至高の騎士に誉れを


(もしメノウを助けたのがヴェインではなくジクフリだったら/しのつ様)


 鬱蒼と茂る森の中。陽の光が十分に届かず、数日前に降った雨の影響がまだ残る森では、土は湿っていて滑りやすい。疲労の蓄積した体では尚更、転倒のリスクは高くなる。
 従って、メノウが顔面から派手に転んでも仕方がない状態だった。
 ずべしゃあ、と倒れ込んだメノウは、うつ伏せのまま深くため息を着いた。ここまでにも数え切れないほど転び、物陰を這い、擦り傷まみれで泥まみれだ。今更身なりなど気にしていなかった。
 緩慢な動作で立ち上がり、払える限りの土を落とす。普段身につけている服よりも明らかに質の劣る服装だが、それがさらにみすぼらしい有様になっている。

「……派手にいきましたね、メノウ様」
「…………メノウ様言うな、シャル。誰かに聞かれてたらどうするの」
「ハイハイ、お嬢様」

 先導する血まみれの騎士が、メノウの姿を見て乾いた笑いをこぼす。だが声はかすれ、足元はおぼつかなく、木に手をつきながらなんとか歩いているという状態だった。
 メノウは後ろを振り返り、母親の姿を確認する。サフもまた、メノウと同様に汚れ、疲れ切っており、無駄口を叩く気力もなさそうだった。
 いわれのない罪をきせられ、対立貴族の私兵に攻められて数日。食料はとうに尽き、薬草もなくなり手当もできない。
 メノウの近衛騎士であるシャルの先導で、地図にものらない小さな村を目指しているが、体力、気力ともに限界だった。
 
「もう少しのはずです、頑張って」
「私のセリフだけど」
「……ま、ぶっちゃけキツイですね。この森にある湖を越えたらすぐなんで、いざとなったら、奥様とお嬢様の二人で行ってください」
「一番でかいんだから、最後まで立っててもらわないと困る」
「厳しいなー」

 サフとメノウを守り続けたシャルの傷は重い。メノウらを何度も庇い、剣を振るい続けた、優秀な騎士だ。シャルがいなければ、サフはとっくに命を落とし、メノウは囚われていただろう。
 満身創痍の三人は、ゆっくりと森を進む。
 日が傾いたところで、少し休みましょう、と言ったのはサフだった。

「休みたいのは、山々ですが……お嬢様、どうですか」

 ヒューマンのシャルは、エルーンであるメノウにそう問いかける。メノウは耳をピンと立てて、物音に集中した。追手に気をつけているとはいえ、常に遠距離にまで気を回す集中力もなかった。
 
「結構、距離は空いてると思う」
「この森は道も出来てないし、迂闊に突入できないんでしょう。じゃ、少し休憩しますか」

 三人共が、崩れるように座り込んだ。
 メノウは、ボロ布にくるんで背負っていた弓を抱きかかえた。飾り気がなく、無骨なデザインの大きな弓だ。可変式なのでメノウでも背負えるサイズだが、元々成人男性用で威力重視のそれ。魔力を通すことで軽量化しているが、それも厳しくなってきていた。
 病死した父親の形見である。

「……お嬢様」
「……なに」
「俺起きてるんで、ちょっとは寝てください。ほら、奥様もお休みになってるし」
「あとで交代ね」
「分かりました」

 シャルが頷いたのを確認して、メノウはその場で横になった。目を閉じると、忘れていた睡魔が一気に押し寄せてくる。このまま移動を続けていれば、歩きながら眠って転倒しただろうなとぼんやり思う。
 メノウは、ふかふかのベッドを恋しく思う間もなく、眠りに落ちた。




 瞼の裏で眩しさを感じる。
 朝、だろうか。しかしまだ体はだるく疲労が色濃く残っている。まだこのまま眠っていたい――否、そんな呑気に眠っている場合ではなかったはずだ。
 メノウは目を見開き、木々の間から差す白い光に顔をしかめた。
 いつの間にか夜が明けている。
 メノウは飛び起きて、周囲を確認した。幸い、追手の兵士の気配はない。大勢の鎧の音や足音も聞こえない。メノウのすぐそばでは、サフとシャルが目を閉じている。
 メノウはほっと一息ついた。番を買って出たシャルが、寝落ちてしまったのだろう。

「シャル、起きて。もう朝だよ。……シャル?」

 肩を揺らし、頬を叩く。シャルは目を開けない。
 メノウからサッと血の気が引いた。
 傷を負い、血を流し、ここまでこれただけでも奇跡なのだと気づいてしまった。戦えないメノウとサフを庇い続けた優秀な騎士は、既に限界を超えていたのだ。
 か細く呼吸をしているが、いつ途切れてもおかしくはなかった。

「かあ、さ、母様、お母様、起きて」
「……ん、朝?」
「シャルが起きない、ねえ、どうしよう」
「え……シャル?」

 怪我人の手当は、薬草士でもあるサフのほうが慣れている。メノウはサフと場所を代わった。薬が尽き、ろくな薬草もない状態では、無意味かもしれないが。
 サフが状態を確認している傍ら、根気よく呼びかけ続けると、シャルは薄らと目を開けた。

「っシャル!」
「……あー、すみません、寝落ちました」
「とりあえず、気がついてよかったわ。動けそうかしら」

 上体を起こそうとするシャルを支える。自力では座った体勢の維持も難しいようで、木にもたれられるよう座らせる。
 シャルは手を握ったり開いたりを繰り返し、そして周囲を見回した。

「歩くのも無理っぽいです……あと、目がほとんど見えません」
「!」
「ここから先は、お二人で向かってください」

 シャルはいびつな笑みを浮かべて、さらりという。普段から、軽薄な口調とは裏腹に無愛想な男なのだ。笑顔はとんでもなく下手くそだった。
 絶句する二人に、さあ、と出発を促す。
 
「明るい時間なら、あいつらも森に入ってくるかもしれません。このまま、ここでじっとするのは愚策です」
「……嫌」
「お嬢様」
「シャルは置いていけない」

 メノウは首を横に振る。シャルがメノウに顔を向けるが、その視線は合わない。

「普段聞き分けいいくせに、こんな時にワガママ言わないでくださいよ。あいつらの目的、お嬢様なんですし」
「だからって、置いていけるわけない。引きずってでも一緒に行く」
「お嬢様の細腕じゃあ無理です。……奥様、自分のご主人様を説得してくださいませんか」
「……さあ、行くわよ」
「ならお母様だけで行って。私は残る」
「メノウ」
「名前呼ばないで、どこで聞かれてるかわからないんだから」
「立ちなさい、行くわよ。私達で、彼を動かすことは出来ない。こんなところで心中も出来ない。分かるでしょう?」
「うっさいなあ……!」

 メノウはサフの手を振り払う。シャルの言うとおり、いつもは聞き分けのいいメノウの態度に、サフは面食らったようだった。
 メノウは、普段は大人しく、従順な子供だ。しかし、言われるがまま流されているというよりは、他人に対する期待が極端に低いためだった。
 手酷い裏切りを受けた星晶獣の言葉を、誰よりも近くで聞く立場にあったからか。無意識のうちに、一歩引いた所で考えるくせがついていた。
 その分、長い付き合いのある相手への執着は強い。
 シャルは、メノウが物心ついたときからそばにいた。無愛想で常に目が死んでいるような感情の読みにくい騎士だが、メノウに嘘をついたことはなく、いつも味方でいてくれた存在だ。

「絶対に置いていかない。なんなら誓ったっていい。こんなところにシャルを置いていけない」
「……お嬢様」
「シャルが一人で残って、助けが来るの?来ないでしょ?フロックの私兵に見つかるような場所に、置いていけるわけない」
「気持ちは嬉しいんですが、自分は従者で貴女が主人です。主人が従者の身を優先しては本末転倒です」
「はあ?シャルは私の騎士で、私のなんでしょ。自分のものをそばに置くことの何が悪いの」
「屁理屈です。……ここまでの自分の努力を無駄にしないために、行ってくれませんか。自分にはもう、お二人を守る力がありません。正直、こうやって喋ってるのもキツイんですよね」
「……嫌だ」
「お嬢様」
「嫌だ」
「困ったなあ……」
 
 シャルやサフに何を言われようとも、メノウには、シャルを置いて行くという選択はない。
 一緒にいても、どうにも出来ないことは分かりきっている。
 ただ、メノウは自分の命を投げ出すというつもりもない。己の騎士を瀕死の状態で放置するという考えが受け入れられないだけだ。
 完全に身動きができなくなった三人に、不意に声がかけられた。

「――おい、どうした?」

 メノウはシャルに強く腕を引かれ、背に庇われる。話すのも精一杯であるはずのシャルは、膝を付いたままでもしっかりと剣を構えていた。
 メノウは警戒を怠っていたことを悔やみながら、声の主を確認する。
 黒い鎧の男が一人、森の中に立っている。フロック家の私兵のものとは違う鎧。他の貴族のものでもないように見えた。身の丈ほどありそうな大剣を持ち、こちらをうかがっている。
 サフよりも優先してメノウを庇うシャルは、瀕死でも近衛騎士らしく、怪しい男に剣を向ける。
 男は敵意がないことを示すように、ひらりと手を振った。

「無力なご婦人とお嬢さんに、剣を振るう趣味はない。俺はただの通りすがりとでも思ってくれ」
「……こんな辺鄙なところに、こんなに朝早く?」
「これでも勘が良くてな。虫の知らせという奴だ」
「……自身の名に誓えるか」
「?ああ。俺は君らに剣を向けないと、俺の名に誓おう」

 名前に誓うことの意味を、把握していないように見える。他国から派遣された騎士だろうか。
 だが、意味がわかっていなくとも、この土地でそれを口にした時点で有効だ。
 シャルが剣を収め、脱力して木に体を預ける。メノウはシャルを気遣いながらも、じっと男を睨んでいた。

「名も知らぬ騎士よ。主は違えど、その身を忠義に捧げる者同士。貴殿の騎士道を信じて、どうか頼みがある」
「聞こう」
「この有様の自分に代わり、お二人の護衛を頼めないか。この先の湖まででいい」
「待って、それは私が了承できない。あなたは私の騎士なんだから、置いて行けないと言ってるでしょ!」
「……まあ、この通りなんで、このお嬢様を担いででも」
「はあ!?絶対嫌だ。私は残る」
「……もめているようだな」

 黒い鎧の騎士は、確かな足取りで近づき、メノウの目の前で膝を折った。
 無造作に伸びた茶髪の奥に、凪いだ目が見える。鎧姿と武器の印象とは違い、穏やかな表情だった。
 メノウは、今度は自身がシャルを庇うようにして、黒い騎士と向かい合う。

「俺が、君の騎士を担いで行こう。これならば構わないだろう?」
「!……本当に?」
「ああ。これでも腕には自信がある。彼を運びながら、君たちの身の安全も保証しよう。俺の名に誓えばいいか?」
「……その意味、分かってるの?」
「分からないが、約束を違えることはないのだから問題ないだろう」
「……」
「君の騎士には及ばないかもしれないが。今からいっとき、俺が君の騎士を務める栄誉を」
「……許してあげる」
「ありがとう」

 黒い騎士がかすかに笑ったのが分かった。やはり風貌とは打って変わって、気性の穏やかな人間らしい。
 メノウがシャルを示すと、騎士は背負っている大剣を調節して、軽々とシャルを担ぎ上げる。シャルが痛みにうめきながら「まさか自分が担がれる側になるとは」と呟いた。

「さあ、行こう。ああ、俺の名は、」
「待って」

 ナチュラルに名乗ろうとした騎士を慌てて制する。 
 貴族として名の知られているメノウらは、迂闊に名乗るわけにはいかない。だからといって偽名を口にすることも出来ない。
 こちらが名乗れないから、貴方も名乗らなくていい――それは今のメノウに出来る、黒い騎士への精一杯の誠意だった。

「サーと呼ばせてもらっても?」
「ああ、構わない」
「……ごめんなさいね、名も名乗れないなんて。それでも手を差し伸べてくれる騎士様に感謝を」
「気になされるな、ご婦人。ところで、目指す湖というのは?」

 黒い騎士の問いかけには、かすれた声でシャルが返す。

「ここから南西にまっすぐのはず。あと、俺はシャルです」
「え、なんで名乗ってるの!?」
「お嬢様にあなたって呼ばれるの、違和感が凄まじいので。それに、俺はただの一騎士ですから」
「ふふ、シャルはマイペースね」
「なるほど、シャル殿か。よろしく頼む」
「こちらこそ」

 呑気に言葉を交わす三人に、メノウは深くため息をつく。移動が可能になったとはいえ、油断できない状態であることに変わりはないのだ。 
 だが、黒い騎士の合流で、サフの目に希望が宿り、シャルの肩の荷が下り、メノウに立ち上がる力が湧いたのも事実だった。




 黒い騎士の助けがあるとはいえ、メノウとサフの足取りは重い。一歩一歩、地面を踏みしめるように、倒れないように歩くのが精一杯だ。
 もう少しで湖という所まで来ているはずだが、もう少しがとんでもなく遠い。
 
「あれは……!」

 それに気づいたのは黒い騎士だった。
 空を見上げる彼に釣られて、メノウも顔を上げる。憎たらしいほどの快晴に頭がくらりとするが、不自然に旋回する炎の鳥を認める。
 使い魔だ。十中八九、いや、十割、フロック家魔導師のものだろう。

「見つかってしまったようだな……」
「音は聞こえないから、まだ遠いはず……」

 メノウは飛び去る使い魔を見送って、唇を戦かせた。
 追われていることを、忘れたわけではない。森に逃げ込むまでは、何度も追い詰められ、何度も切り抜けてきたのだ。
 争いのない、武力の持たないこの国で、密かに私兵を増やしていたフロック家。
 それに果敢に立ち向かった、数少ない私兵と近衛騎士。
 メノウの脳裏に、病死した父親の顔がよぎった。それを皮切りに、様々な映像が浮かんでは消える。荒らされた屋敷や祭壇、逃げる使用人、メノウを逃した私兵、この国にはもったいないとさんざ言われた優秀な騎士の負傷。
 そして、理想の国造りについて語った、気高く尊い王の卵。彼は、冷めた目をするメノウに対して、己の意思を口にしろと呆れていた。
 黙り込んだままでは、誰にも、何も、伝わらない、と。
 ……ああ、そうだ、何も言わずに逃げるままでは――――。
 思考に没頭するメノウをよそに、三人が言葉をかわす。

「このペースでは、追いつかれるかもしれない。迎え撃つのもあり、か」
「まさか、お一人で?」
「一個大隊ならばなんとか……いや、ご婦人方を守りながらとなると、中隊程度の規模がありがたいのだが」
「それでも、とんでもないな……」
「そのくらいしか取り柄がなくてな。……ん?どうかしたか、お嬢さん」

 メノウは、背負っていた弓を下ろし、ボロ布から出して組み上げた。
 メノウは弓の名手だった父親に習っていたが、戦ったことなどない。威力の高い弓だが、父親の形見であり、武器にはなり得なかった――この時までは。

「……サー」
「なんだ?」
「シャルがサーに頼んだのは、私たちの護衛でしょう。追手のことは、いいよ。相手は大貴族だし、サーに迷惑がかかる」
「……どうするつもりだ」
「追いつかれるかもしれないなら、追いかける気を削げばいい。私これでも、弓の腕はあるんだよ」
「おじょうさま、あなたは戦うべきひとじゃない」
「確かに、私は弓を習っただけで、魔法の修行をしたことはない。それを、今回すごく後悔してる。素質があるとわかった時点で、身を守る術くらい持つべきだったと」

 黒い光が弾け、メノウの足元で小石が跳ねる。サフやシャルから、無茶だ、と止める声がかけられるが、メノウは聞く耳を持たなかった。
 言葉が届かないのなら、行動で示せばいい。
 感情をぶつけるものがないのなら、全て魔力に替えてしまえばいい。
 矢がないのなら、魔力を射ればいい。

「私は、フロック家を絶対に許さない」

 使い魔が飛び去った方角を見据える。
 魔力を利用して、重い弦を引き絞る。暴れだす黒い風を、矢の形にイメージする。渦を巻きながら収束する黒は、矢と呼ぶには太く刺々しい。メノウ自身をも弾くように、バチバチと音を立てていた。
 土を巻き上げ、木々を揺らす魔力の動きに、メノウは、衰弱しきった体で必死に踏ん張った。

「ただの、小娘と、侮ったな……――――ざまあ、みろッ!!」

 歪な矢が、弾丸のような勢いで放たれる。森をえぐって進むほどの勢いに、放った本人がすっ転んだ。
 メノウは弓を庇いながらひっくり返り、呆ける三人を見て、腹を抱えて笑った。シャルは見えていなかっただろうが、何が起こったのかは感じているらしい。珍しい彼の表情に、メノウの目尻に涙が浮かぶ。

「は、あははっあはははははっ!」
「なんと……恐ろしいお嬢さんだな」

 遠くから鈍い爆音が聞こえ、地面が揺れていた。





「湖だ……!」

 なんとか湖にたどり着いたときには、すっかり日が沈んでいた。
 月を映す大きな湖のほとりに、木製の船が一隻繋がれている。木製の船は古いものの、魔力を動力にするシステムを搭載していた。随分旧型だが、まだ現役のようだった。
 シャルの言葉が正しければ、この湖を越えた先に村があるはずだ。
 そのシャルは、少し前から呼吸を止めていた。湖を目前にして安堵したのだろう。
 黒い騎士が、シャルを船に寝かせる。ついで、サフが空いている場所に乗り込んだ。
 メノウは、もやい綱をほどく黒い騎士に、深く礼をした。

「ありがとう、サー。ここなら、あいつらもシャルを見つけられない。本当にありがとう」
「礼には及ばんよ……彼を助けられなかったのは、事実だからな」
「サーは出来ることをしてくれた。シャルのことは、街に出る訳に行かなかった私達の立場のせいだよ」
「自分を責めるな、お嬢さん」
「ううん、これは、私が背負うべきことだから」

 メノウも船に乗り込んで座ると、黒い騎士が船体を蹴り、船を岸から放す。
 メノウは残り少ない魔力を船に回しながら、夜に溶けてしまいそうな出で立ちの騎士に、不格好なカーテシーを送った。座っているので足の仕草はなく、両手で優雅につまむスカートの裾は汚れている。
 メノウが今まで行った挨拶で、最もみずぼらしい出来栄えだ。
 そこに、精一杯の敬意と感謝をこめて。

「名も知らぬ黒衣の騎士様。貴方様の進む忠義の道に、名誉と栄光があらんことを」
「……俺からも祈ろう。君たちの幸福と、彼の冥福を」
「……ありがとう」




 船は緩やかに進んでいく。
 湖の真ん中まで来ると、メノウは一旦魔力を流すのを止めた。

「お母様」
「ええ」

 メノウは、シャルのピアスを片方、形見として受け取る。男性がつけるには可愛らしい花飾りは、シャルの故郷でよく咲いている花だと聞いたことがあった。
 メノウはサフと協力して、シャルを船から落とす。彼の剣と鎧が重しになり、シャルの体はぐんぐん夜の湖に沈んでいった。
 ありがとう、お疲れ様。
 そんな言葉を何度も繰り返しながら、メノウはサフと身を寄せ合って涙を流した。





「あ、団長!昨日はどちらに!?何か事件でも」
「いや、なんでもないさ」
「それはそれで大問題なんですけど……!誰かに、ちゃんと言伝してください!」
「む、出かけるとは言ったはずだが」
「目的と場所が欠けています。森の方で原因不明の爆発があったので、てっきり巻き込まれたのかと……」
「爆発?」
「はい。黒竜騎士団からも応援を派遣していますが、幸い、市民に怪我人はないようです。どこかの私兵が多数負傷していますが、それについては応援不要と断られてしまいまして……」
「ほう。不要というのならば、構わないだろう。そんなことより」
「そ、そんなこと……」
「腹が減った。お前も食べてないんだろう?食事にしよう、ランスロット」
「……ジークフリートさんが消息不明でなければ、食べ損ねなかったのですが」
「はは、それは悪いことをした」





(ヴェインでも展開は変わりません。あとで怒られること以外は。)
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