scene9 CBダメージUP


 グランたちは、騎空艇に状況を伝える手紙こそ出したものの、応援を呼ぶことなく少人数でフロック家に殴り込むことになった。
 万全を期すには人員を増やしたいところだったが、合流するまでに時間がかかってしまう。話し合った結果、メノウ救出を急ぐことにしたのだ。
 メノウの弓は、ランスロットの手からルリアへと移っていた。もちろん、持ち方のコツも伝えている。双剣を使い、手数の多さと軽快な身のこなしで敵を翻弄するランスロットでは、弓を持ったまま戦うことは不可能だ。
 パーティーを分けることなく、八人と一匹で突入する。小細工も込み入った作戦もない、正面からの殴り込みだ。
 一行は覚えた屋敷の見取り図と、ルリアの声を頼りに星晶獣バジリスクを目指す。
 メノウがバジリスク掌握のために利用されるならば、バジリスクの近くにいるという仮説に賭けたのだ。

「なんか……俺らの突入を陽動として、好き勝手に動いてる気もするけど」

 グランは剣を振るいながら言う。彼女の冷静さは知っている。それに加え、自ら捕まるという肝の座りようと、自分の家の事は自分で始末をつけるというプライドの高さ。大人しく救出を待っているとも思えない。
 屋内での戦闘とあって、実力を十分に発揮できているとは言えないが、優勢には違いなかった。向かってくる兵士を無力化し、時間をかけながらも着実に進む。
 大貴族にふさわしい大豪邸に殴り込みを仕掛けてどのくらい経ったのか、ルリアがいっそう強い力を感じとる。そこはバジリスクの居場所として候補に上がっていた部屋だった。部屋に近づくにつれて毒の付与が早くなってきてもいた。
 部屋の前には兵が配置されており、あの湖でみた青年もそこにいた。
 部屋が重要な場所であることは明らかで、改めて気を引き締める。
 特に、対弱体効果魔法を一定時間ごとに使わなければならないカタリナとグランの消耗は激しかったが、一休みするという選択肢はない。

「思ったより早かったですね。流石と言うべきですか」

 青年の表情に余裕はない。
 ルリアがいるから、とは誰も言わなかった。代わりに、メノウの居場所を問う。

「さあ?こちらの言いなりになっていないのは確かですよ」
「メノウに、怪我は」
「してるでしょう、そりゃあ。僕はその担当ではないのでなんとも」

 一行の怒気が増す。
 青年と兵士らはそこに戦士としての実力差を肌で感じとった。戦っても時間稼ぎ程度にしかならないだろう。厳しいな、と内心呟き、自分等の守る扉を示した。

「察しのとおり、ここに星晶獣がいる。近づけば近づくほど、きつい毒を貰う羽目になりますよ?」
「メノウを取り戻すためだ」
「彼女はここにいない、と言えば?」
「それなら……俺たちはバジリスクを人質にすればいいか?」

 いつになく高圧的にグランは言う。出任せではなく、選択肢の一つであるのは確かだ。
 メノウがこの部屋にいれば重畳、いなくてもバジリスクへの接触は変わらない。フロック家にとって大事な切り札であるバジリスクを直接的に害し、暴走に拍車がかかればメノウを出さざるを得ないだろうし、バジリスクの力をルリアが吸収して沈静化しても、バジリスクの分割された力を取り戻すためにメノウが必要になるだろう。
 ただどちらも、バジリスクに対してグランたちが有利であること前提である。
 グランは、その前提を当然と疑わない。
 扉を守る兵士は、ぐっと口を閉じた。

「ふふん!おいらたちを止めてみやがれってんだ!」




 部屋――というよりもホールで、広々として天井が高い。床には大きく魔方陣が描かれ、魔昌によく似た石が置かれている。それを三人の術師が囲んでいた。バジリスクに魔力を送り込むためのようだった。
 高い天井はドーム状で、色のついたガラスが陽光を通している。
 バジリスクは、魔方陣より奥の祭壇にいた。
 星晶獣の中では、小ぶりな部類に入るだろう巨体。鋭い爪は剥がれ、長い牙は折れ、片目が潰され、片目は装具で覆われている。
 巨体をぐったりと伏せている姿は、とても猛威をふるう星昌獣だと思えない。聖堂で見た石像とは、別個体のような姿だ。
 痛ましい姿に、皆顔をしかめる。中でもルリアのショックは大きく、震える声で叫んだ。

「やめてください!なんてひどい……!」

 ルリアには、バジリスクの声が聞こえていた。目の前の星晶獣は伏せて唸っているだけだが、響いてくる声は確かに泣いている。
 無理に流された魔力を必死に押しとどめようとして失敗し、国民を傷つけないようにするあまり、魔力はバジリスクの意識にまで害を及ぼしていた。
 周囲を見る余裕もなく、ただ止めてくれと叫んでいる。
 ルリアは思わず両耳を押さえようとして、しかし目を背けてはならないと唇をかむに留める。カタリナがルリアに寄り添い、小さな体を支えた。
 その間に、臨戦態勢を取った術師を蹴散らしてしまう。実力差を見せつけられ、術師は転がるようにホールの隅に逃げた。
 ルリアは念のためにと下がり、カタリナとビィもルリアを守るためにバジリスクから離れる。遠距離攻撃のキハールも適度な距離を取った。
 あとの五名が、慎重にバジリスクに近づく――が、すぐに足を止めて距離を取った。
 グランは自分の魔力量を冷静に分析し、一度、自身を含めて接近した団員に【クリアオール】をかける。

「これ、本当に近付けないな……」

 グランがひきつった声で呟く。グランの武器は剣だ。他に、ランスロット、ノイシュ、ボレミアも厳しい顔で同意した。
 どうやらバジリスク相手に、近接戦闘は困難だ。
 戦闘しなくとも、このままじっとしていてくれるなら、もしかしたらルリアの言葉が届くのでは。戦闘せずに星晶獣を鎮められるのでは。そんな可能性が一行の頭を過るが、それをぶちこわす男が現れる。
 グランらが入って来たところとは別の扉から、見たことのない男が入ってきた。
 隻腕の男は、悠然とバジリスクに歩み寄る。苦しむバジリスクには表情を変えず、だが苦い顔で一行を睨む。
 ランスロットをより鋭く見ているのは、男――セドニーが知っている人物がランスロットだけだからだ。
 睨まれているランスロットは、もちろんひるむこともなく睨み返す。が、グランが彼にあるまじき表情で歯を噛みしめているのに気づき、心の中でセドニーに語り掛けた。この騎空団の団長は自分ではなくて、そこで殺気立っている少年だと。

「ふん、先に君たちが来たか……」
「……あんたは?」
「フロック家次期当主、セドニー。君らは名乗らなくていい、覚えるつもりはないからね」

 高慢ともとれる態度は、一向の怒りに油を注ぐ。我慢ならなくなったグランが、間髪入れず返した。

「そうか!!俺は騎空団団長のグランだ、覚えなくていい!」
「……ずいぶん若い団長なんだな」
「どうも。メノウを迎えに来たんだけど」
「口の利き方がなっていないね」
「堅苦しいの苦手なんだ。で、メノウは?」

 グランは全力で煽っていくスタイルだ。普段からこうであるわけではない。いかに彼が腹を立てているかが分かるというものだ。
 セドニーはグランの問いかけに答えず、バジリスクへ視線を移す。
 バジリスクはグルグルと呻くのみで、グランらにもセドニーにも見向きもしない。
 セドニーは対状態異常魔法の術具を持っているが、この至近距離では、流石にそう長くは持たない。無駄話をするつもりは毛頭ないので、グランらの主張を聞くことも家の野望を話すこともなく、言葉を飾ることもしなかった。

「――星晶獣バジリスク。この国へ降り立ち、この屋敷を荒らし、混乱をもたらした侵入者に罰を」

 途端、バジリスクの意識が一行に向かったのが分かった。
 むき出しの敵意と殺意に臨戦態勢に入り、バジリスクが体を起こすのを注視する。満身創痍といって差し支えない巨体は、まだ戦っていないというのに痛々しい。傷ついているものに剣を向けるのは、グランらの本意ではないが、死ぬわけにもいかない。
 セドニーの言葉に嘘がないことが、これ以上なく癪だった。




 確実に体力を削っていく気だるさが幾分か和らぎ、ランスロットは、知らず詰めていた息を吐いた。
 少しの薬草とポーションを一つ所持していたが、既に薬草は残り一つだ。ポーションはなんとか使わずにいる。
 体の重さは完全には消え去らず、解毒が追いついていないのは明らかだ。加えて、魔法の封印効果や麻痺が頻繁に付与され、実力を発揮できないでいた。
 ランスロットだけではない。近接戦闘を得意とする団員は顕著だった。遠距離のキハールと中距離のアレクは、多少ましではあったがその程度だ。
 何せ、バジリスクは傷を厭わず、飛びかかり、尾を鞭のように振るい、雷を放つ。しかもバジリスクは非常に硬く、攻撃が決まってもダメージは小さい。目が見えていないことなど、何の障害でもないらしい。
 メノウはバジリスクのことを優しいと称していたが、とても頷けない。
 思うように動けず、体力はじりじりと削られていく。バジリスクが体勢を崩した隙に、カタリナが叫んだ。

「【ライトウォール】を!」

 弱体効果をほんの少しの時間、付与されなくなる魔法だ。今だ、とバジリスクに怒涛の攻撃を向ける。魔法の効果が切れれば、即座に距離を取った。
 バジリスクは傷だらけの体をさらに痛めつけながら、しかし止まらない。いい加減大人しくしてくれよ、とはその場の総意だ。
 弱ったところでルリアに力を吸収してもらう手はずだが、弱った様子がないのだ。我を忘れたままでは、力の吸収も難しい。
 ランスロットの視界の端で、グランが一瞬淡い光に包まれた。ボレミアの単体回復魔法だとは、確認せずとも分かる。
 ほんの少し羨ましく思うが、ボレミアの判断を非難することはない。グランが倒れれば、一気に不利になることは分かりきっていた。バジリスクが大技を放ちにくくなっているのは、グランの魔法によるものであるし、弱体効果を一つ無効にする魔法を使える者は、この場にはグランしかいない。これがなければ、しのぐことも難しい。
 ランスロットは雷をかわしながら、双剣を持ち直す。
 ランスロットは、パーティーにおけるアタッカーだ。殴ることが大好きな――語弊があるが――グランが、攻撃よりも魔法を有利に使うジョブを選んだのは、ランスロットが同行を希望したから、ということも一因である。先陣をきって突っ込むのが、ランスロットの役目なのだ。中距離から炎や雷を放つアレクもまた、同じくアタッカーである。
 魔力がほどほどに溜まったことを自覚して、ランスロットは【ブレードインパルス】を放つ。氷の剣劇はバジリスクの右肩を直撃し、硬い鱗が一部砕けた。流石のバジリスクも痛みを感じたのだろう、一際大きく咆哮する。
 激しさを増す攻撃に、建物が悲鳴を上げる。戦闘が長引けば、自分達よりもまず建物が限界に達しそうであった。生き埋めは御免だと、ない隙を見つけて攻撃を仕掛ける。
 目が見えないことが嘘のように攻撃を躱すバジリスクが、一瞬光に包まれる。
 回復魔法であると、経験で分かった。
 ランスロットは思わず舌打ちをした。苛立ちを隠さないグランの声が、ホールに響く。

「ここで!回復とか!なんなんだ!」

 心なしか元気になったバジリスクの咆哮が応える。全員で渋い顔をする中、ノイシュが叫んだ。

「しかし、爪や目は治癒していない!回復としては小さいのでは!?」
「四分の一まで削ったのが、半分になってるんだよ多分!!傷は、ほら、戦闘前からだし!もとからなんじゃない?」

 グランは、体力や付与効果を読み取ることに関しては団内一といえる。その彼が言うのだ、バジリスクは大いに体力を回復したらしい。
 ああもう【クリアオール】、とグランが投げやりに言う。ランスロットは、少し体が軽くなったのを感じた。
 一つ、累積していた毒を解除したのだろう。すぐにまた付与されるのかと思うと複雑だった。上手く躱そうにも、接近するだけで付与されるとあっては躱しようがない。
 決して短時間ではない戦闘に、バジリスクの体力回復。気を抜けば次々と状態異常が付与されるという状況で、皆少なからず注意力がそがれていた。
 怪我ももちろんあるが、戦いに慣れている彼らは、怪我以上に、思うように戦えないという状況に苛立っていたのだ。
 だから、気付かなかなかったのも仕方ないといえたし、そもそも想定外すぎたのだ。
 まさか――頭上から、天窓の欠片と一緒にメノウが降ってくるなど、誰が予測できたというのか。
 色のついたガラスが陽光を反射する。要救出対象の大事な仲間は、いっそ幻想的な演出で宙に放り出されていた。
 大いに注意したい派手な登場をかますメノウは、傷だらけで身一つだ。紺のワンピースのみという随分身軽な格好で、重力に従って落下する。
 メノウの姿が確認できたと同時に、グランとノイシュ、ボレミアが叫んだ。

「「「――ランスロット!!」」

 ランスロットは既に、床を蹴り、壁を蹴っていた。全力で踏み切った壁は、一部がえぐれている。
 ランスロットは呼ばれるまでもなく、自分の役目だと判断していたのだ。今いる団員の中で、跳躍力があり、メノウを抱えられるだけの筋力があり、両手を自由にできるのは、ランスロットしかいない。
 ランスロットは双剣を背に収め、空中でメノウを保護した。メノウを抱えたまま、ルリアとビィ、護衛のカタリナのいる位置まで走る。
 グランらがバジリスクの注意を引いており、危なげなく走り抜けることが出来た。メノウの登場で疲労が吹き飛んだ団員は、普段は上げない声を上げ、いつにもまして魔力を練り上げ、ランスロットを援護した。
 ルリアとビィが、悲鳴のような声でメノウの名を呼ぶ。カタリナの表情も硬く、ぐっと唇をかんでいた。
 さすがエル―ン族と言いたくなる、大きく背中の空いたワンピースは、痣を一切隠さない。細い腕も足も傷だらけで、顔にまで及んでいた。
 メノウを抱えているランスロットは、傷だけではなく、体重の軽さにも顔をしかめる。あまりの衰弱に立たせるのも憚られ、床に座らせるよう優しく下ろす。上体を支えたまま、改めてメノウの傷を見た。全身の擦過傷や打撲、切傷、なにより手のひらの傷が酷く、血まみれだった。

「メノウ!うわあああん!」
「あいつら、なんてひでぇことを!くっそぅ!」
「っ……全身傷だらけじゃないか。はやく手当を……メノウ?」

 カタリナの呼びかけに、メノウはふにゃふにゃと笑う。

「ふへへ、久しぶり。ランスロット、受け止めてくれてありがとう。ありがたいんだけど、久々なのに刺激強すぎて笑えてくる」
「ふ、不謹慎……」

 律儀に突っ込みを入れたのは、メノウの言葉を正しく理解したカタリナである。軽口をたたく余裕はあるらしい、と緊張がほぐれる。
 ルリアとビィはメノウの怪我の衝撃が強く、動いて笑って話すメノウという存在そのものに喜ぶだけだった。
 ランスロットは思わず苦笑をもらしていた。精神を強く保てているのだな、と感心する。これだけ衰弱しているのだ、ひどい扱いを受けていたのに違いない。それでも屈することなく、仲間の元へとたどり着いてみせたのだ。相変わらずランスロットを直視しないメノウに、安堵するやら悲しいやら。
 ランスロットは、所持していたポーションの蓋を開け、メノウの口元にあてる。半ば無理やり突っ込めば、メノウは抗議することなく飲み込んだ。
 一本分を嚥下すると、完全にとはいかないが、メノウの怪我と顔色がわずかに良くなる。

「んぐ、びびった……」
「回復アイテムをほとんど調達できていないんだ。あと二、三本は飲んでもらいたいんだが」
「いえいえいえ大丈夫。手の出血が止まれば十分」

 ランスロットに預けられていた、メノウの体重が消える。ごく自然な動作で、メノウはルリアが持っていた弓に手を伸ばしていた。
 呆けていたルリアが、駄目ですよ!?、と弓を守るように距離を取る。
 メノウは空ぶった手に驚き、三人と一匹は呆れを隠さない。

「ルリア……私の弓……」
「メノウ、弓を預かっているのは俺だからな?返してもらいたければ俺を説得してみろ」
「あ、無理だ……」
「休んでいてくれるなら、ちゃんと返すが」
「……分かった。大人しくしてるよ。さすがに、自覚あるからね」
「是非そうしてくれ」

 メノウが近くにいるだけで弱体効果耐性の恩恵を受けられるのだ、それだけで十分すぎる。戦力が増えるのはありがたいが、満身創痍の仲間の参戦を良しとする者はいないのだ。
 ランスロットは、ルリアに預けていた弓をメノウに渡す。メノウは、重さを確かめるように受け取っていた。サフが形見かと疑ったほどなのだ、よほど大事なものなのだろう。ピアスを預かっていたビィが、メノウの頭に座って金具をつけた。
 ランスロットは腰を上げて、戦いへと意識を切り替える。グラン達の動きは明らかに軽くなり、反対にバジリスクは目に見えて弱っていた。また回復魔法を使われても厄介だ。ある程度削ったら、一気に片を付けなければならないだろう。
 メノウの敵を討つように、各々が技を叩き込む。炎や光や氷等魔術が入り乱れ、とても幻想的な光景だった、とは後のカタリナの談である。
 ランスロットは、蓄積した魔力が一定量に達したことを感じた。自分だけではなく、他の団員も、大技をこらえてその瞬間を待っている。膨大な魔力量を必要とする奥義は、複数人が連続で発動することで、それぞれの魔力が共鳴して爆発する。回復魔術を備えた魔物によく使う手だ。
 発動の合図は、グランの一声である。

「いくぞ野郎ども!」

 グランが豪奢な剣を振りかざし、時計回りに奥義を発動させていく。発動者以外は巻き添えにならないようバジリスクから距離を取り、暴れる巨体をかわす。
 ランスロットが双剣を握り直した時、追い風が吹いた。
 屋内なのでそんなはずはないのだが、確かに感じたのだ。背中を押す不思議な力は、ランスロットに体力の回復と魔力の増幅をもたらした。
 これならば全力で奥義をふるえる、とランスロットは無意識に笑みを浮かべる。
 氷の舞う視界の隅で、弓を抱くメノウを見た。




 傷だらけの体をさらに傷付けた獣は、実体化が解けはじめていた。星晶石に戻り、また長い眠りにつくのだろう。
 バジリスクは実体化せずとも人々の声を聞くことが出来、今実体化していることがイレギュラーなのである。
 メノウはバジリスクに駆け寄って、鼻先にすり寄った。魔力を発散し、落ち着いているのが分かる。己を追いつめた存在を恨むのではなく、暴走を止めたことに対する感謝の念が伝わった。

「遅くなってごめんね、私の友達。ゆっくりおやすみ」

 余分な魔力を失ったバジリスクは、ルリアが力を吸収する必要もなかった。グルグルと穏やかに喉を鳴らして、溶けるように消えた。
 国民に毒を振るい、仲間にも傷を負わせた獣だが、メノウにとっては大事な友達である。
 相手をしたグランたちも星晶獣に罪はないと分かっているので、手こずらせやがってと苦笑するだけだった。
 メノウは次に、運よく巻き添えにならなかったセドニーに歩み寄った。おかかえの魔導士による防御魔法に守られた彼は、腰を抜かし、ぽかんを口を開けている。
 良い眺めだ。

「何もかも失敗して社会的地位を失うセドニーさんに、没落した大貴族の当主からの、ありがたいお言葉です。一つ、ジェルマイア家系の毒耐性はバジリスクと接触する以前からのもの。二つ、バジリスクが嘘を嫌うのは星の民に裏切られたことがあるから。三つ、ジェルマイア当主にはバジリスクを操作するような力なんてない。……私を利用しても、バジリスクに言うことを聞かせるなんて出来ないんですよ、残念でしたね」

 メノウはとびっきりの笑顔を添えて言い放った。内心では、呆然とするセドニーに高笑いしていた。メノウとその仲間を舐めすぎたのが、セドニーの最大の敗因だろう。
 すると、静観していたルリアがメノウをセドニーから引き離した。「こっちです、こっちです」焦ったような印象を受け、メノウは首をかしげるが、何かに抵抗するような体力もないので大人しく引き下がる。セドニーがこれ以上、抵抗できるとも思っていない。
 がれきが崩れてこない安全な場所に追いやられ、ルリアにつられるようにして座り込む。苦笑するビィやキハール、ボレミア、カタリナも腰を据えていた。
 メノウはセドニーをうかがい――うかがおうとして。火花や光や氷が弾けていることに気付き、すいと視線を逸らした。
 おかしいなあ。奥義後の魔力共鳴はもう終わったはずだけどなあ。メノウは、ビィを膝に抱いて現実逃避する。

「……わたし、あいされてるなあ」

 気恥ずかしくなりながら、冗談ぽく口にする。
 仲間に何か危険が迫っている時は総員で助ける、それは見慣れた光景だったのだが、いざ自分の身に起こるとなんとも言えない。
 メノウは口元をむずむずと動かしながら、ビィの耳の付け根を撫でていた。




 フロック家での戦闘を締めくくったのは、他でもないメノウだった。
 フロック邸から離れてしばらくした時のこと。周囲には民家もなく、動物の気配がする森の中で、一同はすこし開けた丘に出た。カタリナにおぶわれていたメノウは、そこで下ろしてほしいと言った。
 殿をつとめていたランスロットは、休憩でもとるのかとその様子を見ていた。フロック邸からさほど離れてはいないが、メノウは怪我人で衰弱している。ずっとおぶさっているのも負担になるだろう。ここで休憩をとるのもいいか、と先頭を歩くグランに声をかけた。

「グラン!」
「おん?何――――」

 ランスロットの声に足を止めたグランが、何故か表情を凍らせる。グランにつられて振り返ったルリアとビィも「ヒィ」と言わんばかりに顔が引きつっていた。

「総員退避!」
「は!?」
「ランスロットも早く!」
「え、いや、何なんだ!」

 消えるように散った仲間とグランの形相に、訳が分からないながらもその場を移動する。グランとルリアとビィが消えた方向へ向かうが、メノウが一人取り残されていた。
 何が何だか分からないがまずいのでは、と行動を起こそうとするランスロットをグランが止める。

「しかしメノウが、」
「メノウから離れるんだよ。あ、ランスロットは初めてなのか」
「何が?」
「メノウの奥義。ほら、ノイシュなんてあんなに離れてる」
「遠っ!?そんなに、その、威力が大きいのか?」
「溜めが長い分、絶大だよ」
「見ててすがすがしいんですけどね……」
「おっかねーよなあ。怒らしちゃいけねえって思えるぜ」

 ランスロットよりも倍以上離れたところにいる光の騎士に困惑しながら、弓を構えたメノウを見つめる。
 止めたいところだが、溜まった魔力やらストレスやらを発散させたいということらしい。ここならば敵襲はないので、安心して奥義を発動できると言う訳だ。
 華奢なメノウには不相応な、大きな弓がしなる。メノウは軽々と弦を引くが、魔力を流さない状態ではランスロットでさえやすやすとは引けなかった。
 メノウが限界までそれを引き絞ると、漆黒の矢が現れる。黒い光がパチパチと音を立てて弾け、メノウを中心にして緩い風が吹く。空中に展開された魔法陣が一瞬で矢に凝縮され、いつもより遥かに大量の魔力が織り込まれる。
 強烈なプレッシャーに、思わず乾いた笑みが漏れた。確かに光属性の者には厳しいだろう。ノイシュが一目散に退避したのも納得できる。
 肌を刺す、というよりは、押さえつけられるような重圧だ。人懐っこい言動とは激しいギャップを感じさせる姿である。
 ランスロットは、メノウの口角が上がっていることに気が付いた。

          ざ ま あ み ろ
「侮ったか――――【驕れる者よ】!!」

 メノウ渾身の一矢は、戦闘の舞台であったフロック邸を射抜いた。その威力は推して知るべしである。

- 11 -

prev正直者の沈黙next
ALICE+