角のある消しゴム


  小学校から帰宅した錦の前に、ガラスの器に入ったフルーツゼリーが出てくる。大粒のサクランボが二つ、ゼラチンの中で寄り添っていた。
 錦は、スーパーで山積みになっている百円以下のゼリーも食べるが、元々舌は肥えている。鼻も目も利く。この小さいゼリーが、いつもと違うものであることはすぐに分かった。

「いい香りね」
「凌さんが職場でもらってきたのよ」

 椅子に座った光が、私も一つもらっちゃった、と嬉しそうに笑う。
 橙茉家のダイニングテーブルは先住民の置き土産で、椅子は当初から四脚そろっていた。二脚は使わないということで荷物置きや踏台で分散していたが、家族が増えたので集合したのである。
 錦の椅子には分厚いクッション、光の椅子にはピンクのクッション、凌の椅子には――光が合わせて買った――青いクッションが置かれている。
 凌が腹筋をしながら口を挟んだ。

「社員さんがなあ、食べきれないからってくれたんだ。俺がシングルファーザーだってことは知られてるし」
「増田さんかしら」
「そうそう」
「そういえば、錦ちゃんから小学校の話題ってあまり聞かない気がするんだけど。どう?楽しい?」

 光が笑顔で頬杖をつく。まさに子どもと話す表情だが、錦はそれが嫌いではなかった。

「とっても新鮮よ。少し退屈なこともあるけれど、時間を持て余すのは、いつものことだもの」
「授業は?難しくない?」
「ママさん、錦は授業料免除の特待生だぞ」
「え!そうだったの!?すごい……けど納得。なら授業は退屈?」
「子どもたちの様子を楽しんでいるわ」
「完全に保護者目線なのね」
「ふふ。隣のクラスにも、そんな風な男の子がいるのよ」
「錦ちゃんみたいな?」
「うそだろ……」

 凌が腹筋から腕立て伏せに体勢を変えて、愕然と呟いている。
 錦はゼリーを完食して手を合わせると、そっと凌の背に座った。


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