Hide & Seek


 橙茉家には、二階に四部屋の洋室がある。うち一室は凌の部屋、もう一室は光の部屋だ。あとの二部屋は空き部屋で、物置部屋にもなっておらず殺風景だ。
 草木も眠る丑三つ時。その空き部屋で、凌と光はフローリングに座り込んでいた。

「悪いな、眠い所を」
「凌さんこそ、バイト終わりなのに」
「お互い様ってことか。光は明日何時に出るんだっけ」
「いつも通り。錦ちゃんのお見送りは私がするから、凌さんは寝坊していいわよ」
「そりゃどーも」

 凌や錦と同様に、光もまた、表面だけの戸籍を得ていた。そうして作ったぺらっぺらの履歴書で、家事代行のアルバイトを始めたのだ。明るい時間に働き、夕方には帰宅するというサイクルが出来上がってる。
 三人家族としての生活が落ち着いてきた今日この頃。ちょっとした問題が生じていた。
 凌はつい先日それに気づき、結果、深夜に空き部屋で密会する事態になったのだ。
 錦は朝早くに家を出て夕方帰宅する。光も同じだ。凌は日によって異なるが、朝ゆっくりと家を出て夕方一旦帰宅し、夜にまた出ることが多い。
 日中、光と凌のみになる時間が、ほぼないのである。

「こういう話は最初にすべきなんだけどな。光は具合悪かったし、錦も体調悪かったからな……」
「今日は存分に話し合いましょ」
「はは、そうだな」

 自然と、声は小さくなった。

「俺が殺された理由は、光が知ってる通りなんだが……光は?」
「ジンが、私と妹を解放してくれると言ったのよ。十億円と引き換えにね」
「あー……"十億円事件"の犯人だったかあ。で、ジンはそれを反故にしたと」
「ご明察」
「妹っていうと、シェリーだったっけか」
「そうよ。他に、貴方が知らなそうなことと言えば……大ちゃんが、FBIだってバレたことくらいかしら」

 凌は一瞬、息を止めた。ライが他の組織からのスパイであることは、死ぬ直前に聞いている。あれほどの実力を持つ男が味方であることに、ひどく安堵したものだ。
 それが知られたということは、凌と同じように処分されている可能性が高い。
 光は、凌の動揺を正確に察し、慌てて手を左右に振った。

「でも、殺されてはいないの。FBIに上手く戻れたみたい」
「っはー……良かった……。……?あれ、今『バレた』って言わなかったか?」
「言ったけど……」
「……知ってたのか」
「凌さんこそ。それで、錦ちゃんはどこまで知ってるの?」
「えっ。どこも知らないはず」
「えっ」

 お互い、相手が何に驚いているのか分からない。
 "それが当たり前"になっている凌に対し、まだ錦のペースに慣れていない光が眉間を揉んだ。

「あの子は……何も知らないで、凌さんや私をここに置いているの……?」
「そうだな。関わらせたくないから」
「それは私も同じだけど、錦ちゃんの保護者は?」
「俺かな」
「そうじゃなくて、本当の後ろ盾よ。だって私、撃たれて埠頭に倒れていたのよ?あんな小さな子が一人で運べるわけないじゃない。海に落ちたように現場の偽装までして。そうよ、私、いつの間にか怪我も……!」
「それは初耳だが……俺も、錦の素性については何一つ知らない。すごいなあ、とは思う」
「ねえ、まさかとは思うけど……」
「組織と錦は関係ねぇよ」
「……疑っている訳じゃないのよ。ただ、すごく守られていることが分かるから」

 光はそう言いながら、おまじないのかかったイヤリングを撫でる。
 凌にも、光の言いたいことは分かっていた。橙茉の戸籍や家を用意したのは錦だ。組織の追ってから守ってもらったこともある。
 不思議な力を持つ子ども。だが、光を保護した一件で、その力が無尽蔵でないと明らかになった。凌と出会った当初より、錦は弱っているのだ。おそらく、生肉を欲することが証拠だ。
 それでも、凌や光が生きていくには錦の協力が不可欠だ。彼女の守りがなければ、二人ともとっくに死んでいる。
 錦が凌と光を庇護する理由は分からない。だが、味方なのは揺らがない。 

「母さんだから、かなあ」
「お母さんだから、かしら」

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