首を突っ込む
コナンは、杯戸中央病院の廊下で信じられない光景を見た。
この杯戸中央病院では、アナウンサーの水無怜奈ことキールが入院している。交通事故で頭を打ち、現在も意識不明だ。コナンは、キールが入院していることが組織に知られないよう、何かあっても対応できるよう、FBIと協力関係を築いている。
やっと手に入れた組織の手がかりであり、餌。だが、組織がキール奪還に乗り出す可能性も高く、コナンは非常に緊張していた。
そして今日も朝早くから病院にやって来たのだが、おかしなことになっている。
隣のクラスの橙茉錦と、FBI捜査官の赤井秀一が和気あいあいとしているのである。
「"赤井さん"なのに、外国人だったのね」
「満足したら、さっさとおうちへ帰るんだな」
「ちゃんとご飯を食べているの？」
「タクシー代くらい出してやろう」
「貴方こそ診察してもらうべきじゃないかしら」
和気あいあい……ではないかもしれない。会話がかみ合っていないように聞こえる。
コナンが近寄るのを躊躇していると、二人がコナンに気付いた。
「おはよう、江戸川君」
「はやいな、ボウヤ」
「……おはよう、赤井さん、橙茉さん」
赤井と錦が顔を見合わせ、ボウヤ/江戸川君と知り合いか、と言いたげな表情を浮かべている。コナンからすれば、錦と赤井が知り合いであることが驚きだ。
おそるおそる、話に加わる。正直あまり関わりたくないと感じているのだが、二人の関係が気にならないといえば嘘になる。
「赤井さんと橙茉さんって知り合いだったんだね……」
「以前、街で少しね」
「昨日、お嬢ちゃんが事故に巻き込まれていてな、ここで偶然会ったんだ。で、ボウヤとお嬢ちゃんは……」
「小学校で隣のクラスなのよ。赤井さんと江戸川君は？」
「……ちょっとした事件で知り合ったんだ」
「赤井さんも刑事さんなの？」
「アメリカのな。FBIという」
今は休暇中だ、と赤井が肩をすくめる。FBI捜査官であることを明かしても良いのかと少しヒヤリとしたが、錦は組織に何の関係もないし問題ないだろう。錦は不思議そうな顔をして相槌をうっているだけだった。
コナンは、和やかな二人の空気に肩の力を抜く。例の事故に錦が巻き込まれていることは、後続車に乗っていたコナンも知っている。事故時、確認のために飛び出そうとしたものの、事故現場に錦の姿があったので身を隠していた。
「じゃ、じゃあ、今日橙茉さんがここにいるのは、事故の診察で……？」
「それは昨日で終わったわ。今日はお見舞いよ。バイクの女性がどうなったのか、気になったの」
「バイクの女性って……！」
「エントランスに入ってすぐ、彼に口説かれていたの」
「へ、へえ……？」
「口説いた覚えはないが」
赤井さんナイスと心の中で親指を立てる。錦がキールの病室を訪れたところで特に問題はないが、キールの病室の情報は極力抑えたい。
「……江戸川君」
「え、何？」
「あなたの反応から推測するに、あなたも、昨日の事故を知っているのね。赤井さんは事故車の方と知り合いなようだったから、知っていても不思議ではないけれど……」
「僕も昨日、赤井さんたちから聞いたんだ……ハハハ」
「じゃあ、あなたも赤井さんも、彼女のお見舞いに来たのでしょう？道路に出た子どもとわたくし、車に乗っていた外国の方たちも、皆無事だったもの。入院したのは、バイクに乗っていた彼女だけ」
「……」
「……」
「わたくしがここで足止めされている理由は、何かしら」
錦は、組織とは何の関係もない賢いだけの普通の子供だ。妙に鼻が良かったり耳が良かったりするが、立場は普通の小学生であるはずだ。この質問も純粋に疑問に感じたからであり深い意味はない、はずだ。
そう分かってはいても、コナンは少しだけぞっとした。事件の犯人になった気分だった。コナンが推理を披露するとき、事件の犯人はこんな気分なのかもしれないと。
適当なことを言って誤魔化そう、とコナンは愛想笑いを浮かべるが、彼女の興味はあっという間に逸れた。
おもむろに携帯を取り出して、嬉しそうな顔をする。
「用事が出来たわ。わたくし、これで失礼するわね」
「あ、そ、そう。気を付けてね」
「タクシーを呼ぶか？」
「いいえ、構わないわ」
空気を読んで誤魔化されてくれたのか、見舞いに興味がなくなったのか分からないが、病院を去るのは本当らしかった。小さい脚で悠然と、トコトコ正面玄関に向かって歩く。
コナンはじっと錦の姿を見つめ、見えなくなってから乾いた笑みを浮かべた。
「まさか赤井さんと知り合いだとは思わなかったけど……橙茉さんのこと、苦手？」
「…………どことなく、母親に似てるんだ」
「へえ……」
赤井が、体中の空気を抜くかのようなため息をつく。コナンが月並みな言葉でねぎらうと、煙草行ってくる、と返ってきた。
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