百獣の女王


 観覧車で物騒な事件に遭遇したからリベンジに出掛けよう。そう言った凌に、錦は動物園を提案した。
 理由は二つ。まず、気温が下がっている今は混雑しないだろうということ。もうひとつは、この時期ならば錦は日中でも動きやすいからだ。
 リベンジもなにも観覧車はただのついでであり目的であった洋菓子は買えていたのだが、凌としては出掛け先でデートらしく楽しみたかったらしい。
 ブライダルのバイトがないある平日に、電車に揺られて動物園へ繰り出した。近所の幼稚園の子供たちが遠足に来ているようで、カラフルな帽子がちょろちょろと動き回っている。

「……錦にスモッグかあ……」
「きっと、着こなしてみせるわ」
「いやあ、幼稚園行かせなくて正解だ……錦が混じる様子が想像できん」
「案外、上手く溶け込むわよ」
「行きたいのか?」
「いいえ」

 園内に入ってすぐ、フラミンゴが来園客を出迎える。ぎゃうぎゃう鳴き続ける桃色の鳥に、凌が一人頷いている。動物園といえばこいつらだよな、と言うが、錦は同意できないでいた。動物園そのものが初めてということもあるが、

「鼻が利かなくなりそう……これだけ動物が密集していると、臭いも強いわね」
「子供には結構人気なんだけどな、フラミンゴ。ほら、あの園児たちも」
「印象に残りやすいのでしょう」

 早々にフラミンゴの檻から離れ、ツルやキジを眺める。制限のある檻の中で羽ばたき、サービス精神旺盛であった。美しい翼と佇まいを眺めて、次へと進む。
 子供向けの一角で、ウサギやアヒルやモルモット、リスにレッサーパンダなどが飼育されている。活発に動き回る様子に、錦らに続いてきた園児も楽しそうである。
 ウサギと触れあえるスペースがあり、凌が錦を柵の中に入れる。
錦は入りたいと言ったわけでもなかった。いきなり抱き上げて移動させた凌に文句を言おうとしたが、なぜか満足そうなので思いとどまる。
 しゃがんで、一番近くにいるウサギを見つめてみる。反応はない。餌を持ってみても、ウサギは近寄るどころか離れていく。
 錦は、背後で噴き出す声に呆れながら振り返った。

「悪いわね、期待に添えなくて」
「ふ、ウサギが避けるのは予想外、はは!」
「わたくしのような者たちは、動物には好かれにくいのよ……」
「ほー?」
「……面白いものを見せてあげるわ」

 向かったのは、猛獣が飼育されている区画。錦は足を止めそうな凌の手を引いて、檻の前をぐるりと一周する。
 眠っていたトラが起き、ヒョウが一斉に顔を向け、ライオンが唸る。人間を見慣れているであろう動物の反応とは思えない様子だ。

「……思いっきり威嚇されてないか」

 凌は、天敵を見たかのような獅子の反応に表情がひきつった。対して、錦は唸られながらも笑んでいる。

「やはりお前たちは、ちゃんと分かっているのね」
「錦は猛獣使いだった……?」
「どう?中々出来ない体験でしょう?」
「食われそう。うわ、牙剥き出してきた」
「ふふ、良い子たち。……けれど、そんなに構えていたら疲れるだけよ」
「え、伏せ、た?おいおい、あっちのユキヒョウまで伏せてるぞ」

 錦は何もしていない。しかし人間よりよほど"敏感"な彼らは、錦を前に呑気に寝ていられないのである。
 錦が近寄るほど、獣は威嚇を強くする。伏せながらも「ヴー……」と低く唸る様子をしばらく楽しんで、猛獣のエリアを離れた。
 その後、サルやカンガルーやキリンなど見て回ったが、どの動物も錦が近づくなり興奮した様子を見せる。錦は予想通りの反応になんとなく満足していたが、あまりの嫌われように凌から気の毒そうな目を向けられる。

「動物に逃げられる子供って、なんか涙を誘う」
「可哀想な女の子を、元気付けて下さる?」
「帰りにぬいぐるみ買おうか」
「ライオンがいいわ」

 猛獣よりも露骨な反応を示したのはシマウマだった。錦から精一杯距離を取ろうと身を寄せあい、錦の移動に合わせて動く。
 凌が「砂鉄」と言い残して笑い崩れた。


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