小悪魔ちゃん


 錦が阿笠邸の敷地から出ると同時に、隣家の門扉が開いた。
 自然と顔を向けると、門扉に手をかけている女性もまた、錦を見ていた。つばの広い帽子をかぶっており表情はうかがえないが、しっかりと視線が錦に刺さっている。
 穏やかに挨拶をすると、女性は開いた門扉を放置してツカツカと錦に近づき、さっとしゃがみこんだ。
 帽子の下から、整った容貌が覗く。意志の強そうな大きな目で、じいっと錦に見入っている。
 錦は大人しく凝視されていたが、ゆるりと首を傾けた。

「っ……可愛い!!」

 女性が頬を紅潮させ、笑顔を浮かべる。
 いつぞやのアパレル関係者を彷彿とさせる反応に、錦は小さく笑う。

「ふふ、ありがとう」
「哀ちゃんのお友達かしら。私はこの家に住んでる工藤有希子」
「橙茉錦よ、工藤さん」
「んもう名前で良いわ」
「……有希子ちゃん?」
「きゃー嬉しい!」

 両手を頬に当てきゃっきゃと無邪気に喜ぶ様子に、錦も笑みを深める。
 凌と同年代かと思ったのだが、天真爛漫な笑顔は高校生に混じっても違和感がなさそうだ。実年齢はいくつだろうという疑問がよぎったものの、いくつだとしても誤差の範囲内だろうとすぐに忘れた。
 
「と、こ、ろ、で!錦ちゃんって、もしかしてDevilish kitty?」
「?」
「日本語だと、"小悪魔"ってところかしら。少し前に話題になった、ワンピースの女の子。日本のブランドが出した雑誌だったんだけど、海外でも話題になったのよ。あの時のモデル、もしかして錦ちゃんじゃないかなーって」
「ああ、あの写真ね。そう、わたくしよ。よく分かったわね」
「うふふ、私の目は誤魔化せないわ!顔は隠れてたけど、雰囲気はそっくりだもの。まさか自宅の前で会えるだなんて。モデルだけ?それとも女優志望?」
「どちらでもないわ。あの時だけなの」
「えーそうなの?もったいないわ……役者としても大成できそう……」
「あの時だけなの」
「ハリウッドデビューなんてどう?」
「あの時だけなの」
「残念」

 一時的に楽しむのならばともかく、職業とするには支障が多いのだ。凌や光のこともある。何より、以前と違って錦は暇ではない。小学生は多忙なのだ。
 残念だわ、と繰り返す有希子に、今度は錦が問いかけた。
 
「有希子ちゃんは、普段は海外に?」
「そ、アメリカに住んでるの」
「哀さんのことも知っているのね」
「隣同士っていうのもあるけど、新ちゃ……コナン君から聞いてたの。あ、コナン君と錦ちゃんもお友達かしら」
「ええ、そうよ」
「こんなにキュートなお友達がいるのなら、コナン君も教えてくれればいいのに」

 有希子が口を尖らせながら立ち上がる。立ち姿はもちろん、スカートを軽く払う仕草も魅力的だ。自分の魅せ方をよく分かっているのだろう。

「それじゃ、またお話しましょ!ちょっと用があって、これからこまめに日本に来ることになってるから」
「海外のお話、たくさん聞きたいわ」
「そんなこと言われたらアメリカに連れて行きたくなっちゃうわね……」
「それは困るけれど」
「やあね、冗談よ!」

 有希子が愛嬌たっぷりのウィンクを見せる。
 少しの間を置いて、錦も片目をつむってみせた。
 
- 78 -

prevブラックダイヤに口づけnext
ALICE+