吸血鬼に輸血パック


 起床一番、錦は察した。
 リビングへ起床の挨拶をするよりも先に、私室の遮光カーテンを開いて天気を確認する。土砂降りの雨だ。数日前からの天気予報は的中している。
 本日は、光が休みということで、ともに自宅でだらだらする予定である。光オススメのファッション雑誌や旅行雑誌の鑑賞だ。天気も悪いし丁度いい、という話になっていた。
 錦は普段からは考えつかない機敏さで部屋を出ると、洗顔を済ませて、リビングを通り過ぎ、キッチンに入る。

「おはよう、錦ちゃん。お休みなのに早いのね?」
「おはよう、光。たまにはね」

 テーブルで朝食をとる光が、欠伸をしながら立ち上がる。凌はまだ起きていない。

「朝ごはんの準備するね」
「いいえ、今日はこちらでいいわ」

 錦は冷凍庫から、"錦用"とマジックで書かれた肉を三パック出すと、その内の一パックを電子レンジに入れた。残りの二パックは冷蔵庫で解凍する。
 光が、お盆に飲み物を乗せてかがむ。錦はタイミングを見計らって電子レンジを止め、やや解凍された生肉パックを乗せた。
 
「体調悪いの?」
「いいえ、むしろいいわ。すこぶる良さそうよ。とっても元気」
「早口な錦ちゃんって初めてかも」

 シャリシャリと鳴る肉をナイフで小さくして、フォークで口に運ぶ。
 光は自分の食事を進めながら、まさしく奇妙なものを見る目で錦の様子をうかがっている。

「そう、わたくし、とっても元気だから……」
「うん?」
「……外出しようかとも思うのよ」
「え?外は土砂降りなのに?」
「ええ」
「のんびりするの好きって言ってたのに?」
「……そうね」
「えーママ寂しいなあ」
「……」
「私、ちょっと体調悪いから家にいたいし……」
「……」
「一緒におうちでゆっくりしよ?」

 眉を八の字にする光に、錦も言葉に詰まる。そろりと視線を泳がせて、生暖かいような冷たいような肉を咀嚼する。
 光が体調不良の原因が、錦の外出したい理由なのだ。
 小学校のある日や、雨の降っていない日ならば構わない。が、換気の出来ない状態で丸一日在宅するのは遠慮したい。
 馬に人参というか、金の亡者に札束というか、肉食獣の前に兎というか――。
 
「錦ちゃーん、なんで駄目なの?」

 光がテーブルに伏せ、錦の顔を覗き込む。そこに悪意はもちろん、悪戯心も微塵もない。

「……駄目では、ないわよ……」

 錦は葛藤を飲み込んでそっと笑む。光が嬉しそうに笑うので、もう撤回することも出来ない。
 凌に、生肉の追加を頼むことは決定事項である。

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