scene4-1 弱体耐性UP


 早朝、メノウは身支度を整えて団員共有のラウンジのソファに座っていた。テーブルには大きな鞄と自分の弓が置いてある。
 ロゼッタからとんでもない提案をされた昨日、夕飯時には既に仕事が組まれていた。黒板を何度も見直し、青ざめつつ赤面した。
 ロゼッタがしたことは簡単で、仕事の調整をしていたグランに「あらメノウ一人なの。あたしは銃の調整しておきたいから行けないわね……ふうん、ランスロットはお休み?」とそれとなく言うだけである。
 背景には、薬の配達道中に魔物が出たという話をグランも聞いていたことと、グランに急遽シェロカルテとの打ち合わせが入った、という二点がある。何も休みの団員はランスロットだけではなかったが、急ぎの案件が追加されたグランは多少疲れもあったのだろう、洗脳されるようにランスロットに仕事のことを話したのだ。
 魔物の情報は本当にあったことで、ロゼッタのでっち上げではない。恐ろしいことに、嘘もメノウのことも一切挟まずに成し遂げてしまったのである。
 メノウは組んだ両手に額をつけて、精神統一に務める。
 今回の目標は仲良くなることだ。
 業務連絡のように素っ気なくしては意味がない。そんな態度では道中の空気が重すぎる。ランスロットにとっては苦痛でしかないだろう。
 他の団員に対するように、他愛ない会話を出来るようにならなければ。身構え過ぎてはいいけない、自然にである。

「おはよう、メノウ。今日はよろしくな」
「ぅ、おはよ。行こうか」

 前途多難である。




 ジャスミンは薬草士で、騎空団では船医としての役割を果たしている。騎空団には丈夫な者が多いのでその出番は少ないが、ジャスミンが非常に腕のいい薬草士であることに変わりはない。元々薬草士として有名であったため、行く先々の島で注文が入るのだ。
 この度の注文は配達先が離れており、ジャスミンは二日に分けて渡しに行くつもりだった。そこに丁度休みだからとメノウが声をかけ、配達を一部引き受けたのである。

「魔物が出るかもってことになって、俺に声がかかったのか」
「休みだったのにごめんよ」
「謝ることじゃないだろう」

 メノウはひたすら前を見て歩く。笑顔で他愛ない話は難しい。笑顔とにやけてしまうのとは意味が違う。ランスロットを見れば、口元が緩んでしまうことは分かっていた。
 薬の入った鞄は、出発時からランスロットが持っている。「私のいる意味!あ、魔物は任せるってことですね了解」と心の中では発言した。実際声に出したことと言えば、ランスロットの「俺が持とう」に対して「ごめんありがとう」である。温度差がひどい。
 メノウは恐る恐る、慎重にランスロットを見上げた。
 気だるそうではないが、眉間に薄っすらとシワが刻まれている。一秒足らずでそこまで確認したメノウは、視線を外して冷や汗をかいた。
 このような空気では不快になるのも当然だ。何か話そうにも、うまく切り出せない。
 一方のランスロットは、メノウが思っているような苦痛は感じていなかった。
 ランスロットは低血圧で朝があまり得意でなく、口数が減るのも眩しさに目を細めるのも自然なことだったのだ。昨晩は、これを機にメノウと話せればいいがと確かに思っていたが、朝から通常のテンションに持っていくのは難しい。これでも寝起きではないので、かなりましな方だった。
 朝早いため、街に賑やかさはない。店を開ける店主や、学校か修行に行くらしい子供、草花に水をやる女性といったのどかさだ。
 その中を見慣れぬ者が歩いているとなるとどうしても目立つ。特にランスロットは瑠璃の鎧だ。さながらお忍びの令嬢と護衛の騎士である。
 二人の正面から、四人の少年が歩いてくる。十歳程度で、兄弟というよりは幼馴染だ。
 興味も警戒心もあるようで、すれ違いざま、上目遣いで「はよーございます」と消え入りそうな声で言った。四人の好奇心が隠せていない様子に、メノウもランスロットも少し笑う。

「おはようございます」
「おはよう」

 彼らが思っていた以上に、メノウとランスロットは気さくに見えたのだろう。返答があったことに嬉しそうにして、足を止めた。
 「かっけー」と小さい声が漏れる。その視線は瑠璃の鎧に釘付けで、ランスロットは笑顔で礼を言う。少年たちは、騎士然としたランスロットをキラキラした目で見上げていた。

「旅の人なの?」
「そうだな」
「どっから来たの?」

 ランスロットは、フェードラッヘ、と言おうとして止める。白竜騎士団としての自分はフェードラッヘの出身だが、この島へは騎空団として訪れている。どこから、と答えるのが正解なのか即座に判断出来なかった。
 ランスロットに変わり、騎空士としては先輩のメノウが答える。ランスロットに向かって「かっけー」発言をした少年に対して、内心全力で同意していた。

「島から島へ移動してるんだよ。私たち騎空士だから」
「きくうし……騎空士!?すっげー!あれだろ、空を飛んでんだろ!」
「おねーさんも騎空士?」
「おうよ!大きい艇に乗って、あっちこっち旅をしてるのさー」

 大きい艇、という言葉に反応する少年たち。一人が見たいと言えば、あっという間に四人の総意となった。騎空士そのものは珍しくないだろうが、騎空士と接する機会は多くない。必然、騎空艇などというものに近寄れる機会もない。
 メノウとランスロットが返事をしないうちから、四人はなにやら打ち合わせを始める。今から?学校行かなきゃ。夕飯早く食べて行こうぜ!クラスのみんなには秘密な!

「あはは、そんなに見たい?」
「見たい!」
「じゃあ晩御飯終わったら、西の……あっちに噴水があるよね?あの広場においで。私たちは今から仕事だから何時になるって言えないけど、騎空艇に連れてってあげよう」

 少年たちの顔が輝いた。朝の街に元気な声が響き、苦笑してたしなめる。少年らは今度は秘密会議とばかりに声を潜め、晩御飯の後に噴水、と繰り返す。
 メノウもそれに合わせ、小声で言った。

「沢山来たら大変だから、秘密だよ。さあ、まずは修行……じゃない、学校って言ってたね。行ってらっしゃい」

 少年たちには急ぐ用事があったのか、興奮した勢いなのか、一斉に駆け出していく。メノウは小さな背中に「転ぶなよー」と声をかけた。

「元気だな」
「ねー」

 ランスロットは子供らしい様子に笑い、歩を再開させる。騎空艇の見学をとりつけて大丈夫なのかと思ったが、突然仲間が増えても歓迎会が催されるくらいだ、飛び入りには慣れているのかもしれないと納得した。
 少年たちの好奇心にまかせて行動する様は、ランスロットに幼少時代を思い起こさせる。決しておとなしい子供ではなく、大人の目を盗んで悪戯することがなにより楽しい子供だった。

「子供は遊ぶのが仕事だからな。そして怒られる」
「ふっ。そうなのかも」

 ランスロットはメノウを見下ろして、確かにメノウが笑っていることを確認する。視線は合わないが、子供との接触で緊張が一つ解れたように感じた。単に嫌われている訳ではないのかもしれない、と少々安堵する。
 ランスロットがそのまま子供時代の話をすれば、メノウは楽しげに会話を広げた。メノウの本心を知らないランスロットは、予想外の反応に密かに驚いていた。

「俺、幼馴染がいてさ。あいつと一緒に悪戯することも、あいつをからかうことも大好きだったな」
「そして怒られる?」
「はは!そうそう。でも懲りないんだよなあ。馬鹿やってたなって思うけど、ああいう時期も必要なんだなって思う」
「悪戯ってどんなことしたの?」
「そうだな……今でも申し訳ないと思うのは、ハロウィンにカボチャで幼馴染を驚かせたことだな。あいつ、あれ以来カボチャが駄目らしくて」
「あはは!トラウマ植え付けちゃったんだ」
「そうらしい。メノウはどんな子供だったんだ?」

 メノウは一瞬息が止まった気がした。ランスロットに名を呼ばれるということは、そのくらい衝撃があるのだ。"きゅん"どころではなく"ずぎゅん"といった所だろう。飛び出そうになった心臓を飲み込んで、今とは振る舞いの違う少女を思い浮かべる。
 ランスロットのいうやんちゃな子を"子供らしい可愛さ"というのならば、メノウは"子供らしくない子供"だった。

「大人しくて、従順な子供かなあ。でもプライドは高いの。つまり面倒な子供」
「意外だな……。大人の言うことを素直に聞く、ということか?」
「そんな感じ。あ、でも家族仲は良かったよ?可愛がってもらったし」
「そういえば、どこの出身なんだ?」
「フェードラッヘに近いんだけど、"嘘をつけない国"って言えば分かるかなあ」
「ああ!あの島の出身なのか。黒竜騎士団だった時に一度遠征したことがある」
「おーいらっしゃいませ」
「例の幼馴染がはぐれて大変だった」
「お、幼馴染さん……」

 他国の騎士団がわざわざ何故、と疑問を持つが、すぐに思い至る。数年前に混乱していた時期があり、治安が一時的に悪くなった。元々武力のある国ではないので、他国に応援を要請したのだろう。
 メノウは、道理で見たことのない鎧がいたと思った、と呟いた。

「白竜、じゃない黒竜騎士団か。そこの人だったのかなー。あの荒れてた時に助けてもらったんだよねえ。ちゃんとお礼したかったんだけど」
「俺たちは見返りを求めている訳じゃないけど……名前を覚えているか?今もいる人ならば分かると思うが」
「名前も所属も聞いてないんだよ。私も名乗ってないし。同世代に見えたから、あの時新人さんかなーってことしか分からないなあ」

 その騎士とは少しの間行動をともにしていたが、互いに名乗ってはいなかった。
 正確には、彼は名乗りかけたのだがメノウが止めたのだ。初対面の人間を信用できる状態ではなかったこともあり、自分も名乗らないから貴方も名乗るなと制したのだった。
 メノウは騎士のことを「サー」と呼んでいたし、騎士はメノウを弓の色から「オニキスちゃん」と呼んでいた。

「一瞬"オルキスちゃん"かと」
「私もオルキスちゃんには運命感じた」
「あはは!」

 メノウはこの時、ランスロットの笑みをうっかり目撃してしまい、両頬を噛んで口を引き結んだ。そして目標達成に確実に近づいていることに気づき、静かに涙ぐんでいた。



 街から離れた村へ着いたのは昼前だった。懸念された魔物も出ず、多少の休憩を挟んだとはいえ歩きっぱなしで、流石に疲労も感じていた。
 なんと、道中気まずくなることはなかった。これには互いに驚いていた。ランスロットは相変わらず視線が合わないことを気にしていたし、メノウは幾度となく頬を噛んだが、苦痛はなかった。

「これ、ジャスミン……二日連続は厳しいね?」
「よく行こうとしたな」
「ほんとだよ」

 注文先の薬屋を見つけ、ルピと薬を交換する。そこの薬草士いわく、今回は安く済んで嬉しいとのことだった。送料がかからないためだ。十分な量を購入できました、と笑む店主に二人も和む。
 岬からはるばるお疲れでしょう、と店主は村にある唯一の喫茶店を勧める。メノウは渋ったが、ランスロットが一服するというので続いた。メノウは、そこに自分への気遣いがあることを少しだけ期待していた。
 喫茶店では村の女性が話に花を咲かせていた。丁度昼時なので、夫には秘密のランチというものだろう。メノウとランスロットは二人がけのテーブルに通され、当然向かい合わせに座った。
 メノウの心境は荒れる。先ほどまでは、隣を歩いていた上に身長差があるので、顔を見ずともさほどおかしくはなかったのだが、二人で向かい合わせに座っているこの体勢で、顔を見ずに話すのはいくらなんでも失礼だろう。
 ランスロットに対する緊張がようやくほぐれたのに、メノウは再びランスロットを過度に意識してしまっていた。ツンとした素っ気ない表情なのである。
 テーブルに置いたメニューを睨んだまま、ランスロットに話しかける。話しかけられるようになっただけでも、大きな進歩ではあるのだ。

「何にする?」
「まだ歩くし、クラブサンドにするかな……」
「んあ、私もそれにしようかな」
「……食べ切れるのか?」
「私でも、このくらいなら食べ切れますん」
「どっちなんだ」

 カウンターの方を見れば、ドラフの女性店員がにこにこと――何か嬉しい事でもあったのかというほど笑顔で――駆け寄ってくる。
 店員は注文をとってカウンターすぐに戻っていくが、落ち着きのない様子から、見慣れぬ二人を気にしていることは明らかだ。
 付け加えるなら、ランスロットが彼女を見て注文を伝える時に耳が赤くなっていた。「クラブサンドを二つ」という短い言葉だが、ランスロットが店員に向けて言ったことに変わりはない。
 ドラフ女性店員の挙動にメノウが気付かないわけが無い。たわわな胸を密かに睨み、見なかったことにした。
 店にいる他の女性も、ランスロットをちらちらと気にしている。鎧が目立つからという理由だけではないだろう。
 メノウは、彼女らに賛同もするが、騎空団(うち)の仲間だぞ、と少しだけ自慢気だった。
 ランスロット自身も視線を向けられることに気付いていたが、元々人前に立つ役職にあり慣れていた。騎士団長となれば、色々な種類の視線を向けられるものだ。
 周囲からの興味を気にせずに、テーブルの置き物を指先でいじっていた。

「ここまで魔物も出ずに良かったな。目撃証言があったから、いるのは確かなんだろうけど」
「あ、あ、うん。この辺りの警備の人が討伐しちゃったのかも」
「ならばいいが……もしいるのなら、いっそ出てきてくれても、と思う」
「自分で倒せばいいから?」
「ああ。うん?自分たちでな」
「ぅぐ、そうですね」

 メノウは頬を噛みながらも、外が騒がしいことに気付いた。メノウは知っていた――出先で魔物やならず者と遭遇しない方が珍しいということを。ランスロットがわざわざ言い直した言葉を噛み締めながら、耳を立てる。
 ランスロットは、メノウの耳が小さく動いているのを見つめる。エルーンは特に聴覚と嗅覚が優れている。立てた獣の耳で、慎重に音を拾っているのだ。ランスロットに聞こえない音で、何か気になることがあるのだろう。
 ランスロットははっとして腕を組んだ。もしかすると、そこに自分が苦手とされている手がかりがあるのではないかと。動くたびに鳴る鎧の音だろうか。しかし、鎧を装備しているのは何もランスロットだけではない。それでは、まさか臭いか。ランスロットは思わず、自分の腕を鼻の前に持ってきた。案の定、自分では分かるはずもない。
 カラン、と店のドアベルが鳴る。慌ただしく飛び込んできた少年が、女性店員に走り寄った。

「魔物が出た!でも、魔物が、なんか変な技を使うんだ、父さん達じゃ倒せない。おじさん、おじさんいる!?」
「お、お父さん今腰痛めてて!動けないの――――あ、あの、騎士様!」

 たった今入ってきた少年が、誰のことだと探すまでもないくらい、この場での唯一の騎士はランスロットであった。
 ランスロットは"魔物"という言葉が聞こえた段階で切り替えており、声をかけられずとも出るつもりだった。女性店員の呼びかけとほぼ同時に腰を上げ、しかしメノウの方が早かった。
 メノウが、外していた弓を持って起立し、キョトンとする女性店員に向かって口を開いた。

「少し外しますが、戻るのでクラブサンドは置いてて下さい」
「あ、あっはい!」

 店員も客も、メノウが戦力になるとは思っていなかった。大きな弓は移動時折り畳まれた状態なので、仕方ないといえば仕方ない。
 ランスロットも続いて腰を上げる。メノウが見上げてきているのに気づき、驚きつつも視線を合わせた。

「出番ですね、ランスロット」
「そのようだな。よろしく、メノウ」

 すぐに視線は逸らされて、メノウがタカタカと店を出る。ランスロットは、頼もしい小さい背中に続いた。
 少年に場所を聞く必要はない。メノウには、声や音がしっかり聞こえているのだ。騒動の方向をランスロットに示して走り出す。
 少年いわく「変な技を使う」魔物なので、用心しておかなければならない。弱体効果魔法の類だろうとは予想できるが、二人は状態異常を解除する魔法を使えないのだ。
 ほどなくして魔物を発見する。剣や銃を構える男が三人対峙しており、それをまた別の武器を持った村人が囲っている。
 メノウはランスロットよりも先に立ち止まり、ガシャン、と折りたたんであった弓を即座に組み立てる。人垣の隙間を見つけ出すと、魔物への威嚇も込めて【一閃】を放った。通常の攻撃よりも攻撃力は三倍程度上の風属性矢である。

「仕留める!」

 魔物は、村人から矢の主に意識がそれたようだったが、メノウは手ごたえのなさに眉を寄せた。火属性の魔物ならまだしも、見た所風属性の魔物なのだが。
 メノウの矢に気付いた村人が数人振り返る。双剣を抜いたランスロットが声を上げた。

「ここは俺たちが引き受ける!――逃がすかッ!」

 村人が驚きと安堵を浮かべて、ランスロットの前を開ける。ランスロットが【ヴォーゲンシュトローム】を発動させ、水の魔力が魔物に襲いかかる。魔物が咆哮を上げ、ランスロットを睨んでいた。
 【ヴォーゲンシュトローム】は全体攻撃技で、複数を相手にできる――攻撃の範囲が広いのである。メノウとランスロットはおかしな技の察しがついた。

「幻影状態になれるのか」
「次は私が解除しよう」
「頼む」

 幻影には全体攻撃が有効だとは経験で知っている。幸い、二人は全体攻撃の技を持っていた。
 ランスロットによって幻影を解除された魔物は、同時に傷を負い、怒りの矛先をランスロットに向けていた。低く咆哮し、敵意を隠さない。
 全力で敵を排除しようとする魔物の状態のことを、グランはオーバードライブと呼んでいた。逆にエネルギー切れである程度落ち着きを見せる状態のことを、ブレイクと呼んでいる。騎空団で、敵のそういった状態はもちろん、味方にかけられた弱体効果や状態異常の見極めが特別上手いのはグランである。

「私も戦えるもーん」

 メノウは、次々に黒い矢を放ちながら呟く。しっかり攻撃は効いているし、魔物の攻撃力は高くないようなので心配はしていない。放った矢が魔物に当たらなくなると、メノウは空に向けて弓を構えた。視界の端でランスロットが引いたのを確認し、【闇雨】を放つ。
 魔物の幻影解除と同時に、暗闇状態になる。攻撃の空振りが増え、隙も大きくなり、剣と矢を叩き込む。ブレイクを通り越して瀕死の状態だ。
 ランスロットは魔物の残り体力を推測し、一気に片をつけられると判断した。
 ランスロットの氷の魔力が溢れ出し、双剣に収束する。通常攻撃の比ではない魔力は、水属性だが熱ささえ感じる。

「白竜騎士団の誇りにかけて――――【ヴァイスフリューゲル】!!」

 目で追うのも難しい、双剣による猛攻。氷の魔力をまとった剣が軌跡を描く。ランスロットの奥義が止めとなって、魔物はその場に倒れた。
 ランスロットは完全に倒した事を確かめてから、双剣を背に納めた。
 大きく息を吐いて振り返ると、遠巻きに見ていた村人が歓喜する中で、メノウが口元に片手を当てている。
 まさか顔に攻撃を受けていたのかと焦るが、メノウはすぐに手を外していた。大きな弓を畳んで背に納め、ランスロットに駆け寄ってくる。
 近づくにつれて視線が外れていくのをしっかり感じ、なんとも解せない違和感が残った。

「お疲れさん。奥義、初めて見た」
「ああ、そういえばそうか。俺もメノウの奥義は見たことないな……」
「機会があればね。体はなんともない?」
「なんともないが、どうかしたか」

 メノウは戦闘中、村人の会話を拾い、魔物が毒を持つと知ったのだ。数人はそれで倒れ、村の医者や例の薬屋が診ているらしい。多く入荷したジャスミンの薬が早速役に立っているとのことだ。

「俺は特に、弱体魔法に耐性があるわけではないんだが。偶々か?」
「あー私が耐性持ち。毒はまず効かないよ。同じパーティーの人にもちょっと効くらしいから、それでかな。弱体の付与状態とかはグランが一番見抜くから……私、気付いてなかったらどうしようと思って」
「大丈夫だったんだから気にするな。知らない間にメノウに助けられていたのか……相当強いんだな」
「まあね」

 では喫茶店に戻ろうかと歩き出した矢先、村人に囲まれる。口々に感謝を述べる彼らに、構わないと苦笑する。どうしてもお礼をしたい、ご飯くらいうちでご馳走したい、という村人まで出始めた。
 しかしクラブサンドが二人を待っている。そう伝えれば、ならばうちで一泊して行かないかとまで言った。
 メノウは気付いた。熱心すぎる村人は若い女性で、ランスロットをじっと見つめていることに。村人の本音はどうあれ、メノウにはそう見えたのだ。メノウは礼を言う村人達との会話をそれとなく終わらせると、あくまでも爽やかに断るランスロットの横に並んだ。
 村娘の顔が、わずかに苦いものになる。先ほどの戦闘を見ていれば、メノウの実力も分かるというものだ。

「私たち、まだ仕事があるので街にもどらないといけないんです。その気持ちだけありがたくいただきます」

 メノウがいえば、村娘はそれ以上粘らなかった。


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