福音を受けし子ら


 錦は毎日歩美らと下校するわけではないが、タイミングが合えば歩美らのグループに混ざる。
 歩美、元太、光彦、コナンに加え、灰原哀という女の子が増えたのは、つい先日のことだ。自己紹介は済ませたが、錦は哀とまともに話したことがない。
 おそらく、クールビューティーという言葉がぴったりな女の子だ。コナンと特に仲がいいのか、よくコナンの隣にいる。
 その日は偶々か故意か、歩美と元太と光彦が公園に走り、錦とコナンと哀の三人が並んで歩いていた。
 錦は、駆けて行く子供たちを見て目を細める。大きなランドセルをがしゃがしゃ揺らしながら走る様子は、転びそうで危なっかしい。

「……魔法でも、おまじないでも、薬でも、なんでもいいわ」

 コナンを挟んだ向こうから、哀が言った。子どもらしくない、妙に冷め切った声だ。

「ねえ、橙茉さん。大人が子どもになるって、あり得ると思う?」
「大人が子どもに?……わたくしは、目にしたことがないわね」
「例えば、この江戸川君。普通の子供にくくることは出来ないでしょう?」
「俺を引き合いに出すなよ」

 錦が顔をのぞかせると、同じような体勢の哀と目が合う。
 はたから見れば、まるで"男の子を取り合う女の子"という可愛らしい図だ。だが常から微笑んでいるような錦はともかく、コナンは居心地が悪そうにしつつも真剣な顔だ。哀も、冷静な声音とは裏腹に緊張しているのが分かる。
 錦は首を傾けながら、哀の問いかけを反復する。

「……江戸川君や哀さんは、大人から子供になった貴重な症例であると?」
「っどうしてそうなるの?飛躍しているわ、貴女もお茶目なところがあるのね」
「だって、そんな人に会ったことがないんだもの。肉体をそのまま巻き戻す、なんて」
「じゃあ……私や、江戸川君に対して、何も思わないの?」
「哀さんは、わたくしが元々大人で、子どもになったと思っているのかしら?」
「……ええ、そうよ」

 苛立ったように肯定する哀を、コナンがたしなめている。小声で話しているが「焦りすぎだ」「だって彼女あやしすぎるもの。私の知らない被害者か、あるいは」「奴らか、だな。怪しいのは否定しねぇけど」などなど、耳のいい錦には筒抜けであった。
 錦には分からない込み入った事情があるらしい。錦は聞こえないふりをして、日傘をくるくる回した。

「その指摘、悪くはないけれど……ギフテッドってご存知かしら」
「……先天的に、高い知能を持つ者のことね」
「ええ。肉体の若返りより、そちらのほうが、よほど現実的でしょう?少なくともわたくしは、あなたたちのことをそう考えているわ」
「"神から与えられた特質(GIFTED)"が、この場に集まっていると?」
「あり得ない話かしら?」
「……いいえ。魔法なんかより、よっぽど現実的だわ」

 哀やコナンは、子どもらしくない卓越した学習能力ゆえに、心無い言葉をかけられたことがあったのかもしれない。自分を守るために、自分たちは本当は大人なのだと、言い聞かせていたのかもしれない。
 錦は一人でふんふん頷いた。

「異質な存在が忌避されることは、珍しいことではないわ。髪色ひとつとってもね」
「橙茉さんは、どう思っているの?」
「自分の価値を決めるのは、自分でしょう」
「……本当に、強いのね、貴女」
「ええ、そうよ」
「一番ちっせーのにな……」
「ふふふ」

 ふっと。哀がどこか脱力したのが分かった。


- 57 -

prevブラックダイヤに口づけnext
ALICE+