ぽわぽわしたホットケーキね


 友人の「やべぇ」と言わんばかりの引きつった表情に免じて病院を出る。
 指定されたコンビニの駐車場には、白いスポーツカーが停まっていた。
 錦が歩み寄ると、運転席から安室が飛び出てくる。安室は錦の前で膝を折り、流れるように抱きかかえると、挨拶もそこそこに車の後部座席に座らせた。まるで熟練の誘拐犯である。

「迎えに行くべきところを、歩かせてごめんね」
「大した距離じゃないわ。安室さんこそ、図書館からこちらまで来たのでしょう?」
「僕は車だから。それに、気が急いて錦ちゃんの家の近所まで行ってしまったのは、完全に僕のミス」
「あわてんぼうね」
「少し忙しくてね。錦ちゃんに言わせると、『まずそう』なのかな」

 安室は運転席を限界までさげて体をひねり、後部座席の錦に苦笑を向けている。錦は笑みながら深く頷いた。
 安室が車内で話すのもなんだし、とシートを調節してシートベルトを締める。キーをひねると、白い鉄の馬が低くいなないた。

「近くに、評判のパンケーキのカフェがあるんだ。ランチも美味しいんだよ。少し待つかもしれないけど」
「お任せするわ。それで、なんのお話?」
「ん?僕そんなこと言ったっけ」
「ついさっき、『車内で話すのもなんだし』と。ランチが本題ではないのでしょう?」
「……君が、交通事故に巻き込まれたと聞いてね」
「昨日の今日で?情報が早いわね」

 錦は世間の狭さに驚いた。
 昨日の事故で、車に乗っていた外国人と赤井やコナンが知り合いだっただけではなく、安室まで。
 安室の知り合いが、外国人なのかバイクの女性なのか道路に飛び出した少年なのかは分からないが、少なくとも、錦は事故のことを話していない。己は無傷であるし、錦にとってはただの日常の一コマに過ぎないからだ。
 錦視点で赤井と安室は接点があるのだが、互いのことを一切話題にしないので、彼らは錦という存在を共有していないと思われる。

「心配してたけど、思った以上に元気そうだね」
「ええ、この通り」
「派手な事故だったそうじゃないか。ちゃんと検査とかしてもらった?翌日に痛みが出るってことも多いんだよ」
「昨日の内に病院を満喫したわ」
「満喫って、そんなに大きい病院に搬送されたの……?」
「基準が分からないけれど……杯戸中央病院は、大きな病院なのかしら」
「杯戸中央病院かあ……」

 安室はハンドルをきりながら、病院名を復唱する。市民病院だから小さくはないと思うよ、と取って付けたような感想を口にした。
 思案気な安室を後ろから眺め、錦はそっと首を傾ける。
 最近、自分の認識と事実がズレていることを実感し始めていた。
 錦が"彼ら"のことについて知っていることは少ない。話してくれるならば聞くが、詮索するつもりはないというスタンスなので、あまり気にしてこなかったのだが。赤井がFBI捜査官であることが判明し、疑問が浮かんだ。
 錦が知っていることは、彼らの所属が同じであることと、凌が死ななければならなかったことと、諸星と名乗っていた赤井と光が恋人であることくらいだ。
 赤井がFBI捜査官だというのならば、安室や凌も同じFBI捜査官だということになる。錦はその組織について詳しくないが、警察組織だというその場所が、凌を殺そうとしたり逃亡生活を強いるとは考えにくい。身近な警察官を思い起こしても、"仕事でミスをすれば銃殺"というような殺伐とした雰囲気は感じない。
 そして、病院にいた赤井と、病院を気にするそぶりを見せている安室。同僚であるならば、赤井から安室へ情報が流れているべきところを、なぜか錦に接触している。
 
「それで?評判のカフェはどこかしら」
「もうすぐだよ、リトル・レディ」

 彼らはどうもちぐはぐだ。昨日の事故も、きっと錦が考えている以上に重要な出来事だったのだろう。
 今日も錦は、渦中にいながら人一倍呑気である。
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