(お前って言わなくなったね?)
玄関チャイムが鳴らされ、荷物を持って家を出る。電車を使っての外出に渋い顔をした両親も、冴ちゃんと凛ちゃんと一緒だと言えば安心したようだった。
冴ちゃんと凛ちゃんは二人ともうっすら眉間にしわを刻み、白い息を吐いている。朝だということを差し引いても穏やかな表情ではない。
駅に向って歩き出すと、左手を冴ちゃん、右手を凛ちゃんに繋がれる。神隠し防止措置が手厚い。
「おはよ。付き合ってくれてありがと」
「……」
「……」
「仲良さそうで何より!」
「目ぇ腐ってんのか?」
瞬発力を見せつけてきたのは冴ちゃんだった。
「わたし両目とも1.0あるよ」
「問題あんのは頭のほうだったか」
「失礼だな、冴え渡ってるよ。冴ちゃんと凛ちゃんは英語以外の成績伸びたの?」
「……」
「……」
「もー」
以前と変わりなければという注釈はつくが、なんとこの二人、サッカーへの才能が尖りすぎているので他の教科の成績が大変なのである。単純な身体能力は高いので体育ならとともかく、座学はからっきしなのだ。
ひとりでへらへら笑っていると、凛ちゃんの声が降ってくる。
「目当てでもあんのか」
「特に無い。出掛けたいだけ」
「そーかよ」
「三人でデート嬉しいねぇ」
両サイドからむせる音がする。お年頃だ、出掛けることをデートと表現するのは受け入れ難いのだろう。特に撤回はしなかった。
足取り軽く駅に向かい、新しくICカードを買う。冴ちゃんと凛ちゃんは既にICカードを持っているため券売機に並ぶ必要はなかったが、わたしについて並んでいた。丁寧な説明のある機械はいくらなんでも扱えると主張しても、列から逸れて待つという選択はとらなかった。三人で画面を覗き込む羽目になった。
神隠し云々ではなく、わたしを幼稚園児だと思っている可能性がある。
改札を通るときには冴ちゃんに凝視されたので、幼稚園児説が濃厚になった。良い年した大人が二度も改札に引っ掛かってたまるか。
両手を引かれて電車に誘導される。乗車したら離したものの、両サイドは固められていた。
二人は、わたしが話しかけると返事をするが、二人同士で会話をしようとしない。中々ハードな兄弟喧嘩をしているらしい。どことなくお互いに距離を取りたそうな仕草をするが、わたしから目を離せないから致し方なく近くにいることを許容しているようだった。
次は横浜駅というアナウンスを聞いていると、冴ちゃんが珍しく言い澱んだ。
「おま、え……」
「え、はい。なに?」
冴ちゃんは奥歯にものが挟まったような顔をしたものの、すぐに続けた。
「……なんでこの前、横浜駅の改札で引っ掛かってたんだ。京都から来たなら新横浜で乗り換えるだろ」
「昔懐かしの横浜を出歩こうと思ったんだけど、寒かったから引き帰した」
「馬鹿だな」
「ひどいなぁ」
口ではそう言いつつもダメージはゼロなので、わたしは終始笑顔を浮かべられた。今は、荒い言い方が彼らのデフォルトなのだろう。「お姉ちゃん」「ここちゃん」と呼ばれないことは少し寂しいが、五年過ぎるとはこういうことだ。
横浜駅で降りる人が多いので神隠し防止措置がとられるのは改札を抜けてからだろう。そう思ってとふらっと降車すると、逃げた猫を捕まえるより勢いよく両手を握られた。改札で手を離すのも一瞬だ、徹底している。
横浜駅周辺ではなく、電車を乗り換えてまた移動をする。目指すのはショッピングモール、電車でマップアプリを見ながら決めた。
「目的がないから適当に歩くけど、良い?」
「駄目なら来ねぇ」
「好きにしろ」
冴ちゃんと凛ちゃんそれぞれから返答がある。わたしは、ボディーガード二人プラス一振とともにショッピングモールに繰り出した。
広大な敷地のショッピングモールは、丁寧に見て回ると丸一日かかりそうな広さとテナント数がある。洋服、雑貨、ドラッグストア、飲食店、大抵のものは揃っている。学生の頃に来たことがあるとはいえ数えるほどで、かつ五年以上前の話だ。十二分に新鮮味があり、端から端まで冷やかす勢いで回った。
目的の無い散歩。しいていうならばウィンドウショッピングが目的なので、特に何かを購入するつもりは無かったのだが、つい、ショコラトリーでは足を止めてしまった。好きなのだから仕方がない。
店の前に出ているドリンクメニューを眺める。どうあがいてもチョコレートだが、種類は豊富そうだった。
「どれがいい」
冴ちゃんが店内を示した。
「その口ぶりは奢ってくれようとしてる?」
「十、九、」
「悪いよ、自販機みたいな値段じゃないし」
「うるせぇな、俺が年俸いくら貰ってるか知ってるか」
「ありがたくいただきます……。二人は飲まないの?」
「いらねぇ」
「いらねぇ」
年俸は気になるが突っ込むのも品がないのでしなかった。海外で活躍するスポーツ選手だ、ピンとはこないが、学生であれ会社員程度の収入はあるのだろう。
体格のいい男たちを引き連れてレジに行き、ドリンクを一つだけ注文する。店内はテーブル席だけではなく広いソファ席もあったので、三人横並びで座った。二人はさぞ手持無沙汰だろうと思ったが、わたしのドリンクの味見すらしなかった。五年前なら絶対飲んだと思うのだが。
思ったよりも甘ったるく、カップの底にドリンクを若干残して廃棄した。心の中で謝った。
ウィンドウショッピングを再開し、しらみつぶしに店舗を巡る。
鞄も、靴も、家具も、生活雑貨も、コスメも、文房具も、全部見た。時間を忘れて歩き回りショッピングモールの七割ほど見たところで、ふと時計を見ると到着から二時間経過していた。
小腹が空いたなとフロアを見回し、視界の隅に何かが引っかかる。何か良く知ったものな気がする、と何気なく視線を向けて凍り付いた。
刀剣男士がいた。三振だ。繋ぐ手に力が入る。
「……九乃?」
「あ、いや……」
遠征か出陣か分からないが、戦装束の刀剣男士が三振いる。冴ちゃんも凛ちゃんも二度見していないので、認識阻害術式も施されているのだろう。認識阻害に影響されていないわたしのほうがイレギュラーなのだ。審神者適性がないとはいえ元審神者だったからか、審神者以下とはいえ霊力の扱いに慣れているからか、貞ちゃんがいるからか。
遠征ならば良いが、出陣だったら問題だ。この近辺に遡行軍(そこうぐん)が出現する可能性があるというのならば、さっさと離れたほうがいい。
わたしが手を離そうと力を抜くと、反対に二人の力が強くなる。
「ちょっとだけ離してくれない? すぐ戻るから」
「俺らがいたらまずいことでもあんのか」
凛ちゃんが眉間のシワを深くする。
「知り合いがいた、みたいな」
「だったら問題ねぇだろ」
二人に分からないように問いかけるには、なんと言うのが適切だろう。遠征か出陣かとバカ正直にも聞けないし、遡行軍という言葉も使えない。もちろん、審神者だと名乗ることも出来ない。
一歩踏み出すことを躊躇っていると、真後ろから声を掛けられた。
「九乃さん、俺が聞いてくる」
いつの間にか擬態を解いた貞ちゃんが立っていた。
「貞ちゃん」
「ちょっと待っててな」
貞ちゃんは三振のほうへ駆け出して、賑やかに言葉を交わしている。
タイミングを見計らっているだろうとはいえ、突然現われたことには変わりない。監視カメラ映像は大変なことになっているだろうな、と何でも無いことを考えていると、冴ちゃんの舌打ちが聞こえた。
「またあいつか。どっから来た」
「どこからだろうね。……あ、凛ちゃんは初対面だよね。わたしの友達の貞ちゃんです」
「……初めて見る顔だな。俺より年下に見えるんだが?」
いつどこで知り合ったのか、と言外に問われている。答えられる訳がないので笑って濁した。
貞ちゃんはすぐに戻ってきて、いつもの笑顔でわたしを見上げた。
「寄り道中だから大丈夫だってさ」
「そっか、良かった。ありがとう」
ハグして頭を撫でたいが両手を取られている。貞ちゃんは動けないわたしを微笑ましそうに見てから凛ちゃんに向き直った。
「初めまして、貞ちゃんだ。よろしくな、凛ちゃん」
「何だお前」
「貞ちゃんだ!」
「貞ちゃん、このあと一緒に回らない?」
せっかく擬態を解いたのだからと提案する。両サイドの空気はともかく、わたしは貞ちゃんとも歩きたいのだ。
貞ちゃんは冴ちゃんと凛ちゃんにそれぞれ視線を向けて、おそらくは睨まれて、明るい顔で頷いた。
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