孤高の狼


 一年の内、最も花火が打ち上げられるのは年越しの瞬間だと言われている。ニューイヤーフェスティバルにて、情緒の欠片もなく昼のような明るさをもたらす。
 まるで銃撃戦のような音と狂ったような歓声をしり目に、彼はホテルの一室でパソコンと向き合っていた。
 浅黒い肌と色素の薄い髪を持ちながら紛れもない日本人である彼は、バカスカ打ち上げられる花火には目もくれず、海色の目をディスプレイに向けていた。
 自他ともに認める仕事人間は、新年を迎えるおめでたい瞬間も、人には言えない仕事をしていた。
 疲れ目を休めようとパソコンから顔をあげると、携帯が着信を知らせる。

「……Happy New Year. 」
『ふざけろ』
「なんですか、ジン。今忙しいんですけど」
『進捗は』
「せっかちですねえ、明後日報告をあげると言っているじゃないですか。ま、手間が省けていいですけど……。
あの男、命令には忠実ですよ。狙撃の腕は組織一、いえ、気持ち悪いほど精度の高い狙撃をする人間なんて、他にいないのでは?仕事のミスもありませんし、頭も回る。言いたくはありませんが、優秀な悪人です。最近どうしてるのかは知りませんが、仕事の状況はあなたのほうが詳しいでしょうから構いませんよね」
『フン、尻尾を出したらすぐに報告しろ』
「出す尻尾があればの話ですが」
『ああ、全く気に食わねえな』
「従順な駒として受け止めればいいものを……あなたも偏屈ですよね」

 ブチッ。無遠慮に切れた携帯を置いて、深くため息をついた。
 バーボンはスケジュールを詰めたがるタイプで、少し前までは、それを注意する人間がいた。コードネームはスコッチといい、複雑な立場であるバーボンが唯一信用していた男だ。おそらくそれはスコッチも同じ。
 暇な時間を嫌うバーボンを、スコッチが仕事から引きはがす。逆の時もあった。バーボンもスコッチも、プライベートな時間より仕事をしている方が精神的に落ち着くタイプの人間なのだ。その様子を、スリーマンセルを組んでいたライが呆れ顔で見やり「お互い様だな」と苦笑するまでがテンプレだった。
 それが、今は一人である。
 潜入捜査官であることが組織に知られたスコッチは、ライによって殺された。バーボンがライを憎むのには十分すぎる理由である。バーボンが組織の人間であればライを褒めたかもしれないが、バーボンも潜入捜査官の身で、しかも元の所属がスコッチと同じ。本当の仲間を殺した男と穏やかな関係を築けるわけもなく、バーボンはライと滅多に顔を合わせなくなった。
 元々、バーボンとライは良好な関係を築いていたわけではない。スコッチという緩衝材がなくなれば、疎遠になるのは当然だった。
 ライへ、スコッチの死に関する怒りと憎しみを理不尽なほど向けているバーボンだが、それでも彼は優秀な人間だった。
 スコッチが自殺であったこと、状況からしてライがそれを止めようとしたこと、その場所へ駆けつけた自分の足音がスコッチに引き金を引かせたことは、誰に言われずとも察してしまった。スコッチの自殺を止めようとしたことから、ライも某機関の潜入捜査官である可能性が高いことにも気づいていた。
 それを自分に黙っていることが、バーボンは何より気にくわなかった。人殺しの罪をかぶり、己を守っている気になっていることが腹立たしくて仕方がない。

「いや、やめよう……あの男のことを考えると苛々してくる。ジンのせいだ、あの男のことを調べ上げろとか言うからだ、銀髪ストレート野郎め。あークソ、違う、あの男じゃなくて」

 スコッチのことだ。
 彼が心臓と携帯を撃ち抜き、息絶えていたことは、バーボン自身確認している。その場にいたライもだ。動揺しながらも組織の人間として、自分たちの痕跡を消すよう動いていたのだが、思いのほか警察の到着が早く、スコッチの遺体は回収できなかった――これに関しては、バーボンの思惑通りだった。せめて遺骨だけでも、家族のもとに帰ればいいと。
 死体が回収できなかったことに関しては、特に咎められなかった。ライとバーボンの二人がスコッチの死を確認していたことと、その後の処理についての情報をバーボンが報告したからだ。墓の場所や戒名まで添えてやった。
 問題が浮上したのは、その後。バーボンは、ある違和感に頭を悩ませていた。
 スコッチに関する資料は、本職の仲間からもたらされたものだ。フェイクのない真っ当な資料なのだがーーバーボンの記憶よりも、"スコッチの座っていた場所が一人分ずれている"のだ。
 動転していたから、単なる思い違いかもしれない。しかし、些細な違和感は危険な仕事において重要な手がかりになる。
 "一人分ずらす"ことに何の意味があるのかは不明だが、事実が歪められているとすれば、警察内部に組織の手が及んでいる可能性が浮上する。探りを入れようにも、今、本来の職場で大きく動くわけにもいかない。
 ずれていること以外に、不審な点はない。あの場にいたライにも確認したいところだが、"始末された裏切者"の死について問うのはやはりリスクが高い。ライが確実に白とは言えないのだ。
 スコッチの死に彼が関わっていなければ、今でもチームを組んでいたかもしれないのに。そうすれば、何気なく問うこともできるのに。
 バーボンは新年も、ライへの理不尽な苛立ちを募らせていた。


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