川の字は止めよう


 諸星光には、恋人(仮)と娘(仮)がいる。何の変哲もない住宅街の一軒家で三人暮らしだ。光は二人暮らしの家に後から加わったので、生活を始めた当初は驚きの連続だった。
 凌が知り合いだったことはともかく。
 例えばこの一軒家。フリーターが持つには立派すぎる一軒家だが、空き家だったところをそのまま住居としたらしい。その方法は不明だが、そういうことなのだろうと適当に納得している。
 例えば戸籍。娘(仮)がしれっと住民票と戸籍謄本の写しを持って帰って来た時には驚いた。恋人(仮)があまりにも普通なので流してしまったが、冷静になればなるほど疑問がわくし、時間がたてばたつほど、そういうことなのだろうと適当に納得できてしまう。
 そんな不思議な家に住む光は、ある計画を実行せんと、風呂上りの娘(仮)に声をかけた。

「……錦ちゃん」
「なあに?」

 ドライヤーでしっかり乾かした錦の髪がふわふわ揺れる。相変わらずの美人具合に見惚れそうになるが、気を取り直して続けた。

「きょ、今日、一緒に寝ない?ほら、凌さんがバーに行かない日に一緒に寝てるじゃない?たまには私ともどうかなー……なんて」

 何をどもっているのだ。彼氏を誘っているのではない。ただ純粋に、小さな女の子と一緒に寝たいだけなのに。
 光はなんとなく恥ずかしくなりながらも、錦から目を逸らさない。たまに凌と錦が一緒に眠っているのが、少し羨ましかっただけなのだ。二人の間に入る訳にもいかず、こうして凌がいない夜に声をかけているのである。
 錦はきょとんとしていたが、すぐに笑みを深めた。

「怖い夢でも見そうなの?」
「えっいや、そういう訳じゃないけど……凌さんばっかりずるいでしょ」
「いいわよ、今日は一緒に寝ましょう」
「やった!ねえ、せっかくなら、これからは私の部屋で一緒に寝ない?」

 前のめりに問いかけると、錦はなぜか思案気にした。
 光は心の中で、しまった、と思った。錦は見かけ通りの子供ではない。一緒に住んでいるとはいえ、お互いに秘密が多いのだ。常々一緒にいるのは負担になるかもしれない。慌てて撤回しようと口を開くが、錦がぱっと顔を上げた。

「今のは、」
「ほら、今度は凌が嫉妬しちゃうわ。時々にしましょ」
「……ええ、そうね」
「凌がいる日に、三人で寝るのはどうかしら」
「んーそれは……凌さんが嫌がるんじゃないかなあ」
「そう?」

 光は錦を抱き上げて、二階の私室に向かう。整った見目と落ち着いた所作のせいで、まるで人形を抱いているかのように錯覚する。錦は確かに生きているのだが、未だ、この世のものではない印象は拭えない。
 まじまじと見つめる光に何を感じたのか、錦が小さな手を頬にあてて「あらあら」と楽し気に言う。

「凌も光も、甘えん坊なんだから」
「お母さんっ子なの」
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