(イチゴタルトがいいなあ)


 太鼓鐘貞宗は、主と万屋街で湯葉丼を食べた後、本丸に帰ろうとして帰れなかった。本丸が無くなってしまったらしい。
 そんなことある?
 色々と話を聞いて理解はした。太鼓鐘に出来ることは主に寄り添うことだけだった。主は政府職員の前でこそ気丈に振る舞っていたが、政府施設に一泊したときも、実家に戻ってからも、ひとりになると肩を落とす。
 歴史改変の影響を主ごと受けていたら良かったのに、とさえ思った。もしも運が悪ければ=A目を開けたのは実家で、この五年を元の時代で過ごした記憶を持ち、幼少期の神隠しの思い出だけを持って生きていけただろう。
 太鼓鐘はぬいぐるみに擬態して、主の部屋に匿(かくま)われている。主の霊力節約のためにも意識は半分落としており、危険を察知できるようにはしているがまどろんでいるような状態だった。意図的に意識を閉じることも出来るので、主が着替えるとき等はしっかり目を閉じている。主も、太鼓鐘ぬいぐるみの顔にハンカチを掛けている。

「貞ちゃん、貞ちゃん」

 呼びかけられて擬態を解く。姿は内番服のジャージだ。
 背伸びをしながら、今日は何をするのだろうかと主をうかがう。外出が難しいことは分かっている。
 主は不器用な笑顔で、太鼓鐘をキッチンに連れて行った。

「貞ちゃんのお味噌汁が飲みたい」

 太鼓鐘は、本丸でのお料理番筆頭だった。何故か本丸一料理が好きで、何故か本丸一器用だった。和洋中なんでもござれ、レシピさえあれば前菜からデザートまで何でも作ることが出来た。刀剣男士の性質上和食を作る機会が多く、味噌汁は、本丸生活での最多調理数を誇る。次点で卵焼き。
 主が調理台に材料を並べる。見たことのないメーカーだが、馴染みのあるものばかりだ。

「昨日の夕方、お母さんと買い物に行ったときに揃えたんだ。他にいるものあったっけ?」
「ちゃんと揃ってるぜ。厨のぬし≠アと貞ちゃんに任せな」
「ひゅー!」

 初めて立つキッチンと言えども、使い勝手は大体分かる。引き出しを一通り開けて道具の位置を確認してから調理に取り掛かった。
 具はシンプルに豆腐とわかめと大根。
 太鼓鐘が作業をしている間も、主はシステムキッチンのカウンターに肘をついて楽しそうに見守っている。

「多めに作って、ご両親にも食べてもらうようにしていいか?」
「もちろん。貞ちゃんの料理を自慢出来るの嬉しい。わたしが作ったことになっちゃうけど」
「主も料理上手だから大丈夫だな」
「貞ちゃんほどではないなあ」

 太鼓鐘は出汁を取りながら、主の幼馴染を話題に上げた。

「冴ちゃんと凛ちゃん、だよな。昨日見せてもらったけど、サッカーすげぇな」
「ほんとにね。昔から上手かったし、冴ちゃんはスペインにも行ってたけど、二人してこんなに活躍してるとは思わなかった」

 主が誇らしそうに笑う。幼馴染の話は本丸でも聞いていたので、太鼓鐘としても会えて嬉しい気持ちがあった。ただ、主を「お前」と呼ぶのは許容し難いので、そのうち枕元に立とうと思っている。
 本丸を失って沈んでいる主は、幼馴染が関わると気分を浮上させる。両親と話しているときも楽しそうだが、心配を全面に出す両親より、ある程度クールに振る舞ってくれる幼馴染のほうが今は話しやすいらしい。その幼馴染たちは、五年ぶりの主に内心右往左往しているように見えるが。
 五年の本丸生活で、主は愛し愛されることに慣れた。距離感は狂った。
 本丸によって差はあるだろうが、大体の刀剣男士たちは持ち主(ぬし)のそばにいたがるし、触れていると落ち着くこともある。主が拒まなかったこともあり、弊本丸のスキンシップは多かった。
 太鼓鐘は幼馴染たちが何を考えて主と接しているか、大体分かっていた。主に接近されてこっそり赤面していたのも知っている。半分応援しつつ、半分面白がって見守るつもりだ。愛されることに慣れた主は愛を向けられても、それが親愛ではなく恋愛であるとそう簡単に気付かないだろう。
 昨日見た試合について話していると、味噌汁が仕上がる。汁椀二つに波々入れて、箸だけ持ってダイニングテーブルについた。まだ昼食の時間ではないので、おやつの味噌汁だ。

「いただきます」
「召し上がれ」

 一口飲んで、息をつく。ふむ、今回もなかなかの出来である。真冬の味噌汁ほど体に染みるものはない。
 しかし、向かいに座った主からの反応がなかった。不味いということはないだろうが、明るい主の無言にはつい焦ってしまう。呼びかけると、鼻をすする音が聞こえた。

「ああ、美味しいなあ」

 声に涙が滲んでいることは言わず、太鼓鐘は豆腐を箸でつまんで口に入れる。
 つい数日前までは、三桁に上る刀剣男士たちが居間に入り乱れていたというのに、今は民家のダイニングにふたりだけだ。寂しさを感じつつも、不謹慎ながらほんの少しだけ優越感があった。
 大勢の主であった彼女が、今は太鼓鐘貞宗ただ一振の主だ。大勢に注がれていた物(、)への愛は太鼓鐘だけに向けられる。審神者であるうちは望めなかった、主のたった一振になれる。主には決して言わないが、ひとの心を持った身としては寂しくとも、物としては嬉しいのが正直なところだった。
 太鼓鐘は空になった汁椀を置いて、噛み締めるように味噌汁を飲む主を見る。

「今度は、何を作ろうか」
「……プリン」
「硬いほう? 柔らかいほう?」
「柔らかいほう。また材料揃えておくね」
「任せろ!」

 一度作ったものは大体レシピを覚えているので、プリンでもクッキーでもわらび餅でも何でも作ることが出来る。本丸を思い出して辛いなら止めたほうがいいのではと思いもしたが、五年間を無かったことに出来ないのは、太鼓鐘も同じだった。

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