戸締りは万全


 近頃、街でよく耳にする曲をハミングしていると、凌が感慨深げにカレンダーを見やった。

「もうすぐクリスマスか」
「Merry Christmas!というものかしら」
「流暢だな。子どもならサンタクロースが待ち遠しいか」
「サンタクロース……サンタ、ね。白い髭を伸ばした赤い服の人形を、よく見かけるわ」
「クリスマスの夜に、子どもの枕元にプレゼントを置いていくんだ」

 凌は錦の反応を試すように笑って言うが、錦は呑気ではなかった。寝ている間に、枕元まで接近してくるというのである。クリスマスの夜には眠れそうにない。
 錦の頭の中では、深夜に三〇センチほどの白人のおじいさんが、陽気に踊りながら歌を口ずさみ、枕元まで近づいてくる光景が浮かんでいる。とんだホラーであった。

「不法侵入ね……」
「多分、錦が思い浮かべてるのはクリスマスじゃないな」
「クリスマスはサンタクロースの襲撃に遭う行事なのかしら。わたくしはともかく、子どもが楽しむ要素はないわ」

 不法侵入を気にするのではなく、妖精の訪れを楽しむものなのだろう。そう察してはいたが、撤回はしない。凌の呆れた視線にクスクス笑った。

「全然違うわ……。クリスマスってのは、元々はキリストの降誕祭なんだ。日本じゃあただの祭りだけど。で、サンタクロースは別物だ。むっかーしに、聖ニコラスって人が貧しい家に金貨を投げ入れたら、それが靴下に入ったっていうのが由来。聖ニコラスを現地の言葉で"シンター・クラース"っつーんだと」
「靴下の形をよくみるのは、そのせいね」
「外国では聖ニコラスの祝日に子供にプレゼントを贈る習慣があって、それが一二月六日。クリスマスは一二月二五日。日程が近いからまとめちゃったワケだ」

 夢あるイベントの実際の由来について子供に明かすのはどうなんだ、と突っ込む者はここにいない。

「長い時間のなかで、降誕祭としての在り方も変わってきた、ということね。変遷するのは珍しいことではないわ」
「可愛いげないなあ」


 そんなやりとりをしてから、錦は真面目にクリスマスの情報を集めた。
 気温が下がり、ある時期から突然クリスマスという文字を見、鈴の音が印象的な音楽を耳にするようになり、地域独特の祭りなのかと思えば全国規模での催しときた。凌の反応を見る限り、ここの人々にとっては馴染み深いイベントであるらしい。知らない振りで過ごすのは、勿体ない気がした。
 この地域ーーひいてはこの国では、クリスマスとはケーキとチキンを食べてパーティーをし、夜のうちに子供にプレゼントを送るというイベントだ。子供だけではなく、大切な人への贈り物をする日、とも捉えられているようだった。
 物を贈られることは多いが、贈ったことなど僅かしかない。金銭や権力もない状態で何かを用意するというのは、錦には難しい問題だった。
 錦の悩みは、しかし、さくっと解決した。

「違う意味で、頭が痛いけれど……」

 錦はビニール袋を揺らしながら、浮き足だった町の中を一人家へ向かった。



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