火傷したらしい


「初日の出、見に行こうぜ」

 凌の無邪気な一言は、錦にとって死刑宣告――とまではいかないが、口元が引きつる程度には遠慮したい提案だった。
 除夜の鐘を聞きながら新年を迎え――錦は今晩だけ特別だと夜更かしの許可をもらった――眠ろうとした時のことだった。早起きをして初日の出を見て、そのまま初詣に行かないか、と凌が言った。
 錦は初詣が何か把握していなかったが、初日の出が何なのかは察した。日の出、である。錦は夜更かし云々関係なく朝日が苦手だが、凌がそれを知るはずもない。何より、凌が楽しみにしているらしいそれを断ることは出来なかった。
 一人で行っておいで、と言うのもなんだか寂しい。
 錦は元旦から凌に背負われて家を出る羽目になった。未明の移動は構わない、むしろ凌がひどく眠たそうだった。散歩がてら近くの小高い丘にある公園に移動し、地域住民に紛れて日の出を待つ。日の出が近くなるにつれて凌は目が覚めたようだが、錦は防寒具であるパーカーの、猫耳付きフードを深くかぶった。

「うおー眩しい。いいなあ、こういう正月……あけましておめでとう、錦」
「……あけましておめでとう」
「眠いか?まー仕方ないわな」
「灰になるわ……」
「ならねーよ」

 初日の出をしばらく眺めた後は、神社へ向けて歩き出す。相変わらず錦は凌に背負われていた。

「はつもうで……」
「一年の感謝とか、新年の平安を願うとか。もうこれも習慣だよなあ」
「人が多いわね……こんな早くから……」
「元日だからなあ」
「毎年来ているの?」
「あー。仕事の都合で行けない年もあるけど。去年は来たな、あいつらと」
「案外短気さんと、無頓着さんかしら?」
「全員、おみくじが凶っていうミラクルを起こした」
「キョウは駄目なのかしら」
「駄目っつーか、あんまりよくない一年になるかもよっていう警告だな。反対に大吉だったら、良い年になりますよっていう。ま、上がる余地のある凶がいいのか、最高の大吉がいいのかは人によるけど」

 早朝だというのに、近所の神社には人が多い。少しだが出店も出ており、早朝の参拝客に合わせて営業していた。
 錦は凌の背から降り、作法に通りに手を清め、凌とはぐれないよう拝殿の前に立った。あらかじめ渡されていた硬貨を賽銭箱に投げ、鈴緒を凌が鳴らす。
 がろんがろんがろん。
 拝むのではなく柏手(かしわで)を打つ。錦は凌の真似をして、二礼二拍手一礼を終えた。
 参拝後、凌はテントの方に進み、並べてあった小さな器を取る。その器に、テント内の若い女性が、樽から液体を注いだ。

「なあにそれ」
「御屠蘇。縁起物の酒だ。錦はまだ駄目だぞ」
「ふうん」
「あ、豚汁が出てる。寒い」

 一杯ずつ豚汁を持って、境内の隅へ移動する。錦はフードを脱ぐと、朝食になる具だくさんの豚汁に口をつけた。具は大根、人参、豚肉、こんにゃく、ねぎ、さつまいも。出汁がきいており、香りも非常にいい。

「……おみくじ」
「うん?」
「引かなくてもいいの?」
「行くか?ちょっと並ぶけど、熱ッ!あ、でも旨い……」

 錦はさつまいもを咀嚼する凌を見上げ、人ごみの方を見て、豚汁を見る。
 彼にとって吉凶の占いは、少なくとも今、必要なものではないのだろう。

「いいえ、構わないわ」
「金のことなら気にすんなよ?おみくじくらい痛くもかゆくも、」
「わたくしも凌も、その大吉とやらに違いないもの」
「ずげー自信だよな、相変わらず。……なら、今年はいい年になるかなあ」
「今年も、来年も、ずっとよ。だから、その暗い顔をどうにかしなさい」
「…………さっきからさ、眼鏡が曇って仕方ないんだ。外しててもいいか?」
「わたくしからはぐれない様にね」
「分かったよ母さん」

 錦は、上品な所作で豚汁を食べながら、微かに眉をしかめた。
 凌の言う、錦による不思議現象は、当然無制限に行えるようなものではない。効率的に利用できるエネルギーがないという状態は、錦にとって少々不安だった。
 お腹すいた、という呟きは、幸いにも凌の耳には届かなかった。
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