年の離れたお友達


 カツカツカツカツ。
 ペースを落とすことなく早足で進む少女は、まるで何かから逃げているようだ。前方を睨み、唇を噛み、鞄を握りしめている。年齢よりもよほど大人びている美しい少女だが、今ばかりは厳しい表情で、声をかけるのをためらわれる。
 人混みを避けるようにして歩くこと数分、少女はやっと足を緩めた。冬だというのに、なんだか汗がにじんでいる。煩い心臓を鎮めるために深呼吸をして、ふとコンビニが目に留まる。
 落ち着くためにも何か温かいものを買おう。そう気を取り直して足を向けるが、くん、とコートが引っ張られて動きを止めた。

「ねえ」

 ひ、とひきつった声が漏れる。恐る恐る、コートの裾をとらえている存在を振り返り、その小さな人影につばを飲み込んだ。
 少女のコートを握り、とろけそうな笑みを浮かべている幼女こそ、少女が振り切ろうとしていた対象だった。

「わたくしと、お話ししましょ」

 幼女は少女を脅しているわけではない。ただ散歩をしていた幼女としては、突然踵を返した少女を追いかけてみただけなのだ。ただ去っていくだけならいいが、少女は明らかに己に怯えていた。気にならない方がおかしいし、幼女は、幼女らしからぬ体力があった。いくら少女が逃げようとも追いかけた。
 幼女、つまり、暇を持て余した錦である。どこからどう見ても幼女な錦を相手に、逃げるという選択をした少女に、興味をそそられたのだった。

「は、はなしなさい」

 少女の声は震えている。しかし錦は手を離さない。街中を歩く少女にしては変わったにおいをまとっていることに気付き、その元に思い至った。

「あなた、魔術をたしなんでいるのね」

 "ここ"へ来てからというもの、同朋の気配を一度も感じなかったのでそういうものかと思っていたのだが、どうやら魔術に関しては違ったらしい。目の前の少女が初めてなので、メジャーな存在ではないようだが。
 少女は観念したようにしゃがみこむと、錦と視線を合わせた。疲れ切った表情に浮かぶのは、恐怖よりも畏怖。
 錦がただの幼女ではないように、少女も、ただの少女ではなかった。少女は一魔女であり、赤魔術の正統な後継者であり、その血筋に誇りを持っている。その立場に奢らず鍛練を積み重ねており、自惚れではなく技術もある。少女は内気な性質ではないので、たとえ数少ない同業者と遭遇しても胸を張って名乗るだろう。本来は強気な少女が錦から逃げたのは、一目で敵わないことを悟ったからだった。
 小さな体は、不釣り合いなほどの永い時間を内包している。数代の魔術師ではない。数百年、あるいはそれ以上続く血だ。まとう空気も、遥かに濃厚。きっと、非常に高貴な血筋の生まれだろうと。
 魔術の実力がある少女だからこそ、錦の異質に気付いてしまったのだ。だから逃げた。近づけばきっと酔ってしまう、と。

「ええ、そうよ。赤魔術の後継者、小泉紅子よ」
「わたくしは橙茉錦。よろしくね、紅子さん」

 紅子は、名前を呼ばれただけで、感じていた畏れが吹き飛んだのを感じた。チャームのまじないをまとっているのはこちらだというのに、目の前の幼女を美しく感じてしまうのは、案の定というべきか。魔術の気配は一切ないというのに、紅子はすっかり魅了された。それを弾こうともしなかったのは、錦の持つ膨大な時間に、確かに惹かれてしまったからだ。
 一連の葛藤を紅子が口に出していれば、錦も訂正なり突っ込みを入れただろう。しかし、紅子は己の直感を信じて疑わなかったので、錦に何事かを問うということを思いつきもしなかった。
 錦は、きらきらとした目を向けられて、何らかの勘違いが起きていることを察しつつマイペースを貫いた。ここで詳しいプロフィールを述べる親切さを持ち合わせていたら、今頃凌は錦の実年齢を把握していることだろう。

「あの、錦さんは、このあたりにお住まいがあるのかしら」
「少し遠いわよ。今日はたまたま、散歩で、こちらに足を伸ばしたの」
「そう……」

 錦は、残念そうにする紅子に笑みを深めた。自分を慕ってくる存在というのは、いつも可愛く見えるものである。

「わたくし、よろしく、と言ったはずよ」
「!れ、連絡先を渡しておくわ。この国は魔術が他の国よりも浸透していないから、困ることもあるでしょうし。あ、私では不足かもしれないけれど、きっと力になるわ」
「あら、ありがとう。魔術はもう研究しないと思うけれど」
「研究が不必要なほどだなんて、一体どちらの家系……いえ、ルーツを問うのは失礼ね」

 紅子の呟きに、錦は相槌を返す。二人は微妙にかみ合っていなかった。



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