想像以上にけたたましい


 さんさんと降り注ぐ日差し。肌を焼くような、とは言わないが、錦にとっては朝日の次に苦手な快晴だ。
 小学校一年生は下校時間が早く、まだ日が高い。季節問わず活躍する錦の日傘は、下校時も例外なく大活躍――するはずだった。
 下駄箱の日陰で、錦は珍しく憂い顔だった。小柄な体には大きい茶色のランドセルを背負い、右手には、無残に骨組みの曲がった日傘。
 "こちら"で調達した訳ではない、正真正銘の錦の持参品だ。今の橙茉家の財政状況では手出しできない一級品で、錦お気に入りの日傘だった。
 ため息をついて日陰から出ようとした時、数か月で聞きなれた明るい声がかけられた。

「あ、錦ちゃん!一緒に帰りましょ!」

 歩美に元太に光彦、そしてコナン。歩み寄って来た彼らは、すぐに錦の日傘の異常に気付いた。

「錦ちゃん、傘壊れちゃったの?」
「曲がってんのかぁ、それ」
「でも、今日は風が強いわけでもありませんし……」

 歩美、元太、光彦が口々に言い、最後にコナンが硬い声で言った。

「……壊されたのか」
「そのようね」

 ええ!?と三人が表情をゆがめる。ひどいひどい、一体誰が、と騒ぐ三人とは対照的に、当の錦は落ち着いていた。

「どうしようもないから、パパに頼んで新しい日傘を買ってもらうわ」
「錦ちゃんにこんなひどいことをするなんて、歩美許せない!」
「これは俺たち、少年探偵団の出番だな!」
「ですね!」

 錦は聞き覚えのない単語に首をひねるが、言葉のとおりなのだろうと追及はしなかった。呆れを隠さないコナンの様子を見るに、子どもたちの遊びの一環なのだろう。
 キラキラと目を輝かせる彼らには悪いが、錦は日傘壊しの犯人を探偵に依頼するつもりはなかった。

「気持ちは嬉しいけれど、目星はついているから」
「なんだ、犯人分かってるんだ。さすが錦ちゃん!」
「ふふ、ありがとう」

 へそを曲げるかと思いきや、三人はあっさりと犯人探しを諦めた。あっという間に、日傘のない錦がどうすれば日に当たらずに帰宅できるか、という議題に変わる。
 放っておけばいつまでも下駄箱に留まりそうな様子に、コナンが大きなため息をついた。

「ずっとここにいたんじゃ、日が暮れちまうだろ。さっさと帰んぞ」

 錦はたまたま羽織っていたパーカーのフードを目深にかぶり、保護者と子どもたちの様子に目を細める。

「だってそれだと橙茉さんが……ってあれ、そっか、今日はフードのある服だったんですね!」
「あ、そうだ!錦ちゃんの日傘、博士に直してもらおうよ!」
「さんせー!博士なら、ぜってー元通りにしてくれるよな」
「噂の、阿笠博士かしら?」
「うん!」

 子どもたちからよく聞く名前だ。いつもよく分からないガラクタを作る発明家であり、子どもたちが慕う優しい大人であると。
 そうしようかしら、と錦が頷くと、コナンが壊れた日傘に手を伸ばしてくる。未だにまっすぐ錦と話すことはないが、少しは打ち解けてきたらしい。
 
「俺が渡しておいてやるよ。家隣だし」
「なら、お願いするわね、江戸川君」
「……おう」

 数日後、錦の日傘は防犯ブザー機能を増やしていた。




 六年生のある教室で、今や学校一有名と言っても過言ではない一年生の姿があった。
 一年生の中でも一際小柄で、特別きれいで、突出した学力を持つという女子児童だ。
 休み時間にとことこやって来た一年生は、ある一人の女子児童の机にまっすぐと向かう。

「喧嘩を売る相手を間違えては、命取りよ」

 いつも通りの穏やかな笑みと優しい口調でそう告げると、自分の教室へ踵を返した。
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