scene5 苗床
グランは、騎空団を二つのグループに分けた。調査班と薬班である。
調査班は、星晶獣についての聞き込みをしながらメノウのいた村へと向かう。場合によっては、騎空艇に戻らないまま原因調査する。星晶獣との遭遇する可能性が最も高いグループで、グランとルリアはもちろんここに入る。
薬班は、ジャスミンの補佐と薬の運搬、薬草調達を行う。同時に、毒によって機能の低下した街の警備隊にも出入りすることになる。警備と薬の管理を交代で行うのだ。騎空艇と街と、二つの拠点を設けることになる。
本日の午前は各々必要なものの調達を行い、昼過ぎに経つ。一度別の島に寄ることもあって、目的地への到着は三日後になると予想されていた。
「メノウー。星晶獣との戦闘を考慮すると?」
「えっ。えー……毒対策第一」
「メノウいたら楽かな」
「楽だとは思うけど、グランも魔法使えるようにしててよ?」
「御意。俺がクリアオール持つなら、やっぱりカタリナに来てもらおうかな。イオと悩むけど……」
食堂で依頼の説明と星晶獣の存在が知らされた後、グランは団員名簿を見ながら班分けをしていた。
確定なのは、調査班にグラン、ルリア、メノウ。薬班にジャスミン。毒を解除できる魔法を持つ団員は分け――グランの他にイオとアルシャ――後は属性が偏らない限り、調査班か薬班か自由に選ぶ。
グランの隣にはメノウが座っており、地図を見て記憶と照らし合わせている。実際にその土地を良く知っているメノウが案内役になるのは当然だ。
「グラン、班分けのことなんだが」
「希望ある?」
グランに声をかけたのはランスロットだった。グランの対面の椅子を引いて座る。
グランは、隣でメノウが地図を睨み始めたのを横目で見つつ、ランスロットに問いかける。
「調査班に入れてもらえないか」
「ランスロットが来るなら……他に水属性で希望がいなければ大丈夫。調査班だと思ってくれていいぞー」
「ありがとう」
ランスロットは、ついと視線をメノウに向ける。
真剣に地図を読んでいるので相手に出来ません、と空気が語っていた。
ランスロットは、声をかけないほうが良いだろうと判断して腰を上げたが、昨晩の発言を思い出す。
あの後ランスロットは、メノウが騎空艇に乗り込んでからようやく歩き出した。嫌われていると思っていた相手からの好意は、中々衝撃だったのだ。
「よろしく頼む、メノウ」
地図を睨んだまま、メノウの耳がぺたりと頭に引っ付くように伏せられる。今までならば、少し顔を上げて無愛想な反応をしただろうが、メノウは昨晩から勢いづいていた。
返事を、しなければ。
一拍置いて勢い良く顔を上げ、ランスロットと目が合うと肘をテーブルにぶつけた。
思いの外、ランスロットの位置が近かったのだ。
ゴスッ、という鈍い音にグランが半笑いでメノウの肘を心配する。
「うぐっく、よろしく、ランスロット」
「すごい音したぞ?大丈夫?ランスロットも笑ってやるなよ」
「ふふ、悪い悪い。いや何、行動の意味が分かると、ついな」
ランスロットの言葉にグランは首を捻ったが、察したメノウは一気に赤面した。
好きすぎるが故の動揺だと、ランスロットには告白してしまったのだ。それに対して、引くどころか笑んでくれているのである。
メノウは内心で叫んだ。
メノウは、へたったままの耳でテーブルに伏せる。
「グラン……ランスロットがいじめる……」
「おっ?なんだランスロット、俺の姉さんに用か?やんのか?」
「く、あはは、誤解だ」
ルリアは、ひょこりと甲板をのぞいた。
団員が手合わせや筋トレをしており、目的の人物もいた。
ルリアがぱたぱたと甲板に出ると、カタリナが気付いて声をかけてくる。カタリナのそばにはビィもおり、グランは手合わせの真っ最中だ。
「あ、今日はグラン剣なんですね」
「星晶獣との戦闘があるかもしれないからな。最近は拳で戦うことが多かったが、元々剣が得意なようだから」
ルリアは座り込んで、手合わせの様子を眺める。
グランの相手はランスロットだ。ランスロットが双剣を器用に扱うことに感心する。二倍の攻撃をさばくグランもさすがだ。しかし押されているのはグランで、徐々に表情が険しくなっていた。
純粋な剣士で双剣を得意とするランスロットと、あらゆるジョブをこなすグランとでは、剣の実力に差が出る。もしこれが体術だったなら、年齢や体格で劣っているグランでも勝てる可能性がいくらか高くなる。しかし、クラウディアには勝てないのだ。一方で、剣や拳や弓や魔法の実力を総合して比較した場合、グランに勝る者はこの騎空団にいない。
「あー!負けた!」
悔しそうに、だが清々しい顔でグランが叫ぶ。タオルで汗を拭きながら、ルリアの隣に座った。
一方のランスロットは立ったままで、グランに代わってゼヘクが対峙している。
「あれ?ランスロットさんは連続なんですか?」
「うん。俺とゼヘクとノイシュとエルモート。エルモートとは組手だけど。メノウをいじめたからだって俺が言ったら、三人が乗ってきた」
「ラ、ランスロットさん大変……。ふふ、メノウは愛されてますね」
「新入りさんの面倒を一番見てるの、多分メノウだからなあ。慕われるのも当然だな」
「私もメノウのこと大好きです!」
「俺も」
ルリアが、もちろんグランのことも大好きです!と付け足すと、グランは照れ臭そうに笑った。
うちの団長癒しだわ、と甲板にいる団員が和む。ルリアとビィに加えて、グランも騎空団の看板娘(息子)でありマスコットなのだ。
ゆるい空気の傍ら、ランスロットをゼヘクの猛攻が襲っていた。
「……生きてるか?」
ゼヘクは、船縁のそばで座り込んだ黒い頭に、新しいタオルをかけた。少しの間動く様子はなかったが、大きく息を吐くと汗をぬぐい始めた。
「はあ、さすがに、きっついな」
「だろうな」
ランスロットは力なく笑って船縁にもたれる。汗で張り付いた髪をかきあげて、冷えた空気吸い込んだ。
休憩を挟んだとはいえ、グラン、ゼヘク、ノイシュ、エルモートとの手合わせは、予想通りの消耗様だった。
ランスロットは、実戦外では久々の疲労具合がいっそ爽快だった。
騎士団でランスロットと実力が拮抗している騎士は皆無、さらに連続で手合わせする機会などない。せいぜい部下の指導くらいだ。
「ああ、だが、良いものだな。まだまだ強くなれそうだ」
「……おかしいな。メノウの仇討ちだったはずなんだが」
「大事な仲間をいじめるものか」
「ふ。それは冗談だとしても……思うところがあるのは確かだな。グランはともかくとして」
ランスロットはゼヘクを見上げた。右目は包帯で隠されているが、左目はどこかをまっすぐ見据えている。
ランスロットは四人との対戦を思い出しながら、ゼヘクに問いかけようとして止めた。
甲板の一角に、ジャスミンの手伝いをしていたアンナとメノウとイオが休憩に出ている。器用だったり薬草の心得がある団員が、交代でジャスミンを手伝っているのだ。
三人の周りには、先ほどから赤や黒の炎や氷の結晶が現れている。
ゼヘクはへばった騎士団長を一瞥して、小さな声で言う。
「別に、如何しようと言うわけではないが。……正直、くそ羨ましいぞ。あの避けられ様は気の毒にも思えたが」
「……嫌われていると思っていた。分かるものなのか?」
「見ようによっては、だろう。なんだ、ランスロットは気づいていたのか」
「そうだな……?」
ランスロットは濁しつつ頷いた。本人から熱烈な告白を受けたからしっているのだが、それを言えば再戦を望まれそうな気がした。
「……ランスロットがどうするか、口を出すつもりはない」
「……」
「あと、ルリアが呼んでいた。時間が空いた時にでも声をかけて欲しいと」
「分かった」
ランスロットは重い腰を上げた。無意識に視線をやった先で、魔導師三人は相変わらず魔力で遊んでいるようだった。
ゼヘクはランスロットを見送り、船縁から空を眺めた。外れた包帯の片端が風で泳ぐ。
膨大な魔力に侵されているゼヘクの体は、至る所に包帯が巻いてある。受け止めきれない魔力は着実に体を蝕んでいる上、魔力が溢れ出すこともある。それ故に人との関わりを避け、入団当初は引きこもりがちだった。
一人になろうとするゼヘクを引っ張り出してくれたのは、メノウだ。
メノウに構われ過ぎた結果、グランには「お前そんなに喋るタイプだったっけ?」と言われたりもした。メノウは同じ闇属性のゼヘクに相当テンションが上がっていたらしく、他の団員の加入時に比べても、ゼヘクと話すことが多かったのだ。
ゼヘクは、騎空団に居場所を作ってくれたグランや共に戦う仲間に感謝するのはもちろんこと、メノウに対して特別な情を向けるのは自然な流れのようにも思っていた。
侵された体が醜い、と自嘲すれば、ゼヘクの魅力はかわらない、と包帯を巻かれた。
魔力で仲間を傷付けるわけには行かない、と言えば、グランサイファーを傷付けないなら大丈夫、とウインクされた。
親しくなるほどフォローが冗談めいてくるが、それだけゼヘクを信用しているのだ。
「贅沢を言うものじゃないな……」
メノウからの親愛にほんの少しの物足りなさはあるが、今の関係を気に入っているのも本当だった。
部屋に戻ったランスロットは、シャワーで汗を流してからルリアとカタリナの部屋に向かった。
ノックしても返事がなかったので、食堂に移動するが、そこにもいない。あとは操縦室かグランの所か、とあたりをつけるが、ふとジャスミンの部屋に向かってみる。果たして予想は的中し、ルリアはジャスミンを手伝っているようだった。
ランスロットが声をかけると、ルリアが作業を抜けてくる。休憩中のアンナたちが戻ってくるから構わない、とのことだった。
ランスロットは、後で自分も手伝うと告げて、再びルリアの部屋に向かった。
「強い解毒薬一つよりたくさんあったほうが良いみたいで、わたしはその梱包を手伝ってました!」
「ルリアは働き者だな」
「えへへ」
ルリアはカタリナと同室だが、カタリナはまだ甲板に出ているようで無人だ。ルリアはランスロットを部屋に招くと――ランスロットには抵抗があったのだが、ルリアが無邪気に首をかしげる――アルバムを取り出して「じゃーん」と自慢気に開いた。
「この前の、歓迎会の写真ですよ!新しいアルバム買ってなくて、遅くなっちゃいました」
「すごく立派だな……」
「はい!騎空団の記録ですから!ランスロットさんの歓迎会はここからで、ここはクムユさん、こっちはアルシャさんの歓迎会です」
ランスロットが連戦している間に、クムユとアルシャには見せてあったようだ。ランスロットはルリアに促されるまま、椅子に腰を下ろした。
アルバムをめくると、歓迎会が昨日のことのように思い起こされる。
ランスロットの写真ばかりではなく、他の団員も多く写っている。この時はああだったこうだったとルリアと話しながら、クムユやアルシャの歓迎会の写真も眺めた。
すると新団員と共にメノウが写っている写真が明らかに多く、思わず苦笑した。
ランスロットは、自身の歓迎会の写真のうち一枚をルリアに注文する。
「分かりました!またお渡ししますね」
「ありがとう、ルリア。この写真記録は、時系列でルリアが管理しているんだよな」
「はい!あの棚にあるのがそうです。すっかり増えました。あ、見たいですか?」
「是非」
ルリアは一番初めのアルバムを出した。団員に何度も貸し出されたアルバムは、角が少し痛んでいた。
ルリアは、ランスロットの知らないことばかりだから沢山話さなければ、と妙な使命感に燃える。
騎空団写真記録の最初は、きょとんとするルリアから始まる。
「グランが撮ってくれたんです。こうやって使うんだぞって。しばらく試し撮りみたいになってて、今見るととても下手くそなんですけど」
「ははは、いいじゃないか。これも大事な思い出だろう?」
「はい!」
カメラを持った時期がグランサイファーを手に入れたのと同時で、グランサイファーの整備や掃除をする姿が多い。グラン、ビィ、カタリナ、アンナ、キハール、ラカムだ。時折ルリアが写るのは、グランが撮影しているためだ。
甲板で撮った写真にはルリアも入って全員が写っているが、今よりも甲板が広く見える。
時間が進むと、そこにロザミアが混ざる。グランに腕を引かれているロザミアは明らかに表情がかたい。控えめなピースが困惑を物語っていた。
ロザミアの後にはメノウの姿が見られる。恥ずかしそうなアンナと、やや慣れたらしいロザミアに挟まれて、満面の笑みを浮かべている。
続いてはイオ、ヘルナルが加入した。イオのほうが少し先だ。ヘルナルがイオを抱えて回っているらしい写真は微笑ましいものがある。
「グランが古参って言うのは、ヘルナルさんまでですね。今みたいな歓迎会をしていないんです」
「えーっと……オイゲンからか?」
「はい。お金が安定してきた時です!」
「大変だったんだな……」
アルバムを出し入れし、時間を進めていく。今騎空艇にない仲間の姿もあり、ルリアは興奮気味でその時々の出来事を話した。入団時に星晶獣絡みの騒ぎがあると、慌ただしい写真もみられる。
ラウンジのソファで、メノウとゼヘクが横になっている写真があった。毛布をかけるノイシュがうつりこんでいる。横になっている二人は、怪我こそないが疲労困憊の様子で、武装をといてもいなかった。
「これはゼヘクさんが正式入団する前です。相手にしていた星晶獣が光属性で、あ、マギのことです。今は力を貸してくれていますが、この時は戦っていて……」
「それで闇属性がくたびれているのか」
「はい。他のメンバーは交代で出たりしていたんですけど、闇属性は代わりがいなくって、二人はずっとでした。これは部屋に帰る前に力尽きてしまった時の写真ですね」
更に時間を進め、ランスロット加入に近づく。スカル歓迎会前のページでは、エルーンの男の腕を掴んでピースするメノウと、その男の後ろ姿があった。
「彼はユーステスさん。カメラを向けると逃げちゃいます」
「ああ、彼が噂の」
「噂の?」
「無愛想なエルーンが一時期乗っていた、と聞いていてな。はは、なるほど、メノウとグランが邪険にされている」
「ふふ、ユーステスさん、本当はすごく仲間思いなんですよ。グランが、絶対いつか騎空団に入ってもらうって言ってました」
「ロックオンしてるのか」
その後はスカルの歓迎会があり、ランスロット加入となる。ランスロットは自分の歓迎会の写真を改めて流し見た。
メノウの姿はほとんどなく、写り込む程度である。ルリアは気にしていないようなのであえて口にはしないが。
一通りアルバムを見ると、いつの間にやら時間が経っていた。
ランスロットはルリアに、長時間付き合わせたことを謝罪する。ルリアは思い出話を思う存分出来て満足だったので、むしろ喋りすぎたと謝った。
メノウはジャスミンの部屋で、加工した薬草を測って小分けにしていた。他のメンバーは夕食に行っており、メノウ一人である。
メノウももちろん夕食をとるが、昼食が遅い時間だったので空腹感もなく、キリのいいところまで進めてしまえと夕食を後回しにしたのだ。本日最後の梱包作業で、これが終われば今日分のノルマは達成される。
測り終わって梱包作業に移っていると、扉がノックされる。
メノウからは扉も全く見えないがマリーだろう。マリーは「包むくらいなら手伝えるから、さっさと御飯食べてくる!」と宣言していたのだ。
メノウは入室を促し、薬草を息で飛ばさないように話しかけた。
「さっきの話の続きだけど。私が胸ないのは認める。まな板じゃないよ、貧乳ではあるけど。でもさ、ちょっと考えてみたんだ。私が貧乳なのは全体がペラいからであって、もうちょっと肉付きが良くなったら見栄え良くなると思うのよ。そりゃあマリーみたいな魅惑の谷間は難しいけど」
メノウは笑いながら振り返る――――そして凍りついた。
部屋に入ってきたのはマリーではないどころか、ランスロットだったのである。
突然女子トークを振られたランスロットも凍りついていた。
メノウは真顔になり、すっくと立ち上がる。作業台から空の薬研を持ってランスロットの前に立ち、静かに振りかぶった。
「――待て待て待て!」
「殴って記憶消さなきゃ……」
「何も!聞いてないから!」
「大丈夫、痛いのは一瞬」
「落ち着けメノウ!」
ランスロットに名を呼ばれて、メノウが反応しない訳がない。メノウは耳を伏せると、薬研を丁寧に机に戻してからうずくまった。
「穴掘って埋まりたい……」
「ま、まあまあ」
「そういえばジャスミンが言ってたわ……手伝いにくるかもって……」
「そ、そうか!何か出来ることはあるか?あまり器用な方ではないんだが」
メノウはうずくまったまま、深呼吸して平常心を取り繕う。ランスロットが器用な方ではない、という何でもない情報にさえ叫びたいくらいには拗らせていた。必死の思いで気持ちを鎮め、姿を見ないように立ち上がる。
メノウは先ほどまで作業していた区画を示し、突きつけるように薬の仕分けリストを渡す。
「あれ、私が包んでいくから。もう包んである薬と合わせて、この通りに分けてくれますか。袋はこれ、包んであるのはここ、出来たらこっちに並べてもらえれば十分です」
「ああ、承知した」
二人は比較的近い位置で作業をすることになるが、メノウは手元だけをみて平常を保つことにした。
リストを受け取ったランスロットは、言われた通りに手を動かす。メノウはあえて作業に没頭しているように見え、困った顔で頬をかいた。むしろ好かれているんだよな?と自問してしまう。
このままでは気まずい、と二人の心境が一致する。先に口を開いたのはランスロットだった。
「なあメノウ。このリストにメノウがいたという村の名前があるが、薬の数が圧倒的に少なくないか?」
「元々注文先になくて、私が頼んで入れてもらったんだけど……村にいる私の母が薬草士で、宮殿に出入りしてたくらいは腕がいいんだよ。だから、そんなにいらないだろうと思って」
「立派な母君なのだな……。メノウが薬草を扱えるのも?」
「お手伝いと見分けがつく程度だよ。本格的な調合とか加工はからっきし」
薬が基本的に現金と引き換えなのに、既に支払済となっているのはそのためだ。メノウのポケットマネーである。
ランスロットは淀みない返答に驚いた。どうやら、ランスロットがそばにいない、ランスロットを見ていない状態でのコミュニケーションはスムーズらしい。
俺好かれてるんだよな?と再び切なくもなるが、以前のような最低限の素っ気ない応答より遥かに言葉は多い。
ランスロットは、一向に顔を上げる様子のない――ランスロットを一瞥する気配すらない――メノウに対して、純粋な疑問を口にした。
「……メノウは何故そこまで俺を、慕ってくれるんだ?」
「え…………」
「以前に会ったことがある、という訳でもないだろう」
ランスロットは騎士団第一で、鍛錬と勉強で構成された日々を送ってきたが、女性経験が皆無なわけではない。告白してきた女性も少なくない。
彼女らはランスロットの目に留まろうと着飾ったり、接点を作ってきたり、イベントを利用したり、とランスロットに近付くために動いていた。
対して、メノウはランスロットから逃げている。緊張するから、という理由は理解できる。今まで出会った女性よりも、恋愛に不慣れなのか。あるいは、彼女らよりも遥かに自分のことを好いているのか。そうだとしたら、何故か。
ランスロットは、歓迎会の時からメノウに避けられていたのだ。初対面でそこまで想ったのは、どうしてなのか。
真面目な性分のせいか、疑問を放置するのは据わりが悪いのだ。メノウをからかうつもりはなく真剣だった。
「……外見で、綺麗な人だと思った。立ち姿も声も、自分でも訳わからないくらいタイプで。そんな人が"白竜騎士団団長の"って言ったから」
「うん?」
「ちゃんと背負うもの背負ってるってことが、たまらなく格好良いんだよ。見た目がタイプで心持ちが格好良くて、強くて、けどそれを驕らないし、真面目で、いつの間にか全部ひっくるめて好きになってた。朝が苦手とか甘いものが好きとかイベント好きとか、耳にする度にはまっていくし。なんでこんなに好きになったのかは自分でも分からない所あるけども、」
「ストップ」
開き直って語っていたメノウは、制止されて口を閉じる。ドコドコとうるさい心臓を自覚しながら、気持ち悪がられただろうかと横目でランスロットをうかがった。
ランスロットの白い肌は赤く色づいている。メノウは自分の赤面は棚に上げ、思わずまじまじとランスロットを見た。
「……なんで顔赤いんですか」
「うつった……」
「ああなるほど」
「あと、さすがに照れるな」
ランスロットは視線を逸らして力なく笑う。直球の好意は、思いの外攻撃力が高かった。ただの褒め言葉ではなく恋慕があると知っているから、余計に響くのかもしれなかった。
メノウは、両手で顔を覆って天を仰いだ。
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