(高校一年生なのに)2
R.
「さっきの発言といい、てめぇ良い度胸だな」
冴に、九乃との外出予定を取り付けたと言った返答がこれだった。わざわざ報告する義務は無いのだが、いくらわだかまりのある兄弟とはいえ、九乃の安全が第一だ。外せない予定がある<日本の至宝>様が変に気を回さないよう、先制しておいたほうが無難だと判断したまでのこと。
冴は顎を少し上げて、凛より身長が低いにも関わらず見下ろすように睨んでくる。凛も反射的に睨み返した。
「九乃にひとりで出歩かれるよりマシだろうが」
「しゃしゃんなっつってんだよ」
「自分の女でもねぇくせに」
「あ?」
ただの弟のくせに、と言いたくなったがブーメランなので口には出さなかった。弟枠から抜け出せないのはお互い様だ。
凛には、自分のそれが恋愛なのか確証はない。しかし、傍に繋ぎとめておくには<幼馴染>では足りないのだ。もっと強固な関係が欲しい。恋愛という可愛い表現よりは執着や独占欲が相応しい気もしているが、その境目も分からない。恋愛という言葉でどろどろした感情を隠せるならば、それが良い気がした。
繋いだ手を指先で撫でながら、帰路につく。
映画を見て、食事をして、ウィンドウショッピングをして。九乃はいつも通りのテンションで接してくるが、カミングアウト前よりも明らかに距離をとっていた。少し面白くは無いが、それだけ自分を意識しているのだと思うと満足出来た。
今まで見てきたホラー映画やゲームの話をねだられながら歩いていたが、ふとブルーロックの話になった。
「凛ちゃん、オフっていつまで?」
「明後日」
「え、もうじゃん。学校はずっと公休?」
「そうなるな」
「制服姿の凛ちゃんは見られないのかあ」
九乃が失踪する前、凛は小学生だったので、九乃は凛の中高の制服姿を見ていないことになる。特に見られたいものでもないので流そうとしたものの、九乃は流されてくれなかった。
「凛ちゃんの制服姿見たい」
「なんでだよ……」
「理由はないけど、見たいから。どこの高校? どんな制服?」
「断る」
「中学の制服着てとは言わないから! 高校でいいから!」
「当たり前だろ」
「やったー!」
うまい具合に誘導されて睨むも、九乃はどこ吹く風だ。冴や凛がどれだけ睨もうとも九乃が怯(ひる)んだことは一度もない。
制服姿をわざわざ見せるのは気が進まないが、喜ばれて悪い気もせず、九乃を家に送り届けた後で制服に着替える。小舘家の玄関チャイムを押すと、ほぼ同時に九乃が飛び出てきた。玄関で待っていたのだろう。
「凛ちゃん、かっこいいねぇ!」
「そーかよ」
多少変わったデザインではあるが、ベースは学ランだ。特に珍しい制服でもない。さっと見たら満足だろうと踵を返そうとしたが、腕を掴まれて叶わなかった。
九乃は凛を上から下まで何度も見ている。
「写真撮っていい?」
「はあ?」
「はい、そこに立って」
「やめろ、俺を辱める気か」
「言い方……じゃあ、部屋上がって」
腕を掴まれたまま、小舘家に足を踏み入れる。小舘家母親の挨拶に会釈しながら、好きにさせたらいいかと抗わずに着いて行く。
ただし、通されたのが九乃の部屋だとは思わなかった。
「は、部屋?」
「そうだよ。物全然ないけど」
そこに立ってて、と放置され、九乃が携帯を構える。
外で撮影されたくないと言った凛を気遣って、母親のいるリビングではなく自室に連れてきたのだろうと想像は出来る。九乃の考えも分かるが、凛は九乃に対して親愛だけではないと伝えたばかりだ。自分を好いている男を、こうも軽率に部屋へ入れるのか。
相変わらず弟扱いなのだ。一度言った程度では弱いらしい。それでもそばにいられるならと急ぐ気持ちが無かったのは昨日までだ。冴の前で<連れて行く>発言をし、冴もそれに対抗して来た以上、呑気に構えるつもりはない。
九乃は、凛と一メートルほど距離を空けて携帯を構えている。凛は一歩でそれを詰めると、九乃に抗議されるより早くその腕を引いた。たたらを踏んだ九乃が凛に倒れ込んでくる。
凛は九乃を支えながら、耳元に口を寄せた。
「こんなに簡単に倒れるくせに、よく男を部屋にあげたよな」
九乃が耳に手を当てて顔を上げる。凛の言わんとしていることを察したのか、戸惑いながら赤面していた。
ホラー映画を見ているときのほうがよほど密着していたが、九乃は凛が腰に手を回しただけで身を固くする。
「高校一年生は、九乃が思っているより<男>だぞ」
九乃は小刻みに何度か頷いた。
「わ、かった」
「帰る。見送りはいい」
視線を泳がせている九乃の頭を乱暴に撫でて、部屋を後にする。小舘家母親にまた挨拶をして家出ると、早足で帰宅し自室に引っ込んだ。
片手を見下ろし、抱き寄せた腰の感触を思い出して舌打ちをひとつ。
キスのひとつでもすればよかった。
* * *
どこか地に足がついていない感覚で夕食を摂る。
凛ちゃんから言われたことを反芻しながら白米を口に運んでいると、テーブルに伏せている携帯がメッセージを報せた。
冴ちゃんとのトークに新着マークがついている。
【明日、十一時。出掛けんぞ】
【ホラー映画じゃないよね?】
【一緒にすんじゃねぇ。メシ連れてってやる】
外出は嬉しいが毎回奢られるのも悪いので、返信を打つ指が止まった。ただ、収入のある冴ちゃんが、年上とはいえ無職の女に奢られたくないという気持ちも理解出来た。だからといって甘えたくはない。
わたしが迷っている間に【あ?】と煽られ、急いで指を動かした。
【わたしの仕事が決まったら、今度はわたしに奢らせて】
【いらねぇ。俺の年俸いくらだと思ってんだ】
【五〇〇万とか】
【数字はともかく、桁はゼロ二個足せ】
右手に箸、左手に携帯を持って硬直する。五〇〇万は、五にゼロが六つだ。そこにゼロを二つ増やす。
億? まさか。
わたしの算数が間違っているか、冴ちゃんの桁が間違っているかのどちらかだ。冴ちゃんってば抜けてるんだからと朗らかなスタンプを送ると、間髪入れず返信があった。
【億プレイヤーと出掛けんだから、財布持ってこなくていい】
【マジで億なの】
【世界を馬鹿にしてんのか】
「九乃? そんなにおかしな連絡でも来たの?」
対面にいる両親に突っ込まれたので、わたしは形容しがたい表情をしていたのだろう。「冴ちゃんからランチのお誘い」と事実のみを答え、<億プレイヤー>の文字を睨む。
世界で戦うプレイヤーというのは、こんなにすごいのか。<日本の至宝>糸師冴は、こんなに大きな存在だったのか。
【金額が大きすぎてピンとこないけど、それでもいつかわたしが奢ります】
【九乃より先にカード出すだけだ】
【伝票争奪戦じゃん】
凛ちゃんの言動といい、冴ちゃんの年俸といい、今日は情報が多すぎる。
しかしホラー映画の恐怖を完全に相殺することは出来ず、また貞ちゃんと一緒に寝た。
ALICE+