scene6 ためる


 大仕事前の最後のミーティングで、グランは三人の男を紹介した。
 グランサイファーはすでに空の上で、依頼が星晶獣絡みとなれば歓迎会も出来ない。歓迎会はこの仕事が片付いてからするぞ、と宣言した。
 星晶獣の事件を前にして三人も勧誘するほど、グランは呑気ではない。彼らはグランが勧誘したのではなく、荷卸しと薬草調達のために降りた島で、料理店に立ち寄ったカタリナ(キャタリナ)に一目惚れして、グランサイファーまで追ってきたのだ。
 アホ丸出しの軽いノリな三人は、人によっては顔をしかめられるだろうが、個性の殴り合いが起こっている騎空団では比較的暖かく迎えられた。彼らが挨拶でもカタリナへアピールしていた、ということも大きい。
 三人のうち、メインはローアインという。二人は、ローアインの付き添いだと自ら言っている。
 それはありなのかと全団員が思ったが、非常に腕の良い料理人ということで採用されたのだった。
 面白いから、というグランの独り言を拾ったのは誰もいなかった。

「ローアインは戦闘にも出られるみたいだからそのうち出てもらおうと思ってる。で!喜べ、メノウ!ゼヘク!ローアインの魔力は闇属性だ!」

 不意打ちの名指しに姿勢を正していた二人は、テーブルに手をついて立ち上がった。「俺、超歓迎されてる感じ?」ローアインがわざとらしく頭をかく。
 ローアインとしては冗談のつもりだったのだが、メノウとゼヘクにとっては死活問題なのだ。
 打ち合わせたようにローアインへ駆け寄ると、ゼヘクは肩を叩き、メノウは手を取った。
 ローアインは温度差を感じ取り、半歩後ずさる。

「俺はゼヘク。良く、来てくれた……!ここにいればすぐに強くなれるだろう」
「わたしメノウです。ありがとうございます、三人目の闇属性……!分からない事があったらなんでも聞いて!カタリナのスリーサイズ以外なら答えるから!」
「まじでまじで?キャタリナさんのプロフィール入手出来ちゃう的な?」
「的な!!」
「はい、ではミーティングはじめまーす」

 カタリナは慣れない状況におろおろと両手を動かすが、グランのあえて空気を読まない一声で、闇属性パーティーの親睦は中断された。
 ゼヘクとメノウはそれぞれローアインと固い握手を交わし、静かに抱き合った。
 二人はとても切実だった。たとえローアインが戦闘に前向きでなくとも、カタリナしか眼中になくとも、闇属性の魔法を扱えるというだけで対光の負担は軽減される。
 無言で通じ合った二人は、何事もなかったかのように席に戻った。
 小さく笑いながらその様子を見ていたノイシュは、隣に座るランスロットに向けて呟く。

「……複雑そうに見えるが?」
「否定はしない」

 ランスロットは苦笑して肩をすくめた。





「挨拶で嘘をつくことだけは、絶対してはいけない。事情があるなら、耳元で言えばいい。偽名が一番ダメかな、下手したら即死する」

 調査班は、グラン、ビィ、ルリア、メノウの他、水属性よりカタリナとランスロット、火属性よりアレク、土属性よりボレミア、風属性よりキハール、光属性よりノイシュ、の計九人と一匹に決まった。
 国に着くと、まず聖堂へ向かうことになっていた。騎空団は本来挨拶する必要はないが、状況の異常さから、挨拶しておくべきだと判断したのだった。
 先に薬班が向かい、入れ違いで調査班が騎空艇を出た。
 街に活気は無く、重苦しい空気で満ちている。店は閉まっているところが多く、開いていても、店員はどこか気だるそうだ。
 調査班はメノウの先導で、岬の一番近くにある聖堂に向かう。聖堂近くになると人が増え、顔色の悪い国民が列を成していた。グランたちもそこに並び、思いの外小さな聖堂を見る。

「何があるって訳じゃないから、あのサイズで十分なんだよ。中心部にある聖堂はもうちょっと大きいけどね」
「すごい人だなあ。挨拶って、二回でいいんじゃなかったのか?」
「本来はね。だけど状況が状況だから、こういうことにもなる」

 聖堂内は、街のように居心地の悪い空気ではなく澄んでおり、グランたちは知らず詰めていた息を吐いた。
 聖堂には石像が一つあるだけで、その石像の前で、人々は膝を折ってなにやら話している。

「あれが、星晶獣バジリスクの石像。別にひざまづく必要はないよ、挨拶だから」

 石像は高さが八〇センチほどあり、台座に大人しく座っている。人型の星昌獣も存在するが、バジリスクは獣だった。
 大きな牙と鋭い爪を持ち、長いしっぽが曲線を描いている。鱗が体を覆っており、獣であると同時に、ドラゴンを彷彿とさせた。
 石像は参列者を見据えて微動だにしない。
 順番が回ってくると、お手本としてメノウが進み出る。石像の前で一礼して、いつも通りの声音で話しかけた。

「お久しぶりです、メノウです。様子がおかしいっていうので戻ってきたよ」

 ルリアはその時、オォン、と微かに鳴き声が聞こえたような気がした。
 フレンドリーな様子にグランたちは冷や汗をかいた。他の住民は膝を折って、とても丁寧に話していたのだ。
 どちらが正しいのかと困惑するが、メノウが「大丈夫大丈夫」とゴーサインを出すので、グランから石像の前に立つ。
 グラン、ビィに続いてルリアが立つ。ルリアは、この石像は確かに星晶獣に続いていると感じ取った。ほんの微かだが、星晶獣の力を感じる。

「は、はじめまして、ルリアです。えっと、よろしくお願いします」

 星晶獣の力に通ずるルリアだからか、また微かに鳴き声が聞こえる。並ぶ住民やグランを見るに、聞こえるべき声ではないのだろう。
 ルリアは、外に出たら報告しよう、と出口で待つメノウとグランとビィのもとへ移動する。
 ルリアはふとメノウを見た。聖堂内でおそらく最も緊張感をもたないメノウは、背伸びをして団員を待っていた。




 グラン、ビィ、ルリア、カタリナ、キハールは、この国を訪れるのは二度目だ。景色を見て懐かしさは覚えないが、思い出話に花が咲いていた。
 目的の村は遠く、上手くいっても到着は夜になると思われた。進路上に薬の注文先があれば配達も行う。メノウが魔物の少ない場所を選んでいることもあり、道中は稀に見る穏やかさだった。
 人の気配は少なく閑散としている上、見かける人も顔色が悪いという状態ではあったが、剣を振るうようなことはなかった。

「なんか依頼があって来たんだよな。星晶獣のことなんて全然聞かなかったし、普通の依頼か」
「んで、魔物の討伐依頼が急遽入っったんだ。それが村の近くだったはずだぜ」
「討伐は終わったんですけど、道に迷っちゃったんですよね。そこで、湖を見に来てたっていうメノウに会ったんです!」

 グラン、ビィ、ルリアがそうだったと頷きながら話す。カタリナとキハールも、当時少なかった騎空団の話で盛り上がる。
 見合い云々の話を振られまいと話に入らないメノウは、話に入れないアレクと並んで歩いていた。

「なあなあ。バジリスクって、悪い星晶獣なのか?皆に毒を与えてるんだろ」

 ひねりのない問いかけに、メノウは思わず少し笑う。

「ううん、普段はおとなしいんだよ。バジリスクのおかげで平和な面もあるし……バジリスクを慕ってるというより、恐れているのは事実だけど。バジリスクは、国全体から声を聞いている代わりに、毒の力っていうの?基本的に弱いんだよ。少人数に対しては猛毒になるけど、大人数に対しては軽度で魔法とか薬での回復も早い。今は後者な訳だけど、大人数が全国民っていう規模になると、毒っていうほど害せないはずなんだわ」
「つまりバジリスクがなんかおかしいってことか?」
「はは、うん。バジリスクが悪いとかじゃなくて、なにかがそうさせてるんだと思ってる」
「その何かに、フロック家が関わっているかもしれない、ということだな」

 ノイシュが口を挟む。メノウは頷いて肯定した。
 ノイシュたちだけでなく、貴族と星晶獣については団員に知らされている。最悪貴族と争うことになりかねないが、行く先々でならず者を蹴散らし、逆恨みされたり、そもそも帝国軍に追われたりしている騎空団だからか、団員反応は薄かった。むしろやってやる、という血の気の多さである。
 何度か休憩を取り、荷馬車に乗せてもらって時間を短縮しつつ、日が傾いた時間帯に村近くの森に入った。
 以前、グランたちが迷子になった森である。大きな湖に沿っていけば村まで早い。

「船がつけてあれば、湖渡っていくのが早いんだけど。この人数は無理な気がする」

 薄暗い森の中を進む。森に入る前にどこかで一泊する案も出ていたのだが、位置関係的に遠回りになる上営業している宿が少ないために断念していた。
 現地出身のガイドがいるので、スムーズに移動できるだろうと判断したこともある。
 騎士であるカタリナやボレミア、ランスロットやノイシュはもちろん、他のメンバーも慣れた様子で森を進む。
 暗いために歩きにくさはあるが、足場の悪さに戸惑うことはない。疲れが出てきて口数は減っていたが。
 ようやく湖が見えたとき、メノウとキハールが歩みを制した。耳を忙しなく動かす二人に、自然とグランたちも身構える。
 茂みが一際大きく揺れたかと思うと、青年が転がり出てきた。

「た、助けてください!道に迷っていたら、魔物が!」

 青年は来た方向を指差して訴える。まだ魔物の姿は見えないが、完全に陽が落ちてから奇襲されては危険だ。グランは迷わず走り出し、他もそれに続く――――が、悲鳴が上がったのはグランの背後からだった。
 狼狽していた青年が、なぜかルリアを捕まえて首にナイフをあてている。
 グランは一瞬呆けたが、この青年に嵌められたと分かると剣を抜いた。

「おっかない、動かないでくださいよ」
「グラン……カタリナ……!」

 今にも斬りかかりそうなグランとカタリナを、ノイシュとキハールが制する。

「あんなやつより俺たちの方が強いだろう!」
「俺たちが斬りかかるより、首のナイフが動く方が早い」
「ルリアを殺すような真似を帝国軍がするはずはない、から――――?」

 カタリナは、青年の目的がルリアではないことに気付いた。
 いつも襲われるときは、ルリアを狙った帝国軍関係者であることが多く、怪我をさせても殺そうとはしない。目的がルリアの捕縛だからだ。
 だがこの青年は、躊躇いもせずルリアの首に刃物をあてている。この国が帝国の影響下にないことからも、帝国軍に関係ない者の可能性が高い。

「あの男にとって、ルリアは目的ではなく俺たちへの脅しだ。ルリアを害したところで、何も損をせんのだろう」

 ランスロットが言うと、青年は純粋に驚いたようだった。ルリアを捕らえる力は緩めず、感嘆の声を漏らす。

「話が早くて助かります。しかし驚きました、貴方、確かフェードラッヘの騎士団長様では?この騎空団の戦力は予想以上ですね……奇襲などという真似をせずに良かった。ああ、俺が一人だからと侮らないでくださいよ。今、この森には俺の仲間が続々と集まっていますから」
「……確かに、複数の気配が近づいているのである。初めから大人数で仕掛ければ、気付かれると思ったのだろう」
「そう。かなり危ない橋だったけど、お人好しばかりで助かりました」

 グランとカタリナは、苦い顔で剣を収める。体を強張らせたルリアが痛々しい。
 ビィが、怒りを抑えきれないとばかりに叫んだ。

「くっそぅ!腹がたつぜ!お前の目的ってのはなんなんだよ!」
「そちらにいらっしゃる、大罪人を引き渡していただきたい」
「た、たいざいにん?てめえ、人違いじゃねーのか?グランの騎空団に犯罪者なんていねーぞ!」

 ビィは羽を羽ばたかせ、小さい体を目一杯使って反論する。グランや騎空団をバカにしたような物言いが頭にくるのだ。
 睨んで威嚇するも、青年は自分が間違っているなどと思っていないらしく、ビィの言葉に反論さえしなかった。
 グランは青年の言葉の意味をさらに問いただそうとするが、それより先に、メノウが青年の前に進み出る。止めようとするも、ただならぬ様子――普段のメノウとはかけ離れた刺々しい空気に、手を伸ばすことを躊躇った。

「遅かったな?」
「それはすみません。武器を置いて、こちらに来て下さい」
「ルリアの解放は?」
「あなたがこちらへ来れば解放すると、俺の名に誓いましょう。後ろの方はそのまま動かないでくださいね。この青い少女と違って殺すわけには行きませんが、逆に言えば、生きてさえいれば支障はありませんので」
「わかった」
「おい待て勝手に進めないでメノウ!」

 メノウが弓を外し始め、グランは慌ててメノウを引き寄せた。青年にはタイムを要求し、メノウを輪の中へ連れ戻す。
 ビィがメノウの頭に座った。

「なんなの?痛い目にあうって宣言されてるんだぞ?そもそもなんでメノウが大罪人なんだよ」
「その辺りちゃんと話してなかったのは申し訳ないけど、私は覚悟の上なので。グランたちはこのまま、ルリアと一緒に予定通りに動いてくれればいいよ」
「すんなり送り出せるわけないだろ。ルリアもメノウも渡さない。あいつらまとめて倒しちゃえば問題ない」
「グランのそういう脳筋なところ結構好きだけど、戦う姿勢をとった段階でルリアが殺される」

 メノウは言いながら、ルリアを捉える青年を見る。青年は二度頷いて肯定していた。

「この子が死んで、俺が殺されるだけ。あとは、そうだなあ……」

 ルリアが失われれば、ルリアと命を共有しているグランも死ぬ可能性が高いわけだが、それを一々訂正することもない。

「ここにいない騎空団の仲間を人質にして、あなたの身柄を要求するだけですね。それとも――――この湖を"人質"にするのが、いいかもしれません」

 青年が言うと同時、静電気のような黒い光が弾けた。メノウからただよう明らかな怒気に、ビィがこわごわメノウの頭を叩く。
 静電気はすぐにおさまったが、メノウの表情は険しかった。対して青年は「カマかけのつもりだったのですが」と笑んでいる。
 グランは迷いのないメノウの目を見て、唇を噛んだ。
 青年がルリアをかえりみない以上、一向に動けない。
 グランは剣を抜くのをこらえ、大きく息を吐いた。

「絶対に、助けに行くからな」
「おう、待ってる」

 メノウの弓が、ランスロットに差し出される。持ち方を聞いていたランスロットは、軽くそれを受け取った。メノウは珍しくランスロットを見ており、よろしく、と申し訳なさそうに笑っていた。
 続いてメノウは片耳のピアスを外すと、ビィに渡した。そのピアスの意味は分からないが、大事なものであるのだろうと、ビィはそうっと受け取った。

「預かるだけだ。必ず返す」
「おいらが失くさないうちに、迎えに行くからな」
「二人ともありがとう、お願いします」
「では、行きましょう。話のわかる方ばかりで嬉しいです」

 メノウが青年の元へ歩み寄ると、青年はメノウの腕を掴んでからルリアを解放した。
 ルリアが泣きそうな顔でメノウを見るので、メノウは安心させるように笑いかける。ルリアが青年から離れると、青年は満足げにメノウの腕を引いた。
 ここで追いかければ、と誰もが思う。しかしそれは見越されており、集まってきた青年の仲間がグランたちを囲んだ。
 グランの行く手を阻むと同時、あわよくば戦力を削ごうと言うのだろう、殺気が隠せていない。
 グランを始めとして各々武器を構えた。ランスロットはメノウの弓をルリアに預け、双剣を抜く。
 いわく脳筋疑惑のあるグランが、夜の森で叫んだ。

「八つ当たりさせてもらいただきます!!」




 見慣れぬ鎧の者達を蹴散らし、八人と一匹は湖に沿って歩く。皆どこか不安そうな面持ちで、メノウの身を案じていた。

「メノウは、予定通りにって言った。村には、様子を見る以外にも何か目的があったんじゃないかと思うんだ」

 ずんずんと先を行くとグランは、拗ねたように唇を尖らせていた。ビィがなだめるが、ビィも消沈してしまって元気がない。預けられたピアスを大事に持っていた。
 一番ショックを受けているであろうルリアは、メノウを心配する言葉は発しても、自分を責めたりはしなかった。メノウの望むところではないと分かっていたのだ。厳しい表情のカタリナと手を繋いでグランに続く。
 苛々としたアレク、ふがいないと無力さを嘆いたボレミア、冷静さを保ちつつも怒気を滲ませるキハールに、ノイシュとランスロットが続いて歩く。
 ランスロットはどちらかといえば猪突猛進で、周りのことが見えなくなりがちだ。比較的冷静に弓を受け取れたのは、ランスロット以上にグランやカタリナが怒りをあらわにしていたからだろう。

「正しいかどうかは別として、最善であったとは思う」
「そうだな。あの男の接触を待っていたような口ぶりだった。覚悟している、とも言っていた」
「バジリスクの暴走に関係があるのかも分からないが、メノウは大罪人と呼ばれることも狙われることも、予測していたのだろう」

 ノイシュとランスロットが静かに言葉を交わす。メノウの心配をしていないような、自業自得とも言いたげな口ぶりに、耳聡く会話を拾ったグランが振り返る。
 そういう言い方は止めてよ、と軽くたしなめるつもりだったのだが、二人の表情を見て口を閉じた。
 思わず冷静さを取り戻したグランは、身震いして歩みを早めた。


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