ぬいぐるみ感覚


「こんにちは、リトル・レディ」

 長身を小さく丸め、恭しく手を差し出し、気障ったらしいセリフとウィンクが似合う人間を、錦は初めて見た。
 人によっては馬鹿にされていると感じる出来すぎた対応だが、錦は満更でもなさそうに手を添える。

「こんにちは、安室さん。久しぶりね」

 安室は人懐こく笑って、丁寧に錦を抱き上げた。小柄な錦は安室の片腕におさまり、安室のかぶっているハンチングをずらさないようにバランスをとる。
 洋画の気取ったワンシーンのようだが、現在、二人は強盗傷害事件の真っただ中である。
 
「こんなところで、君に会えるなんて。覚えていてくれて嬉しいよ」
「記憶力は良い方よ。安室さん、今日はお洒落しているのね」
「どうかな?」
「似合っているわ」

 どこにでもあるコンビニエンスストアにて、白昼堂々実行された強盗は、駆けつけた警官に速やかに拘束されている。犯人は興奮していたために店員に怪我を負わせたが、軽症で済んだ。冷静にマニュアル通り通報した店員は、怪我をしたもののひるむことなく、事情聴取に応じている。
 従って、事件そっちのけで安室と錦が話していても何も問題はない。二人は決して薄情というわけではない。

「錦ちゃん、まさかまた一人かい?」
「そうよ」
「心配になるなあ」
「こうして言い寄られているから?」
「やだなあ、僕は純粋に心配しているだけだよ。でも君さえ良かったら、少しお茶でもしていかない?」
「ふふ、エスコートをお任せするわ」
「光栄だよ。じゃあ、抜け出しちゃおうか。僕らがいても出来ることはなさそうだし、あんまり巻き込まれたくないし」
 
 安室は店内の様子を見てそう言い、錦を抱きかかえたまま何食わぬ顔でするりとコンビニを出た。迷いなく歩いていくので、この周辺の喫茶店にも詳しいのだろう。
 なぜか錦は抱き上げられたままだが、安室が上機嫌そうなので大人しく抱っこされていた。

「散歩中に強盗に巻き込まれるなんて、災難だったね」
「あなたも。わたくし、コンビニ強盗は二度目なの」
「ええ……やっぱり、連絡先交換しないかい?あ、携帯って持ってるのかな?」
「持ってるわよ。はい、登録してしまって。……もう、『お友達は犯罪臭がする』と言ったのはあなたよ?」
「君の危なっかしさの前では、そんな言い訳も通じないみたいだ」
「わたくしは、なぁんにも危なくないわ」
「頼もしい限りだけど――…………」

 片腕で錦を支え、片手で錦の携帯を触る安室が、不自然に言葉を切った。
 
「安室さん?」
「ああ、ごめん、なんでもない」
「知ってる人でもいたかしら?」
「まつ、いや、えっと……今時の小学生は携帯を持ってるのが当たり前なのかな。『紅子』ちゃんに『ひかる』ちゃん?」
「紅子さんは、高校生のお友達よ。あと、光(ひかり)はママ」
「ああ、光さんだったか。高校生の友達もいるんだね。はい、登録したよ」
「ありがとう。安室さんのようなお友達がいるんだもの、何もおかしくないでしょう?」
「はは、確かに」

 アドレス帳を確認すると、"安室透"という名前が増えている。凌と光以外はフルネーム登録されているので、アドレス帳の一番上に安室が表示されていた。
 クラスメイト同士で連絡を取る必要にかられたことが未だないので、小学生の連絡先はない。
 
「何かあったら連絡して。出られないこともあるけど、力にはなれると思うよ」
「分かったわ。ところで、今向かっているお店はどんな所?」
「タルトの美味しいお店だよ。あと、コーヒーより紅茶が美味しいかな」
「詳しいのね」
「錦ちゃんの舌に合うといいんだけど」

 にっこり。安室は甘ったるいくらいの笑みを浮かべている。デレデレ、とも言う。
 錦も、慕われて悪い気はしないので、童顔に拍車をかける安室の様子を微笑ましく眺めていた。


(安室さんを癒す/安室さんを癒してあげ隊さま)
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