四人目にはならない


 友人が爆死してから四年、警視庁に届いたファックスには気取った暗号が印刷されていた。
 元機動隊爆発物処理班の松田陣平は、望まない異動先の捜査一課強行犯係のフロアで、そのファックスを受け取った。三年前から同じ日付ーー友人の命日に送られてきていたカウントダウンのファックスは、今年がゼロにあたる。数字ではなく犯人からのメッセージで、正午と午後三時に爆弾を爆発させるというものだった。
 正午の爆弾の場所を暗号文から突き止め、同僚や上司と現場に向かう。到着したショッピングモールの大観覧車では、まだ正午ではないにも関わらず、小さな爆発があったようだった。
 松田はスタッフに事情を尋ねることなく、ちょうど降りてきた七二番のゴンドラに乗り込んだ。

「ちょ、ちょっと松田君!?」
「こういうことは、プロに任せな」

 一課で松田の指導教育を任されていた女性刑事の佐藤の制止も聞かず、扉を閉める。
 座席の下に隠されていた爆弾は、解体の難しいタイプではなかった。機動隊爆発物処理班のエースとして働いていた松田にとっては見慣れたものである。
 取りかかろうとして、二度目の爆発が起きた。止まらなかった観覧車が、今度は動かなくなる。松田の乗るゴンドラは観覧車の頂上目前で停止した。
 ーーだからなんだ。
 心配して電話をかけてきた佐藤に応答しつつ、自前の工具セットを取り出して解体に取りかかる。残すコードはあとわずかといったところで、爆弾付属のモニターに文字が流れてきた。
 爆発三秒前に、もうひとつの爆弾の在処のヒントをモニターに表示する、という。つまり解体してしまえば、午後三時の大規模な爆発は止められない。
 聞こえ始めた空耳をかきけすように、電話越しの佐藤の声に耳を澄ました。頃合いをみて電話を無理矢理きり、解体途中の爆弾を前にタバコに火をつける。
 爆発まであと一分をきった。
 あまり絶望感はないのだが、カリカリという空耳は止まない。

「ふー……」

 まさか自分まで爆死する羽目になるとは。いじるのは好きだが、添い遂げたくはない。死因になるほど、爆弾は松田のことが好きらしい。
 あと三〇秒。
 携帯はメールの作成画面にして準備万端だ。宛先は、案外好ましかった女性刑事。
 あっけないものだ。親友を殺した犯人をあげることも出来ないまま、自分も同じ奴の手によって命を落とす。
 深く煙を吐いてーー松田は、空耳だと思っていた音の正体に気付いた。
 ゴンドラの窓に、針で削ったような文字があった。いや、進行して書かれている。空中のゴンドラに、誰かが、何らかの方法で。"内側から"。

【賭ける気があるのなら、飛び降りて】

 音がやむ。
 爆発五秒前。
 携帯を握ってモニターに目を凝らす。
 煙草は消した。
 ゴンドラの扉はロックされていない。

「爆死か飛び降りか……!」

 松田は爆風を背に、宙に放り出された。



 爆音で聴覚が仕事を放棄する。熱さや痛みは感じない。広場を見渡す余裕すらあった。唖然とする警察官らや野次馬の様子に、不謹慎だが笑ってしまう。
 爆風でゴンドラを飛び出すかたちになったが、すぐに重力に従って落下を始める。すがるものはないにも関わらず、自分が叩きつけられる未来は微塵も思い浮かばない。

「ーー!!」

 佐藤は悲鳴じみた声をあげているに違いない。しかし松田が目に留めたのは、平凡な男に抱き上げられている子供だった。
 世の女優やアイドルなど敵わないと思わせる、ひどくきれいなこども。女の子は帽子のつばを上げて、眩しさからか目を細めている。
 小さな女の子と目が合う。女の子も気付いたのか、きれいな顔に笑みを作った。
 落下を始めていた松田の体が、風によってその勢いを殺す。地面からの強烈な向かい風は、落下の衝撃をほとんど相殺した。椅子から落ちたような可愛らしい程度しかのこらない。

「松田君!!松田君!!」
「早く救急車を!」
「……べいか、ちゅうお、びょういん」

 うるせーよ、早く行けよ。
 手放したばかりの煙草を恋しく思いながら、自覚しはじめた熱さに目を閉じた。
 

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