scene3 防御力DOWN


 騎空艇は常に空にある訳ではない。次の目的地が決まらなければ岬に降りている。無暗に飛ばしておくには、費用が掛かりすぎるのだ。
 常に飛んでいる訳ではないが、夜通しの飛行もざらである。魔物との遭遇も時折あるので、夜には見張りとして夜警が立つ。
 操舵は自動にしているため、基本的にはラカムが徹夜することもない。風の乱れはペトラが予測するので、上手くそれを避けるようにしているのだ。
 夜警は騎空艇の操舵室に二人配置される。見張りと仮眠を交代でとるのが普通だが、当人の自由である。
 当番にあたったエルタは、操舵室に五線譜を持ち込んでいた。途中からは音符が書かれていない譜面で、エルタは仮眠をとらずに、夜の間に夜警と作曲をするのだ。
 同じく当番のランスロットは、仮眠、夜警、作曲の見学をして夜を過ごしていた。退屈といえば退屈だが、護衛や警備は慣れている。屋内は快適だなと思ったくらいだった。
 朝日が顔を出す時間になると、目が冴えてしまい仮眠が出来なくなってくる。
 エルタも作曲を終えたようで、二人でコーヒーを飲んでいた。

「中々良いものだな、操舵室から見る空というのは」
「僕も好きです。不思議ですよね、僕たち今空にいるんですよ?」

 騎空団は多くあるが、こうも自由にあちこち移動できる騎空団は少ない。未知のものを恐れない強さはもちろんだが、長距離飛行に耐えられる騎空艇や、魔物に出会っても立ち向かえる実力は、簡単に手に入らない。
 ついでに言うなら、こうもホイホイ仲間を迎え入れる騎空団も珍しいのではないだろうか。これだけ実力のある騎空団なのだ、入団試験があってもおかしくはない。

「あ、でもランスロットさんはあんまり夜警に入らないかも」
「そうなのか?」
「主には、遠距離から攻撃出来る人が入るんですよ。魔導士と弓を使う人が主ですね」
「ああ、なるほど」
「銃を使う人とか、僕みたいに楽器を使う人はその次です。最低一人は遠距離攻撃可能な人にするようです」
「銃や楽器は音が出るから、魔導士や弓使いが優先という訳か」
「はい」

 ランスロットは少し残念な気もしたが、操舵室に入ってはいけない決まりもないので、夜目が冴えたら覗いてみるのも良い。甲板を歩いて夜風にあたるのも捨て難いが。
 エルタは時計を見ながら、朝ご飯の準備が始まりますね、と呟く。夜警の終わりは近い。
 夜警の終わりは、整備士兼操舵士であるラカムか、グランが来た時だ。
 昼間は昼間で、別に見張りが最低一人たつことになっている。夜警が二人に対して一人なのは、何かあってもアナウンスで対応できるからだ。

「……ちょっと聞かせて欲しいんだが」
「はい?」
「メノウはどういう人だろうか」
「メノウさん?あのメノウさんですよね」
「どのメノウさんかは分からないが、この騎空団にはメノウが一人だけだから合っていると思う」
「ですよね。え、そうだなあ……優しいとか仲間思いとかは、皆さんに言えることですし」

 エルタは斜め上を見上げて記憶を辿る。
 エルタが入団した時には既にメノウはおり、ゼヘクとともに貴重な闇属性魔法要員だった。エルタはメノウよりも早くにいたらしいキハールと面識があったため、騎空団のことについてはキハールから教わったことも多く、入団当初の記憶にはキハールの姿が多かった。
 芋づる式に故郷であった星昌獣の騒ぎも思い起こされたが、今は関係ないと脇に置いておく。
 エルタは気を取り直して考え直す。最近のメノウに関する出来事と言えば、あの無愛想なエルーンに話しかけていたことだろうか。
 彼も結局は優しい人だったのだが、初めは遠巻きに見ている団員もいたのだ。メノウが初めから、いつもの通り、新しい仲間が来た時と同じ態度で接していたのには、少々驚かされたのである。
 エルタは引っ掛かりを感じて、思わず目の前のランスロットを見つめた。なぜわざわざ仲間のことを聞いてきたのかと思ったが、その理由が漠然と掴めた。

「……ランスロットさんの言いたいこと、分かった気がします」
「そうか……。察せられるということは、やはり何かおかしいんだよな」

 エルタは、察するに至った出来事を話した。スカル加入に関係してくるのだが詳細は省き、掻い摘んで説明した。

「ユーステスさん……お互いを利用すれば良いっていう姿勢の、無口で無愛想な方が、一時期艇に乗っていたんです。この騎空団って団員同士が近いから、ユーステスさんみたいな一匹狼で利害関係を押し出してくるタイプには反感を持ちやすいんだと思うんです。かくいう僕も、ちょっとムッとしたんですけど。……でもメノウさんは、いつも通り、新しい仲間にするように接していたんです」

 邪険にはされていた。気の毒なほどだったが、メノウは声をかけるのを止めなかった。グランと話しかけては睨まれていた。
 何故構うのかとユーステス本人に問われ、強い弱いに関係なく知らない人に命を預けたくない、と即答していたことをよく覚えている。
 ユーステスに話しかける団員が少なかったから、余計に印象に残っているのかもしれない。だが、エルタはランスロットとメノウが話しているところを見たことがない気がした。新しい仲間には積極的に声をかけるメノウにしては、意外である。
 ランスロットが加入して数日なら分かるが、あれから二人増える程度の日数は経っていた。

「メノウさんと話したことは、ありますよね?」
「数える程度だが……」
「その時点でなんか変ですね」
「やはり苦手とされているんだろうか。全ての人に好かれるなどとは思っていないが、避けられている気がする」
「苦手……過去に何かあって、とかなら全く分かりませんが、メノウさんがランスロットさんを避ける要素も見当がつきません」
「ああ……ありがとう。変な話をしてすまなかったな」

 ランスロットは複雑な表情で、冷めたコーヒーを飲み切る。
 妙に避けられているのはどうやら自分だけだと分かり、なんとなく納得がいかない。自分では命を預けるに足らないということなのかと考えたが、街で魔物退治をした時にはそんな態度ではなかった。
 他の団員と比較して明らかに素っ気ないが、自分の武器をランスロットに渡したこともあり、それなりに信用されていると思いたい。
 操舵室の扉がノックされ、返事をしなくともグランが入ってきた。寝癖が残っており、大きなあくびまでして眠そうだ。ランスロットが、いい眺めだったと言えば、グランは満足気に頷いていた。
 エルタは譜面や楽器をまとめて立ち上がる。ランスロットとの会話で抱いた疑問については、コーヒーと一緒に飲み込むことにした。





 騎空艇の厨房は、エルメラウラ、エルモート、ファラの三人が中心となって取り仕切っている。三人の中でも、特に仕入れ関係は元料理人であるエルメラウラが主に行っていた。
 たとえエルメラウラが仕入れで艇を空けて厨房に入らなくても、団員には不満もない。むしろ休んでください。
 島に降り、エルメラウラが仕入れで艇にいない日のことだった。
 はじめて降り立った小さな島なので、ほとんどの団員が艇を下りており、食事は各自取ることになった。
 メノウはカタリナに誘われ、街を散策して見つけたレストランに入った。アンナ、ルリア、ロザミアなどなど女性団員が一緒であり、いわゆる女子会である。
 人数の都合で別れて座り、メノウは四人席についていた。
 メノウは死んだ目で、自分の前に置かれた料理を見る。白い平皿に、肉魚野菜が盛り付けられている。それとは別にサラダとパンが並べられた。到底、メノウが完食できる量ではない。
 メノウと同じテーブルに座るカタリナ、イオ、ロゼッタは、どうしたの食べないの?と首を傾げて白々しい。このバイキングレストランにて、メノウの皿に好き勝手に盛り付けたのはほかでも無い三人だ。

「バイキングは、とったの残しちゃダメなんですけど」
「え?食べればいいのよ?問題ないわ」

 けろりとロゼッタが言う。メノウが、こんなに食べられないと言えば、食が細いからしっかり食べろと三人が口を揃える。メノウも自覚はあるので黙るしかなかった。
 どの料理も美味しい。だがこんなにいらない。メノウにとって目の前の量は、三食分はあるのだ。
 メノウは深く考えずに、ぱくぱくと口に運んだ。所作はどことなく品があるが、味わうよりも口に放り込む作業になっている。カタリナが苦笑して水をメノウの近くに置くという気遣いを見せる一方で、ロゼッタは笑顔で言い放った。

「男の人って、細身でもしっかり食べるわよね。ランスロットも武装を解いたら華奢な方だもの」
「んぐっふ」
「メノウ!?」
「だいじょぶ……」
「そういえば、ランスロットって案外お茶目っていうか、イベント好きみたいよ」
「ロゼッタやめて……ちょっと待って……」

 メノウはナイフとフォークを置いて、両手で顔を覆う。ロゼッタは肩を震わせて笑った。イオとカタリナはといえば、まさかと顔を見合わせていた。

「なあメノウ、間違っていたら謝るが……」
「ランスロットのことが好きなの……?」

 カタリナもイオも、メノウのランスロットに対する接し方に違和感はあったのだ。
 しかし空気が悪いわけでも無く、不満を聞くこともなかった。かといって、メノウがランスロットのことを好意的に口にすることもなかった。
 メノウがあまりに静かなので、好意を持っていると思っても気のせいだと片付けていたのだ。
 騎空団も人数が増えた。反りの合わない団員がいてもおかしくは無いと考えていたが、まさか。
 メノウは深呼吸すると、顔を隠していた両手をおろす。とりあえずは落ち着いたらしい。冷静な表情で話題の転換を申し出るが、せっかく取り戻した落ち着きをロゼッタが吹き飛ばす。

「もしかして、名前だけでダメなの?メノウ、彼の名前呼んだことある?グランとの会話でとかじゃなくて、彼を」
「……ない」
「ランスロット」
「……」
「ラ、ン、ス、ロッ、ト」
「やめて」

 メノウが片手で口元を覆う。ロゼッタと一緒になって、カタリナとイオも肩を揺らした。メノウが赤い目元で、じとりと三人を見る。

「すまないメノウ、けれど、ふっ……」
「よ、予想外……っ!そこまでだったんだ!」
「恋をすると、メノウもここまで変わっちゃうのね」
「クゥーン……」
「鳴かないの」

 メノウは普段から一々ランスロットの名前に反応しているわけでは無いが、ロゼッタは知っている上であえて口にしていると分かってしまうから、つい過剰に反応してしまうのだ。
 イオが興味津々に、どこが好きなの、いつからなの、と問いかける。メノウは話題を変えたかったのだが、三対一では厳しい。メノウがしばらく粘っても三人の興味は逸れず、観念して口を開いた。

「どことかいつからとか、分からない感じ」
「一目惚れ、というやつか?」
「そうですね……。正直、歓迎会で、前に立ってた時からダメだった」
「素っ気ない態度は、好きすぎて冷静を保てないからってことなの?」
「改めて言葉にすると私変態みたい……」
「好きって素敵なことじゃない!なんでアピールしないで、素っ気なくしちゃうわけ?」

 アピールどころか、メノウのランスロットに対する態度は他の団員以下である。嫌われているととられても仕方のないレベルだ。

「カタリナが言ったように、その、一目惚れってやつ。一目惚れって、外見が物凄くタイプですってことでしょ?だからなんか、申し訳なさもある」
「身もふたもない言い方だけど、貴女、引け目に感じる所がおかしいわよ。ランスロットの性格を多少なりとも知って、失望したわけでもないでしょう」
「そうよ!むしろ余計に好きになっちゃって、名前も呼べなくなったんじゃないの?」

 メノウの目が泳ぐ。反論しようと口を開くが、イオとロゼッタの言葉に間違いがあるとも思えない。むくれたように口を閉じるしかなかった。
 カタリナは、メノウの言葉に同意できる部分もあった。巨漢で目つきが悪く口も悪いと身構えるが、いざ話してみたら家族思いの優しい人だったということはある。優しい面を知れば、外見だけで判断してしまったことを申し訳なくも思う。しかし、初対面で内面を理解するのは無理だ。外見から判断を下すのは、ある程度仕方のないことである。

「見た目で素敵な人だと思うのは、おかしいことだろうか。ただ外見だけを見続けるのならば考えものだが、メノウは彼の真面目さや仲間思いな面も知った上で、それでも好きなんだろう?好きになるきっかけなど、何でもいいように思う」
「カタリナ、いいこと言う!」
「あ、ありがとう。だが、恋愛に関するアドバイスは難しいな……」

 カタリナは決して恋愛経験豊富ではない。剣士として稽古をし、体を鍛える毎日だったのだ。色恋沙汰も少しはあったが、人にアドバイス出来るようなものでもない。
 イオが「カタリナはヴィーラがいたし仕方ないわ」と遠い目をしていた。そういうイオも、幼くしてこの騎空団に所属しているとあって、魔法の腕は確かだが語れる恋愛などしたことがない。

「なぜそこでヴィーラなんだ?」
「ヴィーラはカタリナ大好きだもん。ねえ、ロゼッタは?」
「そうねえ。恋愛的なアドバイスよりも、メノウはランスロットにもう少し慣れるべきじゃないかしら。前にも言ったけど、貴女がいつもしている事をすればいいのよ」
「わ、分かってるんだけど……」
「緊張して出来ないのかしら?」
「……他の団員に対して、どう話しかけてたのか分からない。仕事とかで話しかけなきゃいけないことがあるなら、話せるけど」
「それただの業務連絡よ」

 鋭い突っ込みが刺さる。業務連絡、確かにそうだ。世間話でもなんでもない。他愛ない話は、先日の講演中ハプニングでの討伐時くらいだろう。
 メノウはいたたまれないが、三人からのアドバイスはありがたかった。告白とまでいくつもりはなくても、まともに話せない状態はどうかと思うのだ。
 サラダを食べていたイオが、はっと顔を上げる。

「メノウは、何か用事とかがあったらランスロットとも話せるんでしょ?」
「一応。真顔だけど……」
「グランに頼んで、パーティー一緒にしてもらう?」
「それはグランにも話すということかあ……それに属性のこともあるから難しそう」
「じゃあ、騎空団には慣れた?みたいに当たり障りのない話を振る!」
「今まで全然話してないのに、そんな急に話しかけて大丈夫かな……」
「じゃあじゃあ、双剣使いって珍しいよねっていう武器の話は?これから一緒のパーティーになるかもしれないし、おかしくないでしょ!」
「既に一回共闘してるんだけど、今更武器の話ってどう?」
「気にしすぎでしょ!?」

 イオは、お手上げよと椅子に座り直す。状況云々ではなく、メノウが逃げ腰すぎるのがいけない。とりあえずやってみよう、という姿勢はどこへ行ったのか。
 メノウ自身、自覚があるようで、「面倒くさくてごめん」と肩を落としていた。
 ロゼッタが、仕方ないわね、と優しいため息をついた。いつものようにと言っても、相手がランスロットなために、過剰に緊張する上些細なことが気になって仕方がないのだろう。「仲良くなりたいから」は理由になるが、メノウの緊張はほぐれない。
 ならば、荒治療である。

「メノウ、明日ジャスミンから薬草配達を頼まれていたでしょう?」
「あ、うん。薬屋さんに運ぶやつ。ジャスミン一人じゃ間に合わないって……」
「それ、ランスロットと一緒に行きなさい」
「うんん?!」

 メノウだけでなくイオとカタリナも驚いた。ロゼッタが自信ありげに笑うが、メノウの表情は凍っていた。

「ロゼッタ……それはちょっとハードルが高いのでは……」
「メノウはやれば出来る子よ」


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