独身貴族


 スモークサーモンやシュリンプの乗ったスコーン、フランボワーズとショコラのマカロン、大きな苺を飾ったムースケーキ、小さなカップのティラミス。
 それらがガラスのプレートに乗り、鳥かごを思わせる金色の曲線におさめられている。
 傍には、シンプルだが上品で繊細なつくりのティーセットが並び、甘すぎずくせのない香りが漂っていた。
 錦は頬に手を添えて、そっと首を傾けた。
 対面には、満足そうに笑う松田が座っている。

「あなたがこういうお店を知っているの、少し、意外だわ」
「評判良いっつって、女どもが騒いでるの聞いたんだよ」
「とても素敵だけれど、食べきれないわ」
「なら包んでもらえばいい。今食べたいものを食え」
「陣平は?」
「甘いものはあんまりな。ま、俺は気にすんな」
「わたくしばかり食べるのでは物寂しいわ。スコーンくらいつまみなさい」
「はいよ」

 それぞれ紅茶を入れて、食べるものを取る。

「この日を空けておくようにと言うから何かと思ったけれど、お茶のお誘いだったなんてね」
「小学校の入学祝いだ。遅くなったがな」
「万年筆をいただいたけれど」
「あれは合格祝い」
「太っ腹ね?」
「俺ぁ養う家族ってのがいないんでね、このくらい痛くもかゆくもねぇんだよ」
「あら……それは……」
「憐れむなよ!」

 松田は反論しながらスーツの内ポケットに手を入れるが、何も出さず、大人しくスコーンを口に運ぶ。店内は禁煙だ。
 錦は、松田の「俺は彼女が出来ないんじゃなくてつくらねーんだよ」という独り身の常套句を聞き流しながら舌鼓を打つ。

「とっても美味しいわね」
「そりゃあ良かった。やっぱそこらの女より、お嬢さんにご馳走した方が有意義だ」
「ありがとう、と言うべきかしら。けれど、そう思っているうちは、結婚できないわよ?」
「容赦ねぇな……。お嬢さんが成人する頃には、俺がいい歳したおっさんだしなあ」
「ふふ、歳の差なんて気にしないわ。わたくしを囲い込んでみる?」
「現職警察官がやっていいことじゃねぇわ……」

 現状も十分通報案件であるが、松田は気づかないふりをする。周囲からの視線が気にならないと言えば嘘になるが、何か悪いことをしているわけではないし、錦に対する行動は恩返しの一環なので堂々としている。開き直っているともいう。
 錦は元より気にしていない。終始機嫌よく入学祝いを楽しみ、丁寧に、上品に礼を述べた。
 

 

「ムースケーキだけ持って帰ると、パパとママが嫉妬しちゃうわね」
「はいはい、何をご所望で?」

(松田さんとデート/如月紫さま)
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