迷推理


 工藤新一は本屋からの帰り道、ふと足を止めた。街中を歩いていて、規制線がはられているとどうしても目がいく。好奇心旺盛、知りたがり、違和感は放っておけないという新一ならば尚更だ。
 おまけに見知った刑事の姿を見つけてしまえば、首を突っ込まない選択肢はない。

「目暮警部」
「おお、工藤君じゃないか!」

 何かお手伝いできませんか、といえば、いつものように規制線の中へ通される。
 外からは洒落た民間のように見えたが、どうやらカフェらしい。アンティークな小物がいたるところに並び、オレンジがかった照明が店内を照らしている。
 目暮は店内を突っ切り、庭へと出る。カフェメニューよりもこの庭園が売りらい。よく手入れされ、ガゼボまで設置されている。広い庭園は高い塀に囲まれ、外とは切り離された印象を受けた。

「殺人ですか?」
「ああ、ついさっきだよ。倉庫で店員の一人が亡くなっていた。鈍器で頭を殴られ、倉庫に押し込められたのだろう」

 鑑識を目印に、問題の倉庫へと進む。
 倉庫では、用具に絡まるようにして若い女性が倒れていた。警部からの言葉通り、頭から血を流している。
 鑑識の後ろからじっと観察した新一は、目暮に問いかけた。

「……彼女は、移動させられたんですよね」
「ああ。犯行現場はまだ明らかではないが」
「庭を見てまわっても?」
「構わん」

 目暮と別れ、ゆっくりと庭を回る。その間に考えを整理しようとするが、そもそも、さほど複雑な事件ではない。特殊なトリックもなく、自分が首を突っ込まなくとも解決できるだろう。
 犯行現場は庭、土の質からおおよその場所も分かった。凶器は片隅に積まれていた赤レンガだ。
 目暮にそれを伝えてから、容疑者のことを問いかけた。

「別室に集めてある。スタッフが二名、あとは客が八名だ。カップル一組、女性グループが三名と二名、子供が一人」
「子供は別ですか?」
「トイレを借りに来ていただけ、だそうだ。まあ、まだ小学校にも上がっていない女の子だから、無関係でいいだろう」
「そうですね。被害者との関係は?」
「それがだな、女の子以外、関わりがあるらしい。ゼミで一緒だったり、出身高校が同じだったり、マンションが同じだったり、な。おまけにこのカフェは、庭に出るのは自由ときた」
「全員、アリバイもないと」
「そうだ。グループで動いているから互いのアリバイはあるんだが、証拠としてはな……」

 新一は、カフェ二階へ案内された。
 カフェ部分で自由に動き回ることが困難だからと、客と店員は二階のスタッフルームに集められていた。物置もかねているということで煩雑としているが、広さは十分だ。
 それぞれがグループに別れて座っている中、異彩を放つ子供。将来有望なきれいな顔をした女の子は、パイプ椅子にもたれ、退屈そうにしていた。
 その女の子以外の客は、目暮と連れだって入ってきた新一を怪訝そうに見ていた。どうみても警察関係者には見えないので仕方がない。新一はただの本屋帰りである。
 もう一度本人らの口から店内での様子を問いかけようと、新一は一歩前に出た。

「私は工藤新一、探偵をしています。お疲れのところ申し訳ありませんが、もう一度、このカフェでの行動を教えてもらえませんか?」

 名乗れば、数人の客は雰囲気を変えた。最近活躍しはじめた新一のことを知っているらしい。これなら、スムーズに事情を聞けそうである。
 殺人という非日常に遭遇し、皆顔色は悪かった。ただ一人、例の子供は、平然とサービスのジュースを飲んでいた。殺人の意味をいまいち理解できていない可能性もある。
 店員、三人組の女性、カップル、次いで二人組の女性に話を振ろうとしたところ、思わぬところから声が上がった。

「そろそろここを出ないと、パパが心配するの。退室して構わないかしら」

 おっとりした舌足らずの口調に似合わぬ、高圧的な言葉。新一は面食らうが、確かにこの子供を遅くまで拘束するのはよろしくない。
 先に話を聞いてから、パトカーで家まで送ろう。そう目暮が提案するので、新一も頷いた。

「あとで刑事さんが送ってくれるから、もう少しだけいいかな」
「なら、図書館にお願いするわ」
「分かった。それで、何か気づいたことはあったかな?何でもいいんだ、些細なことでも」
「事件の時に限定するなら、何もないわ。……すぐに開放されると思っていたのだけれど、案外手こずるのね」
「あ、あはは……証拠とかアリバイとか、色々付き合わせなきゃいけないから」
「ふうん。大変ね、犯人なんて分かりきっているのに」
「え……?」

 女の子は事も無げに言って、パイプ椅子から降りる。
 新一をはじめ、容疑者や警察官の困惑した空気に気づいたのか、女の子は帰り支度を一旦止めた。

「犯人は彼よ。彼女は、自分の恋人をかばって嘘をついているだけね」

 さらり、と。女の子と言葉はカップルを示していた。

「勝手に人を犯人扱いすんな、ガキ」
「そうよ、彼は私と一緒にいたんだから。庭を見ていただけで、被害者と会ってないし……!」

 女の子が、男をじろりと見る。不思議な迫力は新一にも伝わった。

「血の匂いがするもの、あなた」
「に、におい……?」
「彼女からは、金木犀の匂いがするわ。彼と一緒にいるせいで血の匂いが移っているけれど、程度が全く違うのよ」
「適当なこと言いやがって、」
「死体があったのは西の倉庫なのでしょう?血の匂いはそちらからしか、感じていないわ。きっと、殺したのも西側ね。金木犀は、そこから南側にあるの。匂いが強いから見なくても分かるわ。それにね、彼女、さっきからずっと彼に怯えているの。人を殺したのが誰かなんて、明白よ」

 すらすら。一般常識をとくように、女の子の言葉に迷いはない。ただの子供の思いつきにしては、カップルの動揺はひどいものだった。
 女の子はもう興味はないとばかりに、日傘を持って部屋を出る。目暮が若い刑事に声をかけ、後を追わせていた。
 新一は、あまりにもひどい推理に言葉を失っていたが、男が自白を始めたので、さらに混乱することになった。
 まさかあの女の子は、本当に匂いで犯人を特定したというのか。

「……目暮警部、さっきの子は一体……」
「普通の女の子、だと思ったんだがな……」

 新一は連行される男をながめ、店の庭園を再び歩いた。一通り見ているので構造は分かる。女の子が言ったように、南側に金木犀があるのも知っていた。
 新一はしばらくの間、咲き始めの金木犀を見つめていた。
 
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