深夜徘徊ルート
私は心のどこかで諦めていた。
好きで所属している訳ではない真っ黒な組織と取引をした。十億円で自由が買えると言われ、私は悩む間もなく頷いた。
厄介な組織に、望んで身を置いている訳ではない。彼らの非道さは身に染みて知っている。本当に望みを叶えてくれるなどとは思っていない。
それでも賭けたのだ。その組織と縁を切り、妹と笑って過ごせる未来がほんのわずかでもあるのなら、と。
けれど、やはり。
結果として三人の命を奪って手に入れた十億円では、平和な未来は手に入らなかった。
深夜の埠頭で射殺されることになるとは予想外だったが、犯罪組織に関わりのある者としてはお似合いの姿だ。
アスファルトの感触が遠い。潮の匂いも感じなくなってきた。波が堤防を叩く音だけが、不思議なくらい耳に届く。
私は自嘲して目を閉じる。腹部を撃たれた痛みがまるで他人事だ。散々、組織には苦しめられてきたのだ。最期くらい解放されてもいいでしょ、なんて。
走馬燈を占めるのは二人だけ。何よりも大事な妹と、初めて愛した男。私は思った以上に、面白みのない人生を送っていたらしい。
そこに、つい最近知り合ったばかりの少年が混じった。最期に、私にたどり着いてくれた小さな名探偵だ。彼は救急車を誘導しに行ったけれど、きっと、手遅れだと気付いているだろう。
「――、――っ、――」
この理不尽な現状を罵倒してやれば少しくらい気が晴れるかと思ったのだが、満足に声が出ない。息をするのさえ重労働だ。仕方がないので、心の中で罵倒する。
悪人面!短気!ヤニ中!ご自慢の銀髪はいずれ引っこ抜いてやるから覚悟しなさい!
全然気が晴れないどころか、思い出したくもない顔を思い出す羽目になった。最期くらい、穏やかな気持ちでいたかったのに。
妹と彼の幸せだけを祈って私は死んでいく――――でも、ちょっとだけ。
「……たすけて」
そこで私が目を開けたのは、多分、救世主を望んだからだ。物語の世界のように、窮地に駆けつけてくれるヒーローを。そんな都合のいい展開にならないし、絶望するだけだというのに、私はつい目を開けてしまった。
深夜の埠頭に、ヒーローはいない。だが、お迎えが来ているようだった。
あの名探偵ではない、別の子どもが立っている。泣きもせずに、血まみれの私を見下ろしていた。微笑んでもいないが、駄々をこねる子どもを見るような目をしていた。全くしょうがないわね、と言わんばかりだ。
私は、急に力が抜けていくのを感じた。天からのお迎えが来て安心したのだろう。天国がどんな所かなど知らないが、組織に囚われるよりはよほど居心地が良いに違いない。
この子はきっと、私を助けに来てくれたのだ。
「……よろしくね、ママ」
意識を失う直前、おかしな言葉を聞いた。
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