このクラスで一番の


 教師が小さな箱を持って、机と机の間を歩く。箱の中には小さく折りたたんだ紙切れがわさわさと入っており、児童らは順番にそれを引いていた。
 児童は折りたたんだままの紙切れを握り、落ち着きなく黒板を見つめている。黒板には、教室の机の並びを模した図が書かれており、ランダムに数字が振られている。
 児童らの一大イベント――席替えである。

「はい、じゃあ数字を確認してくださーい」

 メモを確認する音の後、わあわあと声が上がった。それぞれがメモを確認しあうのもそこそこに、教師の指示で移動が始まる。
 錦は自分の体には大きな机を器用に持ち上げ、廊下側の列の一番後ろまで運ぶ。
 錦の席は、児童らにとって重要ポイントだ。小柄な錦は児童らの庇護対象だが、同時に、とても優れていることを知っている。錦の様子をよく目にするクラスメイトたちは、例外なく、錦に憧れのようなものを抱いている。
 
「あ、錦ちゃんそこなの!?やったー前後だ!!」
「錦ちゃんと離れちゃった……」
「錦、ちゃん、ええと、よろしくね」

 席替えの話題がほぼ錦で占められ、教卓に立つ教師の頭に「あいつもこいつもあの席を〜」という名曲が流れる。
 そんな教師にとっても、錦の席は要確認事項なのだ。
 二年A組は、子どもの中に大人が紛れ込んでいるような状態で、教師は常に授業参観の気分なのである。錦が真ん中の一番前の席に決まった場合――たとえ錦にその気がなく、教師の気のせいだとしても――常に緊張する羽目になる。
 決して悪い子ではないのだ。むしろ大人しく、じっとできない子供たちをまとめ、誰にでも慕われ、もちろん成績も文句のつけどころのない優等生。少しばかり、出来すぎるだけで。
 教師はそっと頭を振って、未だ賑やかな教室に呼びかける。

「はーい、移動は終わりましたかー?黒板見えない子はー……橙茉さん、大丈夫?」

 名指しされた錦は、生徒の間から上手く顔をのぞかせて頷く。
 授業を聞かなくても問題ないとか、板書も最低限しかしないとか、そんな空気を読まない発言はしない。錦は、読もうと思えばちゃんと空気を読めるのだ。

「問題ないわ、先生」
 
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