scene4-2 カウンター


 ランスロットとメノウは、四人の少年を連れて騎空艇へと向かう。ある少年の両親に人攫いだと疑われて一悶着あったのだが、ランスロットとメノウが思いの外若い男女であったらしく、疑いはすぐに晴れた。
 岬に着くと、少年らのテンションがぐっと上昇する。グランサイファーは中型の騎空艇だが、それでも十分大きい。大型騎空艇を持つのは帝国軍程度だ。
 子供らしい高い声で騒ぎ、今にも走り出しそうな四人に苦笑する。勝手に動かないことをよく言いきかせ、ランスロットとメノウは四人を甲板に連れて上がった。甲板には大したものがないが、艇に初めて乗る者には新鮮だろう。
 メノウは、少年らにすっかり懐かれたランスロットを微笑ましく見つめていた。騎士は憧れの的らしい。

『甲板よりメノウ、小さいお客さん四人案内します。操舵室行っても大丈夫ですか?』
『操舵室のキハールである。客人を歓迎するのである!ここにいるヘルナル殿が案内を引き継ぐと。メノウ殿とランスロット殿は休むと良い――――おお、そうか。メノウ殿、グラン殿が呼んでいる』
『了解です。ヘルナルもありがとう』

 メノウから出た操舵室という言葉に四人が小さい歓声を上げるが、メノウやランスロットと別れると分かると少し緊張したようだった。

「ヘルナルは強いぞ。剣舞も出来て、しかも一流だ。存分に話を聞けば良い」

 途端、子どもの目が輝く。
 ランスロットは、子供は素直だなと笑った。




 メノウは子供達を操舵室へ案内してから、ミーティングでよく使用する部屋へ向かった。
 単なる私用ならばグランの部屋だが、呼び出すくらいだから依頼関係の相談だとふんだのだった。
 ただいま、と入れば、おかえり、と返ってくる。部屋にはグランの他に、ビィ、ルリア、ラカムの姿があった。

「お疲れ様です、メノウ!魔物は大丈夫でしたか?」
「村で出たけど、二人で倒せたよ。どしたの団長、なんかあった?」

 席に着くと、テーブルにあった菓子がメノウの前に移動してくる。携帯食料を食べながら帰ったとはいえ空腹もあり、早速包装を開いた。
 グランは今日、シェロカルテと急な依頼の打ち合わせをしていた。そこで出てきた国の名前に聞き覚えがあり、そういえばメノウの故郷だと思い出したのだ。次に立ち寄るのはそこになるだろうということで、メノウに詳しい話を聞こうと呼び出したのである。

「――輸送依頼をした騎空士が戻ってこない?」
「らしいんだよ。正確には体調を崩してて、飛べる状態じゃないから、戻ってこないんじゃなくて戻れないんだけど。それだけなら回復を待てば良いんだけどさあ、なんか国中で倒れてる人が続出して、薬が足りなくなってるんだ。急いで運ばないといけないけど、その騎空士の二の舞にはなっちゃ駄目だから、すっかり名の知れわたった我が騎空団に話がきたのですよ」
「なあメノウ、国での病気とかでなんかあるか?」

 ビィの問いかけに、メノウはあっさり頷いた。いやでも、と難しい顔をするが心当たりがあるのは確かだった。

「病気っていうか、毒が付与されてるんだと思うよ?でも騎空士か……なんでだろ……」
「どういうことですか?」
「あの国、星昌獣がいるんだわ。とても身内思いで排他的。国が平和であるのが一番で、敵には容赦しないって感じなの。侵入者とか、部外者とか。優しい星昌獣なんだけど」
「だから騎空士が……?」
「違う違う。騎空士みたいに短期間の滞在なら問題ない。星昌獣による毒を受けるのは、挨拶しないで住み着く人たちだよ。あとは、嘘つきな人。盗賊とか違法な商売をしてる人の隠れ家は、あの国には一切ないってこと。挨拶してたら、多少猶予はあるんだけど」
「俺たちが前に行った時、なんともなかったしな」

 ラカムはなるほどと頷いた。自分たちが騎空士だから、星昌獣や毒の話が出なかったのだろう。挨拶とは何かとメノウに問えば、星昌獣へ名乗ることだと言った。

「そんな簡単に星昌獣に会えるのか?」
「会うとは違うんだよね……。各地に聖堂があって。絶対とされてるのが二回の挨拶で、子供が生まれた時に親が紹介するのと、子供が話せるようになったら自分で行くので二回。熱心な人は毎日行ってたりするよ。別に返事とかはないけど、ちゃんと聞こえてるみたい」
「へえ。移ってくる時とかも、挨拶しに行くってことか」
「そうそう」
「なら、今回の話は確かにおかしい。住んでる人も騎空士も、毒に侵されてるってんだから」

 星昌獣の暴走か、と四人と一匹の意見が一致する。今までにも何度かあった流れだ。星昌獣に原因があるならば、尚更、動かない理由はない。
 次はメノウの故郷だな、とグランは伸びをした。毒とは厄介だが、みんなが居ればなんとかなると信じている。そういえばあの島はフェードラッヘのある島に近いはずだ。事が終われば、ランスロットに聞いて一度立ち寄ってもいい。
 グランは今後の計画を立てながら、お菓子を食べるメノウに夕飯を促した。

「携帯食しか食べてないんだろ?」
「えっ今……」
「それはオヤツです。ご飯に入りません」




「幻影を使う魔物が初めて出た上に、戦いに長けた人物がぎっくり腰だったそうだ」

 空になった皿を前に、ランスロットが言う。それは災難だったな、と相槌を打つのはゼヘクだ。
 そこに、コーヒーを持ったノイシュが加わる。

「やはり、この島を出る予定を早めるそうだ」

 ゼヘクはそうかと頷いて、今日の昼間いなかったランスロットに向けて付け足す。ただ、ゼヘクは行き先を知っていただけで、早まる理由は知らなかった。

「急遽依頼があって、メノウの出身国に行くことにはなってた。早まるのはなぜだ?」
「星晶獣絡みで」
「……穏やかじゃなさそうだな」

 ノイシュも詳細は聞いていない。グランから今日中に連絡があるだろうとは予想出来るので、焦ってはいなかった。
 ゼヘクとノイシュは、その国に行ったことがない。どんな所かと話し始めた所で、ランスロットが訪問歴ならあるがと話に加わる。
 そこは平和で穏やかな国で、悪さをすれば相応の報いを受けると言われていた。そのせいか武力に乏しく、数年前の混乱の時期にフェードラッヘに協力要請があったのだ。フェードラッヘとその国は、関わりはあったが新しいもので、親しいと呼べるほどの間ではなかった。その国は多くの国と広く付き合っており、フェードラッヘもその一つというだけだ。
 黒竜騎士団の遠征部隊にはランスロットも配属され、短い期間であったが、街の治安維持に協力した。元が平和な国だからか、騎士がうろつくだけでも効果は大きかった。

「あとは、そうだな、湖の多い国だったと記憶している」
「黒竜騎士団が遠征したという国の乱れは、何が原因だったんだ?」
「ある貴族が、星昌獣の力を悪用していたとかなんとか……あの時も星昌獣絡んでるな」
「……その辺りは、出身者に聞くのが一番だろう」

 ゼヘクは、食堂に入ってきたメノウを示す。グランに呼ばれていたメノウは、今から夕飯のようだ。
 共にいたらしいルリアとビィも一緒である。ルリアとビィは夕飯を済ませているはずなので、何かデザートを探しに来たか飲み物を求めてかのどちらかだろう。
 ゼヘクはメノウを呼んで手招きした。食事を持ったメノウは、なぜか一秒程度硬直してから向かってくる。
 メノウに続き、ルリアとビィが厨房からジュースとお菓子を持ってくる。
 ランスロットとノイシュ、ゼヘクに分かれて座っていた所で、メノウはゼヘクの隣に座った。ルリアとビィも、流れでメノウの隣に座る。

「どうかした?」
「メノウの国にいる星晶獣のことで」
「おおう」

 メノウは、つい先ほどグランにした説明と同じことを口にする。ルリアとビィはすでに知っているので、途中からは一人と一匹に説明を任せて、メノウは夕飯を食べていた。
 過去にあった星晶獣絡みの騒動とは、という質問が出ると、ルリアとビィがメノウを見る。

「貴族同士のいざこざだよ。権力を持った貴族が三家あって、うち二つの争いっていうか……。三大貴族の役割は大まかに分かれてて、星昌獣管理のジェルマイア家、王の補佐をして内政に関わるネリウス家、外交を任せられたフロック家。フロック家が『ジェルマイア家当主の死亡は、星昌獣の怒りを買ったからではないか』って言い出したのがきっかけだね。元々仲良くはなかった家なんだけど。……国民は、星昌獣は国を守るものって認識があるから、荒れるよね。何してくれたんだって」
「それで俺たちが派遣されたのか」
「うん。結局、ジェルマイア家の没落で収束したかな。当主が騒動の少し前に病死してて、そこからの騒ぎだったから……フロック家は、今が狙いどきって思ったのかも」

 メノウがルリアとビィに、没落とは何かを説明する傍ら、男三人はそれぞれ静かに違和感を抱いていた。
 メノウの言葉を思い返し、やはりおかしいとゼヘクが問いかける。

「メノウの言い方では、フロック家がジェルマイア家の失脚を狙って根も葉もない噂を流した、ととれるんだが」
「そうだもん。フロック家は星昌獣の力を狙ってた節があるから、気付いてる人もいると思う。国民は貴族の仲の良し悪しまで知らないから、大半が流されちゃうんだけど」
「メノウは貴族の家に出入りするような立場にあったのか……?」
「実はね。だから今回の話、フロック家が絡んでるんじゃないかとは思ってる。あの星昌獣、大人数に毒を付与するような強い力はなかったはずなんだよなー……」

 ルリアとビィは顔を見合わせた。
 ルリアとビィがメノウに出会ったのは、道に迷った先にあった村だったのだ。街外れも街外れ、隠れ里と称されるような田舎だった。メノウ自身も「貧乏で矢が買えなかった」「食べられる野草なら分かる」と言っていたので、貴族の家に出入りするということに衝撃を受けていたのだった。給料悪かったのかな、とそこそこ話す。
 メノウとの出会いを思い出すに至り、ルリアは眉を寄せて悲しげな顔をした。
 国民が毒を受けているのだ、あの時で会った村の人も例外ではない。

「村の人たち、大丈夫でしょうか」
「……大丈夫だと思ってる。あそこは薬草多いし」
「あの村にも寄るだろ?ちゃーんと大丈夫だってことを確認しようぜ!」
「そうですね!思い出すなあ、メノウと会った時のこと」
「開口一番、『結婚したくない』だもんなー」
「待って!?」

 ゼヘクらが吹き出した。ノイシュなどコーヒーを飲んでいたためにむせている。メノウは「何故今このメンバーの時に、その話題のその言葉を抜粋した」と言いたいけれども言えず、目元を覆って天井を仰ぐ。
 騎空団でおそらくメノウ最も仲の良い男――グラン除く――であるゼヘクは、真面目な表情を繕ってビィに先を促した。遠慮などない。

「なんでもよー、縁談がもちあがったんだと。でもここで結婚したらもう村からも国から出られない気がするから嫌だ、結婚したくない!って。んでグランが、じゃあ縁談蹴って一緒に行こ!で勧誘完了」
「その縁談相手は良かったのか?」
「なんか村の人たちも快く送り出してくれたんだぜ!」
「若かったな私…………」
「メノウ、なんかチョロいな」
「ゼヘクだって人のこと言えないじゃん。この騎空団の人はみんなチョロいんだよきっと」

 きっかけやその背景はどうあれ、グランに声をかけられて騎空団に入ったのは確かなのだ。メノウは言いながら、食べ切れないおかずをそっとゼヘクの皿に移した。
 ゼヘクはため息をついておかずを引き受ける。ゼヘクは入団時から特別メノウに可愛がられていたためか、メノウに甘いのである。仲の良い理由も同じだ。貴重な闇属性というところから仲良くなり、パーティーが一緒になる機会も多い。

『こちらヘルナル。お客さんのお帰りだよ』
「あっ送りに行かねば」
「そうだな」

 メノウとランスロットが席を立つ。残ったメンバーが食器の片付けを引き受けて、パタパタと出て行く二人を見送った。




 ヘルナルは少年らを送り届けるつもりだったようだが、任せきりも申し訳ない、と交代した。昼と夜では雰囲気が変わるためか、少年らが家までの道程に自信がなかった、というのも一因だが。
 四人は操縦室でひとしきり騒いだ後、実際に使う武器を見たり、ペトラとラカムとグランの空路会議を見学していたようだ。丁度、次の行き先が決まった上に急ぎであったため、運良く見学出来たのだ。
 歩いていると疲れを自覚したのか、四人の口数は減っていく。そのうち一番小柄な少年が――話を聞く限り、三人より一つ年下らしい――ごしごしと目をこすり始める。
 あまりにも危なっかしい、とランスロットが軽々抱き上げた。
 少年は驚きで覚醒したが、それもつかの間で、すぐに寝息を立てていた。
 それぞれの少年の家に送り届けると、親には良い社会勉強をありがとう、と感謝された。今日一日で、どうやら少年たちの将来の夢は騎空士になったらしかった。

「さすがに疲れたわ……」
「抱っこするか?」
「っつぁ、歩けます!」
「あはは!」

 メノウはランスロットによる突然の爆撃に眠気を吹き飛ばした。
 もう何度頬を噛んだか分からない。こんな冗談を言ってくるということは、恐らくそれなりに打ち解けられた証拠なのだろうが、いかんせんメノウの心臓に悪い。
 メノウは軽やかに笑うランスロットに、この人酒飲んでたかなと食堂での振る舞いを思い出す。だが、不意にロゼッタの「案外お茶目」発言を思い出し、これが平常なのだと気付いた。

「これから、ジャスミンが大忙しだろうな」
「あ、うん。ここから何日かかかるし、私も手伝いに行こうかな……」
「……やはり、気がかりか?食堂でもそうだったが、浮かない顔をしてる」
「あっあー。まあ、少し、考え事。ビィのせいでそれどころじゃなくなったけど」
「入団のきっかけというのは、新鮮で面白いな」
「私はほとんどの人のを知ってるもんなあ」
「メノウは、何か村を出たい理由でもあったのか?」

 ランスロットはメノウを見下ろして問いかける。
 結婚したらもう村から出られない、とは聞いたが、理由までは話していなかったはずだ。メノウやビィが何気なくそう言っただけかもしれないが。
 メノウは返答に少しの間を置いた。

「兄のように慕ってた人がいてさ。世界は広いぞって、よく言ってたから。イスタルシアのことも言ってたなあ……目が死んでるのに少年心があって、なんか面白かった」
「その人も、村に?」
「あー死んだんだ」
「……すまない」
「気にしないで、もう結構経つ。母親も、私が外に出たがってるの知ってて、縁談なんて言い出したんだと思う。行くならいい加減行きなさいってね。……出る気がないなら、落ち着きなさいって感じかな。本来なら、結婚してる年齢だったから」
「うん?恋人がいたのか?」
「んーそんな感じ?」

 メノウはグランに星晶獣のことを聞いてから、騎空団に入団する前の出来事を思い出していた。
 兄のように慕っていた亡き男のことも、背中を押してくれた母のことも。自分語りをするタイプではないが、過去を振り返らない訳ではない。
 岬に出て、グランサイファーが目に入る。ほとんど全ての団員が戻っているため、明かりがつき、幻想的な光景となっていた。

「私、取り返しのつかないことっていうのを、実感したことがある。以来、好きなようにするのを目標にしてるんだけど。うん、ちょっとそこで止まってて」

 メノウがおもむろに話し出したかと思えば、ランスロットに立ち止まるよう言った。
 ランスロットは疑問符を浮かべながらも、とりあえずメノウに従って足を止める。
 ランスロットを置いて進んだメノウは、五メートルほどの所で立ち止まった。

「メノウ?」

 ランスロットが呼ぶと、回れ右で対峙する。
 とても真面目な表情なのでランスロットは思わず姿勢をただした。と思いきや、メノウの耳がぺたりと伏せられる。薄暗い中だが、顔が赤くなっている気もした。
 メノウはしっかりとランスロットと視線を合わせていた。いっそ睨んでいた。

「ランスロットさん」
「なんですか」
「私は――ランスロットのことが好きです!名前呼ばれるだけで息が止まりそうだし、隣にいるのも緊張するし、このぐらい離れないと直視できないレベルで好き。訳わかんないくらいカッコいいし綺麗だし真っ直ぐだし強いし、我ながら呆れるくらい、好きなんですよ」

 メノウは、声が震えても、高ぶった感情のぶつけ方が分からず涙が出てきても、視線を逸らさなかった。驚いて目を見開くランスロットにもかっこいいなあと思いながら、拳を握った。

「別に恋人とかそんなんじゃなくて、仲間として戦えることが嬉しいので!返事とかいいから!言わないで悔いたくないから、知ってて欲しいと思ったの。告白タイムに付き合ってくれてありがとうございました!」

 メノウは言いたいことを言うと、置いてけぼりのランスロットに最敬礼をし、脱兎の如く駆け出した。

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