんは舌打ちを追加してから手を離した。
 わたしがアイアンクローから解放されたのを確認して、貞ちゃんが言う。

「じゃ、俺はお邪魔みたいだから、ここで失礼するとすっかな」
「え」

 困惑を声に出してしまったものの、冴ちゃんの見ている前で一緒に帰宅するわけにもいかない。貞ちゃんは少し背伸びをしてわたしの耳元に顔を寄せると「隠れてついてく」と伝えてきた。極短刀のかくれんぼだ、人間は絶対に勝てない。
 わたしが頷き返すと、貞ちゃんは軽く手を振った。

「冴ちゃん、九乃さんには優しくな」
「上から目線とはいい度胸だな」
「あはは」

 貞ちゃんは暴言に対して笑顔という器の広さを見せつけて、駆け足でその場を去って行った。姿が見えなくなるまで――貞ちゃんが身を隠すまで――見送ろうかと思ったが、冴ちゃんに呼ばれてそれも叶わない。
 冴ちゃんは、これ以上ないくらい不機嫌な雰囲気を纏ってわたしを見下ろしていた。表情は真顔だが、怒っていることは分かった。

「知らねぇガキを誘って『お菓子を買いに』だと? 妙に親し気なあのガキは何だ。この五年で知り合ったのか」
「ひみつ」
「いつまでもそれで誤魔化せると思うなよ」

 神隠し防止に手を繋がれて、自宅方向へ歩き出す。冴ちゃんが早足で歩くので、わたしは駆け足手前のペースで足を動かした。

「冴ちゃん、何か用事あったんならわたし待ってるけど。帰っていいならひとりで帰るけど」
「あ? さっきの今で、よくそんな事言えたな」

 声音から、心底馬鹿にされているのが分かる。それで傷ついていたら五年も審神者をやっていないので、冴ちゃんは本当に笑わなくなったなと別のことを考えた。

「俺に……俺か凛に、なんで連絡しなかった」
「お忙しいかなあと思って」
「お前が……。次からは連絡しろ。時間くらい作る」
「優しいねぇ」
「そうかよ」

 言い方が素直じゃないねぇ、とは言わなかった。ただでさえ早足なのに、走り出されたらとてもついて行けない。
 雑誌取材の内容を質問しながら歩いていると、ほどなくして家に到着する。幸い、母親はまだ帰宅していなかった。わたしが母親の不在に安堵(あんど)したのを察したのか、冴ちゃんがため息交じりに言う。そんなにもため息を吐いたら幸せが逃げていきそうだ。

「……黙っててやるから、二度とすんな」
「あい」

 返事はしたものの、貞ちゃんと積極的に出かけたいので約束は出来なかった。最大の目標である服の調達が終わったので、大人しくして一人行動解禁を待ってもいいのだが、じっとしているのも落ち着かない。動いて気を紛らわせているほうが良い。貞ちゃんがいるとはいえ、静かな家はまだ慣れなかった。
 手を離した冴ちゃんは、代わりにというように持っていた洋菓子店の袋を渡してきた。反射的に受け取ると、冴ちゃんはぶっきらぼうに言う。

「やる。食え」
「これ冴ちゃんが買ってきたのに」
「お忙しい俺が、さぞ暇してるだろう九乃のために買ってきた。ありがたく食え」

 仕方なく買ってきてやった、という空気を出しつつも、わたしのことを考えてくれたことが十二分に伝わる。五年前ならいざしらず、このクールに磨きがかかっている幼馴染が洋菓子店で品を選んだのかと思うと自然と口角が上がった。変わらず好かれていて嬉しい限りだ。

「冴ちゃん、ありがとう!」

 高いところにある頭に手を乗せて、セットを崩さないよう軽く撫でる。礼を言って褒めて労(ねぎら)うことの大事さは、審神者業で身に染みている。
 冴ちゃんは目を瞠(みは)ったものの振り払うことはせず、片手で顔を覆っていた。真正面からお礼を言われるのって照れるよね、分かる分かる。

「でも次にこういう機会があったら誘ってね。一緒に行きたい」
「……分かったから、撫でるな」
「ねえ、今まだ時間ある? 一緒に食べない?」

 自宅を示して言うと、冴ちゃんは今日一番深いため息をついて顔を上げる。何かを吹っ切ったような、清々しい真顔だった。

「食べるお前を監視しててやる」
「どういう心情?」

* * *

【明日も、うろちょろしたいです。どなたかご一緒してくださらない?】

 <幼馴染ズ>と名付けたトークグループに投げかける。すぐに既読が一つつき、凛ちゃんから何故か個人トークに返信があった。

【自主練のときに出してやる】
【看守みたいな言い方するじゃん。自主練見てていいの?】
【前からそうだっただろ】
【わーい、行きます】

 トークグループを冴ちゃんが見たらバッティングしそうなので、先手を打ってトークグループに追加でメッセージを送る。

【凛ちゃんの自主練に同行します】

 すると、既読が二つになった。
 そしてなぜか、冴ちゃんの個人トーク画面が動く。

【いいんだな】

 何の確認なのか分からないが、なんとなく恐怖を煽られたので貞ちゃんぬいぐるみの写真を送った。
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