scene7 弱体耐性DOWN


 村に着いたのは、陽がすっかり落ちた頃だった。家を訪ねるのには些か非常識な時間だが、グランは記憶を頼りに、ある一家の扉を叩いた。
 暮らしているのは妙齢の女性で、メノウの母親・サフである。彼女はグランを覚えており、驚きながらも快く家にあげてくれた。
 少ない椅子にはグラン、ルリア、アレクが座った。メノウがいないと気付いたサフは、神妙な面持ちでグランの対面に座った。
 グランが、星晶獣の異変を受けて島におりたことと、村を目指す途中でメノウがさらわれたことを話す。青年とのやりとりも伝え、何か怪我をしている可能性が高いことまで全て話した。
 罵倒も覚悟して、メンバーはサフを見つめる。ルリアなどすでに涙目だった。
 サフの言動に注意が集まる。しかし当のサフは大きく息を吐いて、笑みすら浮かべたのだった。

「もー。弓とピアス(そんなもの)持ってくるから、なにか取り返しのつかないことになったのかと思ったわ。よかった、生きてるのね。おばさんの心臓に悪いわよー」
「メノウが心配じゃないんですか……?」
「ルリアちゃん泣かないで。もちろん心配よ、たった一人の娘だもの。でも、あなた達が助けに行ってくれるんでしょ?これ以上心強いことはないわ」

 未成年三人が目元をぬぐう。絶対助けるから安心しろよ!と言うビィの声も震えていた。
 大まかな事情を把握したサフは、飲み物を入れるために腰をあげる。メノウが死んだのではと思い、もてなす余裕がなかったのだ。
 疲れただろうと、カップとグラスで合計十杯のお茶を用意する。
 サフと初対面になるアレク、ボレミア、ランスロット、ノイシュは、己のペースを崩さないサフに、メノウの母親であることを納得していた。
 飲み物を配ったサフが、今日は休んで明日話すのはどうかと提案する。グランたちは疲れているのも確かだが、このまま眠れる気はしない。
 サフさえよければ、と情報を求めた。

「メノウがさらわれたことについて、心当たりは?」

 グランが尋ねるとサフはあっさり頷いた。

「フロックの家の者でしょう。バジリスクを掌握するのには、メノウを使うのが手っ取り早いから」
「フロックって貴族の……あ、やっぱりバジリスクとメノウは関係あるんだ?」
「関係あるもなにも、あの子はジェルマイアの直系だもの」
「えっ……え?お、お嬢様……?」
「そうねえご令嬢ねえ。他国の貴族に許嫁がいたくらいだもの」
「わあ」

 騎空士に衝撃が走った。お前一番大事なこと言ってないじゃないか、と心の中で責め立てる。
 空気の変わったグランたちに何か察したらしいサフは苦笑して、進んで事情を明かした。

「夫が亡くなってから、フロック家はやたらとバジリスクを気にしていてね。あっという間だったわ、追い詰められるのは。私とメノウはなんとか逃げ果せて、この村に来たの。……いいえ、ジェルマイア家を追うのではなく、メノウを追ってたのよ。フロック家はメノウの持つ資格が欲しいの。そしてあの時、あの子の近衛が亡くなったから、フロック家はメノウも死んだものと思ってたみたい。けれど生きていると気づいて、探していたんだと思うわ」

 メノウの持つ資格とは、一体何なのか。

「ジェルマイア家の当主は、バジリスクの"飼い主"として、バジリスクを言葉で縛ることが出来る。今はそれを、メノウが持ってる。……詳しいことは、今はメノウしか知らないわ。当主にのみ口授されるから、ごめんなさいね」

 ルリアはあっと声を上げた。
 聖堂でバジリスクの声が聞こえたのは、里帰りを喜んでいたというよりメノウの存在に反応したのだ。
 あの鳴き声は、メノウにも聞こえていたのだろう。

「フロック家は昔から野心家というか……王を、ええと、王を取り換えちゃいたいんだと思う。今の王の弟とフロックは仲良しなのよ。バジリスクの毒で死んだなら、王にはなにか良くない秘密があったと民衆は認識するもの。そうしようと魔力をバジリスクに送り込んだけれど、制御出来なくなって……。ジェルマイア家が没落してからかなり経つから、下準備も入念にしてたのね、きっと」
「そんな時に、のこのこメノウが現れちまったのか……。なんで言ってくれなかったんだ、水臭えじゃねえか」

 ビィが耳や羽を垂らしてしゅんとする。
 聞いていれば対策をとれたのだ。この国において、メノウがそれほど重要人物であるとは夢にも思わない。
 ビィの疑問にサフが同意する。あの子はなに考えてるのかしらね、と呆れたように呟きつつも、サフはメノウの考えにある程度予測がついていた。

「グラン君たちに、名前を呼ばないように言ったり、自分で顔を隠したりもしなかったんでしょう?メノウははじめから、捕まるつもりで国に来たんじゃないかしら。一人でフロック家と対峙するために。事情を話せば、優しいあなた達はメノウを一人でなんか行かせないでしょ」
「当然。仲間を危険にさらせない」

 グランが即答し、団員も頷く。明確な規律も罰則もない自由な騎空団だが、仲間同士の繋がりは強い。

「ふふ、だからよ。メノウはプライドが高いから……ジェルマイア家の直系として対峙するために、騎空団には明かさなかったんだわ」



 順番にバスルームを借り、女性陣はサフの寝室に、男性陣はメノウの寝室で休むことになった。サフが引っ張り出した毛布をかぶって、各々体を傷めない体勢で目を閉じる。
 夜中、ランスロットは不意に目を覚ました。ここはどこだと一瞬混乱したが、眠る団員の姿を見て思い出す。
 寝直そうとしても妙に目が冴え、癖のある髪をかく。休むべき時に休まなければならないが、ドアの隙間から光が漏れてきているのに気づき、そっと立ち上がった。
 ダイニングにサフの姿がある。何か、手紙を書いているらしい。

「……眠られないのですか?」
「あら、ランスロットさん。ごめんなさい、起こしたかしら」
「いえ、たまたま目が冴えてしまって。それは……?」
「メノウがここに来るよう言った意味を考えていて、これじゃないかと思ったの。何か飲む?あ、ココアがあるわ。甘いもの平気?」
「……いただきます」

 サフは手紙に封をしてから、キッチンへ向かう。
 ランスロットは宛名のないそれをちらりと眺めて、好奇心を抑え込んだ。
 思いも寄らない出来事と情報で忘れそうになるが、この村を訪れた目的ははっきりしていない。もし村に到着したときにメノウがいれば、おそらく詳細の情報は伏せられたままなので、サフから事情を聞くことが目的ではないはずなのだ。村の様子を見るというのも、優先順位としては低いだろう。
 この村を訪ねた本当の目的が、この手紙であるらしい。訪ねた側の一行は何も把握できていないが、サフはメノウの思惑をきちんと受け取ったのだろう。
 サフが、温かいココアをランスロットに渡す。

「気になるかしら?」
「教えてくださるのですか?」
「どうしようかしら、ふふ。でも心配しないで、大丈夫よ。あ、そういえばランスロットさん、白竜騎士団って黒竜騎士団の親戚かなにか?」

 あからさまに話題を逸らされたが、追求はしなかった。

「黒竜騎士団は、白竜騎士団の前身にあたります」
「あら。あれよね、フェードラッヘの」
「はい」
「あらあらあら!ご縁があるのかしら。以前、多分黒竜騎士団の方に助けていただいたの。彼がいなかったら、私もメノウも生きてはいなかったわ」
「メノウさんから、少し聞いています。そのような騎士がいるとは、団長として誇らしい」

 ランスロットは、当たり障りなければ、とサフに状況を問うた。

「本格的に危なくなって、隠れ里と言われるこの村を目指していたの。私と、メノウと、メノウ付だった騎士――シャルと三人ね。あの頃メノウは、弓の腕はあったけれど戦いの経験なんてないし、戦闘に関してはシャルに任せきり。……それで、道中、フロック家の私兵との戦いで大怪我をしたの。それでも休める場所なんてないから、薬を使いながら移動していたのだけど……持っていた薬草じゃ追いつかなくなったわ。村近くまでなんとかたどり着いたはいいけれど、彼、動けなくなってね。もう長くないと分かる状態だったわ。フロック家に見つかるような場所に放置したくもないし、けれど女二人では彼を抱えて移動できない。……そんな時に、黒竜の方がね。血相変えて飛んできて、救世主のようだったわ」

 サフはその時のことを鮮明に覚えていた。
 女二人では、鍛えている男を引きずって逃げることも出来ない。彼は置いて行かれることを望んだが、それは出来ないと、メノウは頑なに離れなかったのだ。
 幼い頃から一緒で、兄と慕っていた人だった。離れたくないのは当然だった。
 どうしたんだ、大丈夫か!?と幼さの残る騎士が駆けつけた時、サフは涙が出るほど嬉しかったのだ。対してメノウは警戒していたが、結果としては、その騎士のお陰で逃げ延びたのである。

「シャルは途中で息を引き取ったわ。助けてくれた騎士とは、あの湖の所で別れたの。単独行動も良くないでしょうし、もし一緒にいるところをフロック家の者に見られたら、彼も無事では済まないから。私たちは船で渡って……ずっと私たちを守ってくれたシャルには、あの湖に眠ってもらったの」
「そんなことが……」

 ランスロットが遠征に来ていた時期のはずだが、メノウらが過酷な環境にあったことや、フロック家の動向についても全く知らなかった。
 その黒竜騎士団の団員が知らせてくれればとも思うが、フロック家に知られるおそれがある。例の騎士も相当気に病んでいただろう。
 ランスロットが苦い表情をしていると、サフが遠くを見て息を吐く。その目はわずかに潤んでいた。

「メノウが捕まったって聞いて、不安も確かにあるけれど、貴方達がいたら大丈夫なんじゃないかって思うの。黒竜の彼のように。今回は団長さんがいらっしゃるんだもの」
「……白竜騎士団の誇りにかけて、彼女を助け出します。必ず」

 サフが脱力するように笑う。ランスロットは拳を握り、一人で敵地に臨んだメノウを思った。





 バジリスクの毒は累積する。軽度ならばまだしも、異常が出れば、魔法なり薬なりで即座に解毒するのが無難である。
 国にいる内は自然治癒することもない上、累積すればするほど、一度の魔法や薬では解毒出来なくなる。
 解毒したとしても、一日二日ですぐに付与される。薬が足りなくなるのも道理だ。
 メノウと離れ、毒を主とした弱体効果の耐性を失ったグラン一行は、朝一番で弱体効果無効の魔法をかけた。朝から感じていただるさが解消され、疲れが取れていないというだけではなかったのだと分かる。
 朝食を摂ってミーティングの後に出立するつもりだったのだが、サフの提案で一日村に留まることになった。
 なんでも、定期的に村へ訪れる商人の一行が明日到着するらしい。彼らとともに街へ出て、そこで目的地までの足を調達してもらったほうが早い、とのことだ。人々の状況が状況なため騎空団からの依頼も通りにくいが、その商人はこの土地では顔が広く融通も利くだろう、と。
 キハールとノイシュがサフの手伝いに、グランとルリアとビィが薬の配達に、残りは村の見回りに出る。言い方を変えれば、器用な者と不器用な者に分かれたのだった。見回りはカタリナとランスロット、アレクとボレミアに分かれた。対魔物の警邏というより、本調子ではない村人の力になれることがあれば、と思ってのことだった。
 ランスロットとカタリナの水属性コンビは――この辺りに魔物は少ない上比較的弱いため、属性のバランスではなく戦闘スタイルで分けた結果である――家々や畑を眺めながら、のんびりとした足取りで歩いていた。
 隠れ里と称される通り、街から離れ、周囲は森――グラン一行は南側から来たが、おざなりに整備された道があるのは北側――に囲まれている。こじんまりとしているが家の数は多く、過疎状態ではない。

「旅の人?」

 そう声をかけてきたのは、初老の男性だった。畑の草むしりをしており、土を払いながら立ち上がる。無愛想なのは疲れているのか、毒が残っているのか。またはよそ者を嫌うのか。

「騎空士です。一日滞在させていただくので、何か力になれることがあればと」

 そうカタリナが答えた。男性は眉を寄せて深いシワを刻んだが、一転、久しぶりに顔を合わせた親戚のように親しげな笑みを浮かべた。

「こんなとこにくる騎空団っていやあ、メノウちゃんのとこかい?メノウちゃん戻ってんのか!」
「あ、いえ、メノウは別のところに。ここには来ていないんです」
「そうなのか……。騎空士さんってのも忙しいねえ」

 メノウが騎空団に所属して数年経つが、メノウは里帰りをしていない。寂しく思っているのはサフだけではなかった。街に比べて若者が少ないこの村では、メノウはみんなの娘状態なのだ。
 男性は肩を落とすが、荷運びを二人に頼むくらいにはちゃっかりしていた。普段ともに作業をする者が、体調を崩しているのだ。毒も相まって寝込んでいるとのことだ。
 一人で運ぶには何往復か必要な重い荷物を、ランスロットがひょいと持ち上げた。男性は、若いねえ若いねえと大きな声を上げる。
 男性について荷物を運ぶ。大きなものはランスロット、軽いものをカタリナが持っていた。
 男性は久々に身が軽いとご機嫌である。

「ランスロット、途中で代わろう」
「構わないよ。近いようだし、女性に荷物を持たせるのはな」
「……紳士だな君は」

 というやり取りもあった。
 カタリナが、メノウがいたら絶叫ものだな、と思ったことをランスロットは知らない。メノウは日常的に心の中で絶叫していることを、カタリナは知らなかった。
 男性の家に到着したと同時、隣家からエルーン族の青年が現れる。商店らしく、小さな看板が出て、一部の商品が外からよく見えるよう並べられていた。青年が手ぶらで男性を呼びながら出てきたあたり、ただ休憩をしている訳ではないらしい。
 青年はランスロットとカタリナを認めて一瞬身構えたが、すぐに男性に意識を戻していた。

「おっちゃん!畑行く時は呼べっていったじゃん。俺手伝えるのに」
「はっはっは!家の手伝いしてるのに引っ張る訳にいかんわ」
「おっちゃん膝痛めてんだから無理すんなって……そちらさんは?ってあれ、あれ?見たことある」

 手際よく男性を手伝いながら、青年はカタリナを見て首を傾げる。カタリナが先ほどと同じことを告げると、青年は、ああ!と大きな声を上げた。メノウの不在も、合わせて伝える。青年は訝しげだが一応は頷いた。
 男性の荷運びを終え、ランスロットとカタリナの用は済んだ。お礼だと男性から野菜をおすそ分けされ、お大事に、と言葉をかけて別れる――ランスロットとカタリナは別れようとしたのだが、青年が控えめに二人を呼び止めた。

「なんかあったのか」

 青年が言ったのはそれだけだったが、それがメノウを指すとは自然と理解した。誤魔化そうと口を開くが、この国では基本的に嘘はタブーだ。青年の言葉を肯定したのはランスロットだった。

「あった。が、詳しいことは話せない」
「……やっぱな。バジリスクがおかしいから、メノウにもなんかあったんだろうと思ってさ。無事なら、いい」

 青年は、メノウがジェルマイアの直系だと知らない。メノウとバジリスクの関係についても、正確なことを知っている訳ではない。
 しかし、サフとメノウがこの村にやってきた時に、バジリスクとジェルマイア家の問題で街が荒れていたことを覚えているのだ。何かは分からないが、何か関係がある、と推測するのはそう不思議なことではない。
 言葉を選ぶように黙った騎士達に、何も言わなくていいと青年は言う。迂闊な言葉は毒にしかならない。

「あなたたちは知らないだろうけど、おばさんとメノウ、傷だらけで転がり込んできたんだ。関係ないと思う方がおかしい」
「……何かあると分かっていて、追及しなかったのか?」
「秘密はあっても、名に誓って嘘はない。俺たちをどうこうするつもりじゃない、助けてほしいって言うんだから、助けるしかないだろ。……あの時のメノウ、すごいツンツンしててさ。落ち着かせてやんなきゃなって村のみんなで決めたんだ。手負いの獣ってやつ?それか借りてきた猫」

 ランスロットとカタリナは差のある例えだと思わないでもなかったが、言いたいことはわかるので突っ込まなかった。
 あの湖で青年と対峙したメノウをさらに鋭くすれば、数年前のメノウに近付くのだが、二人はあれ以上のメノウを想像出来なかった。騎空艇にいるメノウだけを見ていれば、手負いの獣とは到底結びつかない。
 ランスロットとカタリナは、青年から、先ほどの男性とは違ったメノウに対する親しみを感じていた。歳が近いということもあるのだろう。仲間が大切に思われているのは素直に嬉しいことだ。
 そういう風なことを口に出すと、青年は少し照れたように頭を掻いた。ぶっきらぼうに否定するが、満更でもなさそうである。
 青年はメノウと仲の良い自覚があった。他覚もあった。そうでなければ、

「そうじゃなきゃ、婚約の話なんて上がらない」

 のである。この青年、件の縁談相手なのだった。
 ランスロットとカタリナは、貴方が例の、と有名人と遭遇したかのような反応をする。
 縁談を急に蹴られて怒っていてもおかしくはないが、彼もメノウを快く送り出した一人。騎空団に入って旅をしているメノウをずっと心配していたのだ。

「根をあげて帰ってくるかと思いきや、全然戻らねーし。メノウを嫁さんにもらえると思ってたんだけどな」
「……あなたは、本当にメノウのことが好きなのだな」

 青年はカタリナの言葉を否定も肯定もせず、苦笑して肩をすくめた。
 カタリナは、何となしにランスロットを横目で見る。ランスロットは、何かを言いかけてやめた、と言わんばかりにぽかんと口を開けている。すぐにカタリナの視線に気づき、なんでもないと口を閉じた。




 二人は青年と別れ、村の見回りを再開する。皆、初めにあった男性と同じ問いを口にし、その度に同じ説明をし、メノウが大事にされていることを実感する。
 ランスロットはふと、片手で口元を覆った。
 メノウの婚約者未満の青年との会話で、ランスロットは確かに飲み込んだ言葉があった。なぜそんな言葉が浮かんだのか、ランスロット自身にも理解しがたい。ブレーキを掛けられたものの、カタリナがいなければそれも間に合わなかったかもしれない。
 ――メノウは俺のことを直視できないほどに好きらしいから、彼女のことは諦めてくれ。



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