CrossFate 炎帝


 久々にルリアから届いた手紙には、フェードラッヘをおとずれる旨が書かれていた。最近迎えた仲間がフェードラッヘを気にしているということで、様子を見に訪れるらしい。フェードラッヘとメノウのいる島は近いので、まずメノウを拾ってからフェードラッヘへ向かうそうだ。
 メノウは緩む口元を手紙で隠した。こちらが落ち着いていることは既に伝えてあり、グランサイファーを待っている状態だった。故郷を出る寂しさよりも、仲間と合流できる楽しみが遥かに勝る。
 "フェードラッヘを気にしている"という言葉には引っかかるが、見当はついていた。
 以前、アンナが気を利かせてランスロットの諸国遊学終了を知らせる手紙を送ってきていたが、そこにフェードラッヘでの騒動――星晶獣シルフとファフニール、そして前王の死をめぐる事件の顛末が記されていたのだ。手紙を出す直前にフェードラッヘのことを追加してくれたらしく、便箋の種類が変わっていた。
 最近加入したというフェードラッヘに縁のある仲間も、その事件を耳にして居てもたっても居られなくなったに違いない。誰かは知らないが。メノウもアンナからの手紙をもらった時には、やっと実体化するまで回復したバジリスクをもふって平常心を保っていた。
 仲間の名前が伏せてあるのは、「新しい仲間はスペシャルゲスト」というグランの方針だろう。その仲間に限ったことではない。随分人数が増えたことは知っているが、名前は一人も分からない。
 
「また、空の旅が出来る……!」

 家のことやバジリスクのことで忙しくしていたが、メノウは鍛練を怠らなかった。戦い続ける仲間たちに置いていかれないよう、弓も魔法も磨いてきた。不安はない。フェードラッヘに向かうということで、国に戻ったランスロットにも会えるかもしれない。楽しみなことしかない。
 メノウは手紙を片手に、バジリスクの祭壇へ走った。



 仲間たちとの再会に騒いだ後、グランから紹介されたのは二人の女ドラフと一人の男エル―ンだった。

「ナルメアと、ダヌアと、シャオだ」
「……まさかグラン……この三人は」
「皆闇属性魔法が得意!」
「歓喜!」

 ただ闇属性なだけではない、ドラフがいるということが大きい。ドラフは力の強いものが多いのだ。メノウが期待を込めた目でグランをうかがうと、グランはどや顔でナルメアを示した。

「ナルメアは、火力が、すごい」
「団長ちゃん、ありがとう!お姉さん嬉しい!」
「ナルメアさん!どうぞよろしくお願いします、メノウです」
「団長ちゃんから聞いてるわ。ゼヘクくんと二人で大変だったそうね。これからは一緒に頑張りましょう」
「うん、頼もしい!よろしく!」

 ダヌアとシャオとも挨拶をかわす。個性の強さは気にしない。この騎空団においては今更である。戦闘スタイルのすり合わせはやってみなくては分からないが、付き合いは上手くやっていけそうだ。
 属性の顔合わせが終わると解散となった。メノウは、まだ会っていない新入りや以前からの仲間を探そうと甲板へ向かうつもりだったが、グランに腕を引かれる。

「会わせたい人がいるんだ!こっち!」

 ぐいぐい引かれた先にあったのは操舵室。操舵士はラカムで変わりないはずなので、会わせたい人とやらは見張りで操舵室にいるのだろう。
 メノウが来たぞー!とどたどた操舵室に駆けこむグランに、笑いながら続く。お互いにテンションが高いのは疑いようもない。
 グランが自慢げに紹介したのは、メノウも見覚えのあるエル―ンだった。
 褐色肌に白髪の無愛想な男エル―ン。グランとメノウで構い倒した覚えのある、無口なエル―ンだった。グランは確かにロックオンしていたが、まさか本当に仲間にしていたとは。
 どことなく雰囲気が丸くなったユーステスも、メノウを覚えていたらしい。あの時の、と呟いて微かに笑った。
 ユーステスがいることや、予想外に好意的なことも十分衝撃的だが、その上を行く衝撃がメノウを襲っていた。
 メノウが操舵室に駆けこんだ体勢のまま動けないのは、ユーステスのせいではなかった。ユーステスの隣で空図を眺めていたらしい男こそ、メノウを硬直させた原因だ。
 "メノウが気付いた"ことに気付いた男は、尊大に腕を組んで口角を上げている。

「元気そうで何よりだ、メノウ殿」

 赤髪の男が一歩踏み出す。メノウはとっさにユーステスを引き寄せ、その長身を盾にした。ユーステスは面倒そうな雰囲気を隠さないが、メノウのなすがままで振り払うこともしない。

「……お、お久しぶりですねパーシヴァル様……」
「え、何、二人って知りあいなの!?」
「他国だけど、貴族同士ちょっと付き合いがあって……まあ、大貴族とはいえ王族とは血縁関係のないウチと、王を輩出するウェールズ家とでは、格が違うけどね」
「俺はこの艇に乗ってから、貴殿が生きていることを知ってな、驚いたものだ。没落時に死んだものと聞いていたからな」
「そりゃあ連絡とれませんし」
「……それはそうなのだが」
「そうでしょう。けど、フロック家が倒れた後に書状送ってるんですよ。ちゃんとアグロヴァル様からお返事いただきましたもん。パーシヴァル様はいらっしゃらなかったから聞いてないんでしょう――怒らないでくださいよ!火花散ってる!」

 パーシヴァルが心配してくれていると分かっていても、整った顔で炎を背負って凄まれるのは心臓に悪い。
 たまたま水属性の短剣を装備していたグランがパーシヴァルをなだめる。パーシヴァルは、これみよがしにため息をついていた。
 メノウは怯えつつユーステスのかげから出た。仕方がなかったとはいえ、生存を伏せていたうしろめたさはあるのだ。パーシヴァルがメノウの記憶よりはるかに成長していることも、呑気になれない一因だろう。
 パーシヴァルの細い眉が不満そうに寄っている。メノウは冷や汗をながしつつパーシヴァルの言葉を待った。

「……再会は再会だ。茶でも入れてやる」
「ありがたき幸せ」
 

 

 場所を食堂に移し、道中増えたお茶会メンバーと共にテーブルを囲む。
 グラン、パーシヴァル、メノウに加え――ユーステスは操舵室に残った――ルリア、アンナ、ロザミア、アルベール、アイル、エルモートだ。エルモートは厨房にいたところ、スコーンを焼いて輪に加わった。
 メノウは、初対面のアルベールとアイルに、パーシヴァルのお茶を待ちがてら自己紹介を済ませた。
 人数の多い故にメーカーが不揃いになっているティーカップが全員に行き渡り、一息ついた後。グランがしみじみと呟いた。

「まさか、二人が知り合いだったなんてな」

 メノウはアンナとロザミアの間で紅茶の香りを楽しんでいたが、話を振られることは想定内なので驚くことはない。対面に座るパーシヴァルも同様だ。
 
「ここで再会することになるとは思わなかったけどね」
「すぐに分かった?」
「そりゃもちろん。パーシヴァル様みたいな方、そう何人もいないし」
「……様付けはいらん。騎空団(ここ)はそういう場所だろう、メノウ」

 パーシヴァルが口を挟んだ。尊大でつっけんどんなパーシヴァルの言動は、場合によっては相手を委縮させるものだが、メノウには通用しなかった。
 メノウは、記憶よりもずっと背が伸びて男性らしくなったパーシヴァルをまじまじと見やる。不躾な視線に、パーシヴァルの細い眉が跳ねた。
 
「ちょっと無愛想にはなったけど、あんまり変わってないよね。お茶淹れるのが上手なとこも」
「メノウは…………丸くなったな」

 パーシヴァルの一言に、アンナとロザミアが過剰に反応する。アンナが震える手でメノウの肩を掴み、ロザミアは熱々のスコーンを二つメノウに差し出した。

「これ以上痩せていたなんて信じられないよ……」
「ちゃんと食べなさい、もっと食べるのよ」
「アンナ痛い痛い。ロザミアも待って。パーシヴァルが言ってるのは物理的な丸みじゃないから」
「つんけんしてたの?」
「え……子供らしくなかっただけだよ。ねえ、パーシヴァル様?」
「そうだな、メノウ殿」
 
 スコーンを割り、そのまま食べる。バターとわずかな塩が絶妙で、ひいき目なく美味しい。先ほどから一言も発さずスコーンに夢中なルリアを見れば明白だ。グランサイファーの料理人は皆腕がいいのである。
 そこで不思議そうな顔をしたのはアルベールだった。操舵室にいなかった彼は、パーシヴァルとメノウは面識があるとしか聞いていない。加えて入団してから日が浅く、艇にいなかったメノウのことに関してほとんど情報がないのだった。
 
「パーシヴァルとメノウは知り合いということだったが、かなり仲が良さそうに見えるな。同郷……ではないか」
「俺も思った。パーシヴァルはどっかの貴族?とかでお偉いさんなんだろ」

 アルベールと同じく、メノウとは初対面であるアイルが頷く。クールで皮肉屋な彼も、グランにずいぶんと絆されたくちである。 

「国は違うけど、私は元貴族なんだよね。それで、まあ、パーシヴァルと顔を合わせることもあったんだよ。外交に関してはジェルマイア(ウチ)じゃなくてフロック家が実権握ってたけど」
「そうだな。国同士の関わりと言うよりは、我がウェールズ家の一部とフロック家が親しかったということだ」
「二人ともが貴族か……なあ団長、この騎空団はどうなっているんだ。豪華すぎないか」
「アルベールも騎士団長だしなあ。レ・フィーエとかヘルエスとかも王族だけど……でもたまたまじゃない?俺、初対面の人の肩書見抜けるスキルないもん」
「あと私は"元"ね、没落してるし」
「"元"だけど、傍系とかじゃなくて三大貴族の一つのご令嬢でしょ」
「……」

 メノウはスコーンで物理的に口をふさぎながら、空のティーカップをパーシヴァルに差し出して二杯目を要求する。
 メノウは長い間、小さな村で静かに生活していたのだ。騎空士として駆けまわったり戦闘経験も多い。艇を降りてからはネリウス家の援助もありそれなりの生活をしていたが、今更令嬢扱いされるのは居心地が悪かった。
 パーシヴァルが、ため息をつきながらも紅茶を準備してくれる。メノウは礼を言いながら仰々しく受け取り、スコーンで乾いた口内を潤した。やはりスコーンも紅茶も美味しい。
 メノウが気を取り直して、不在の間の出来事を問いかけようとした時、ロザミアが爆弾を落とした。

「大変だったとは思うけれど、貴族という肩書がとれたのは良かったんじゃない?」
「うん?」
「自由に恋愛できるもの」
「んッ!?」
「貴族なら、それなりの家柄の相手と政略結婚っていうのがメジャーでしょ」

 ロザミアはにやりと笑っている。彼女は"そういう意味"で言っているのだ。

「あれ、でもメノウは婚約者さんいましたよね?」

 純粋無垢な疑問を投げかけてきたのはルリアだ。メノウは動揺を押し流して、ああ、と頷く。自身がフロック家に拘束されている間の出来事は一通り聞いており、例の青年と接触したことも知っている。
 
「あれはあくまで村での話ね。貴族うんぬんは関係ないよ」
「あ、そっか、そうですね。それをけって一緒に来てくれたんですよね!」
「そう、そうね……あんまり掘り返さないでほしいけどね……」
「団長として気になるんだけど、ぶっちゃけさ、あの縁談けったことって後悔ないの?」

 なんでこんな話になってしまうのだ。
 メノウは素知らぬ顔のロザミアを一瞥して、真面目な顔のグランに向き直った。

「彼には悪いとは思うけど、後悔はないよ。元々、母親が、うじうじしてた私を見かねて持ってきた話だったし」
「ああ、村を出るかとどまるかって?」
「そう。極端でしょ?いくら嫁いでるはずの年齢だからって、改めて縁談なんて組まなくていいのに」
「…………嫁いでるはず?あ、そういえばサフさんが、貴族の許嫁がどうのって」
「アッ」

 メノウは口を押さえたがもう遅かった。
 恋バナに目がない女性陣からの視線が刺さる。アンナとロザミアの間に座った数十分前の自分を恨みつつ、目を輝かせるルリアも見ないように視線を泳がせる。
 話をそらそうにも都合のいい話題が思いつかない。
 アルベールやアイルは我関せずと様子を見守る体勢に入っているし、パーシヴァルは涼しい顔でスコーンをつまんでいるし、グランは興味津々だ。
 メノウはエルモートに視線で助けを求めた。

「あー……そういえば、メノウはフェードラッヘのこと知ってんのか?シルフ様のこととか」
「知ってる、知ってる。アンナが手紙で教えてくれてたの。おおよそは把握してるよ。今回行くのは、別に問題があったからではないんだよね……?」
「まーな。前がおおごとだったから、様子見しとこうってことだろ。そこの御仁のご希望でな」

 エルモートが顎をしゃくってパーシヴァルを示す。どうやらアンナの手紙にあった『最近迎えた仲間がフェードラッヘを気にしている』というのは、パーシヴァルのことらしい。

「そっちも不思議な縁だよなあ」

 次の行き先のことになり、グランの興味がメノウから逸れたようだ。グランは頬杖をついて、横目でパーシヴァルを見やる。

「パーシヴァルが白竜……じゃなかった、黒竜騎士団でランスロットと副団長やってたなんてさ」

 メノウに、静かに激震が走る。
 パーシヴァルの生家であるウェールズ家では、家督を継ぐ予定のある者が隣国・フェードラッヘの騎士団に入団するというしきたりがある。
 メノウは遠い昔に、確かにそれを聞いていた。パーシヴァルと顔を合わせる回数が格段に減ったきっかけが、まさに騎士団の入団ではなかったか。
 メノウの両隣から動揺している気配はないので、彼女らは既に聞いていたのだろう。真っ先に教えていてほしかった。そうロザミアとアンナに視線で訴えるも"彼と旧知なんて知らなかった"と無言で抗議されて終わる。その通りである。彼女らに非はない。むしろ、ランスロットの元同僚が仲間になったことを、メノウが喜ぶと思ったのかもしれない。

「ま、俺はさっさと抜けたがな」
「またそういう言い方をする。メノウ、翻訳してみて」
「翻訳!?えー……退団はしたけど、自分が身を置いていたことには違いないし、思い入れもあるし、何かあったら手を貸すのもやぶさかではないって所では?」
「さすが幼馴染!」
「ありがとうグラン。パーシヴァル睨まないでよ」

 メノウは上手く話題が逸れてくれたことに安堵しつつ、ティーカップに隠れて遠い目をしていた。
 メノウがパーシヴァルに対してなんとなく後ろめたいのは、生存を伏せていたことだけではない。
 パーシヴァルこそが、メノウの元婚約者なのだった。
 


 夕食後、メノウはパーシヴァルに声をかけられ、彼の部屋に呼ばれた。メノウもゆっくり話したいとは思っていたので、ほいほいとパーシヴァルについて行く。
 他の団員と同じく、決して広い部屋ではない。内装も同じだ。だが、豪奢な鎧や、自前のティーセットや、小難しい分厚い本などを置いていると、パーシヴァルらしい部屋に見える。
 見回していると、落ち着きがないとため息をつかれたので、大人しく椅子に座った。
 パーシヴァルは鎧や籠手を全て外しており、黒い部屋着でくつろいでいる。

「それにしても、パーシヴァルはどうして騎空団に?」
「あの団長は、俺の家臣に相応しいのでな」
「グランだもんなあ。パーシヴァルが欲しがるのも分かるかも」
「……メノウは、相応しくないがな」

 しれっと言われた言葉に、メノウはいたく傷ついた。幼い頃からそれなりに仲も良く、邪険にされているとは思っていないので余計に鋭く刺さった。
 メノウには昔からの友人などパーシヴァルくらいしかいない。長年連絡を取っていなくとも、その関係は揺らいでいないと思ったのだが、独りよがりだったのだろうか。
 自分でも予想を上回るダメージに言葉を失っていると、パーシヴァルが呆れた顔でため息をついた。
 
「どうするつもりなのか、一応確認しておきたかっただけだ、他意はない」
「何をですか」
「家同士……正確には、貴殿の所にはフロック家がもっていったウェールズ家との縁談だ。ジェルマイア家が没落した時に破談扱いになったが、貴殿が生きているのならば話は別だ。幸い、俺は今国を離れて遊学している身とあって、新たな縁談話が届くこともない。……貴殿が望むのならば、家臣ではなく、俺の妻となる道もあるということだ」
「ほぇ、予想外の切り口」
「間抜け面だな」

 元婚約者である話を突然ぶちこまれるのは心臓に悪いが、パーシヴァルが好意的に考えてくれていたことは素直に嬉しい。
 メノウは頬をかいて、こころもち姿勢を正した。

「その……正直、そう考えてもらえるのはとても嬉しい。パーシヴァル様は私にとって、数少ない親しい人だから。でも、私はジェルマイアの再興を望んでいないし、没落貴族との婚姻はパーシヴァル様にとって誇れるものではない、と思う」
「……兄上は何か言っていたか?」
「いや、アグロヴァル様は相変わらず優しいよ。妹みたいに思ってくれてるし。ラモラック様は分からないけど……だからその、それに、あの……」
「はっきりしろ。恋人でも出来たのならそう言え」
「恋人ではない、んだけど」

 完全なるビジネスライクな関係で、嫌々の政略結婚ならば、これほど気まずく思わなくてもいいのだろう。
 メノウにとってパーシヴァルは、ずっと自分の婚約者であり、そうなって当然と思っていた。話も合ったし、尊敬できるところも多く、ウェールズに嫁ぐことに抵抗がなかったのだ。
 逆もまたしかり。パーシヴァルもメノウを娶ることに、不満はなかったのだろう。そうでなければ、再婚約の話を持ち出したりしない。

「ほう、慕う男がいると」
「…………うっす」

 メノウは視線を明後日に向けながら肯定した。
 なぜ、己の元婚約者と、今思慕する相手が知り合いなのか。単なる元同僚などではなく、二人で黒竜騎士団の副団長を務めたというではないか。良きライバルというものだろう。
 おまけに、現在、グランサイファーの針路はフェードラッヘだ。ランスロットにも会うだろう。
 気まずい以外にない。

「人の色恋沙汰に口を出す趣味はないのだがな……元とはいえ、俺の婚約者だ。ろくでなしの所には嫁がせん」
「パーシヴァルお父様……」
「せめてお兄様にしろ。メノウの結婚となれば、あの近衛も気が気ではないだろうしな」
「パーシヴァル、シャルのことも気に入ってましたもんね。けど、ろくでなしじゃないのでご安心くださいませ」
「どこの馬の骨だ。団員か?」
「一応、団員……かな」
「グランか」
「グランは弟って感じかな」
「ん……さっきからの歯切れの悪さといい、まさかと思うが」
「……」
「俺と同い年で、俺と対極の魔力属性で、俺の元同僚であり、双剣を使う騎士ではあるまいな」
「察し良すぎませんかねー」

 深いため息とともに机に突っ伏すと、短い笑い声が振って来た。
 茶化すのではなく、面白がるのでもなく。どことなく苦い色をしたそれに、メノウは耳をぱたぱたと動かす。ちらりと見上げれば、いつの間にか機嫌を急降下させたパーシヴァルと目が合った。

「よりによってランスロットとは……つくづく……はあ。愚直で不器用な男だが、ろくでなしではないか」
「ドーモ」
「しかし、あいつの一番は騎士団でありフェードラッヘだぞ。国を離れることはないだろう」
「分かってるよ、私が騎空士を辞めない限り、一緒にいることは出来ない。でも、私は誰が相手でも、空の旅を放り出すことは出来ないと思う」
「……あいつはヒューマンだが?」
「それパーシヴァル様が言います?それに、うちの国ではヒューマンとの掛け合わせは珍しくもなんともないの知ってるでしょう」
「ランスロットな……あいつの部屋きったないぞ」
「らしいですね。というか、そんなに反対?仲悪いの?」
「悪くなりそうだ」
「なんで?あいたっ」

 体を起こそうとしたところで、大きな手が頭に乗せられる。撫でるというよりもテーブルに押し付ける力に、腕を掴んで抗議するが、力の差は歴然だ。
 残念ながらメノウは水属性魔法をてんで使えないので、なすすべもなくテーブルと一体化する。

「俺は、破談となってから、中々次の縁談に気が進まなかった。声は多くかかったがな」
「パーシヴァル様カッコイイですもんね」
「そのうち、相応の家柄の娘をもらうだろう。だが俺は、メノウの生存が明らかになれば、側室にでも迎える気でいたんだ。……遺体が出ないのならば生きていると信じていたし、あの優しい当主が裏で謀反を企てるとも思えなかったからな」
「……」
「俺が独身ならば、当然、正妻に引っ張ってくるつもりだった。振られてしまったが」
「スミマセン」
「それでも……グランのような男が相手と言うのならば祝福もしたがな?よりによって好敵手(ランスロット)の名があがるのならば、そう易々とは譲れんな」
「……えっ?」

 流していい言葉ではなかった気がする。
 メノウはパーシヴァルの言葉を脳内で反芻し、意味を理解するにつれて目を見開いた。テーブルの天板しか見えないが、今ばかりは顔を伏せていて良かったかもしれない。
 メノウをテーブルに押し付けていた手は、せわしなく動く耳を軽く撫でてから離れた。
 
「メノウが俺との婚姻に好意的だったことは知っている。おまけに、ランスロットは今艇に乗っていない。元の鞘に収まるのも、一つの選択肢だと思うが?」
「結局、最初の話に戻ってますよね……」
「ランスロットにメノウはもったいない、それだけだ」

 メノウは顔を上げられないまま、脱力するしかなかった。

- 14 -

prev正直者の沈黙next
ALICE+