お迎えを蹴り飛ばす


 己の命と引き換えに情報をつかむと決めた男は、地上数十メートルからのダイブの末、見事生還した。
 死神を追い返した松田の話題は、一課のみならず警察内を駆け巡った。松田のことを全く知らない刑事もその噂を口にするようになり、それを聞いた松田は楽しそうに笑う。

「俺もついに生きながら伝説になったか」

 飛び降りによる怪我は少ないとしても、火傷は決して軽くない。ゴンドラ一つを吹き飛ばす威力だったのだ。包帯だらけでケラケラ笑う様子に、機動隊や一課からの見舞い客は安堵するやら呆れるやら。
 一課で松田の教育係として指名されていた佐藤美和子は、庁舎近くのカフェでランチ中、交通課の宮本由美から松田の容態を聞かれてそのように返した。

「元気そうでよかったじゃない。あわや爆死でしょ?」
「本当に肝が冷えたのよ……。時間も策もない。降りろって言っても、犯人が監視してる恐れがあるから脱出も難しい。松田君の行動は、警察官らしいといえばらしいけど、潔すぎて腹が立つわよ」
「まあまあ。それより、飛び降りて無事だった理由は分かったの?」
「それが全然。松田君は『女神が助けてくれた』なんて茶化すし」
「……今松田君が機動隊でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「え?なに?」
「"シータ"よ」
「あいつがお姫様?なあにそれ!」

 一課では腫れ物扱いに近かった松田も、機動隊爆発物処理班ではエースだった。親しい友人も部下も多いのだろう。
 松田は既に一課を去ることになっている。経過次第だが、機動隊に戻ることを望んでいるらしい。爆発物処理班も、松田を失うのは痛いようだ。
 もう少し打ち解けたかったな、というのが佐藤の本音だが、友人の仇に囚われるよりもずっといい。
 そう松田のことを考えているとき、佐藤の表情は柔らかい。正面からそれを見ることになった宮本は、ニヤリと笑って頬杖をついた。

「で、美和子はどうする?」
「どうするって?」
「好きなんでしょ、彼のこと」
「え!?な、なに言ってるの!そんなわけないじゃない!」

 パタパタ手を振って否定する佐藤は、必死すぎて怪しい。宮本の目は誤魔化せないのだった。

「松田君、ちょーっと乱暴な感じするけど、カッコイイじゃない?なんだかんだ、美和子のことも慕ってたみたいだし?」
「だ、だからって、別にそういうんじゃないわよ!松田君には私よりももっと可愛い子の方が」
「へーえー?」
「なによその顔!」
「頭が回って、ちょっと乱暴だけどイケメンで、元爆発物処理班エースで、今回の事件のMVPで……。超優良物件じゃない!」
「だっばっ違うわよ、そんなんじゃ!別に私は……!ほら、松田君にはもう女神様がいるんだし!」
「もー。なんでそんなに頑ななのよー」
「危なっかしくて見てらんないの。だから恋愛云々じゃないの」
「えー?」

 佐藤は追及してくる宮本をかわし、コーヒー飲むことで物理的に口を塞いだ。


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