バンド解散


 カウンターチェアで足を揺らしていると、前にアイスコーヒーフロートが置かれる。ただのアイスコーヒーを頼んだはずだが、丸いバニラアイスが浮いていた。
 首を傾けてストローを回すと、カウンターの中に立つ友人がにっこり笑った。

「サービスだよ」
「ありがとう」
「ついでに、コーヒー代も払わせてくれる?」
「ご馳走してくれるの?」
「ええ、もちろん」

 テーブルに置いたばかりの伝票が、褐色の指にさらわれる。
 安室は伝票をエプロンのポケットにしまい、機嫌よく笑った。
 以前、毛利探偵事務所に――正確には毛利家に――訪れた時、ビルの一階に入っている喫茶店で一服したことがある。今日一人で訪れてみれば、驚いたことに安室が店員として働いていたのだ。
 特に職業を尋ねたことはなかったが、いわく、彼は私立探偵であるらしい。毛利探偵事務所所長の毛利小五郎に弟子入りし、同時にこの喫茶店でアルバイトを始めたそうだ。
 錦は、FBIと私立探偵は両立するのかしらと疑問に思いつつも口にしなかった。

「しかし驚いたよ、錦ちゃんがここに来たことがあったなんて。梓さんとも顔見知りみたいだし。まあ、コナン君と友達だったら驚くことでもないのかな」
「わたくしも驚いたわ」
「あはは、『あら』って言っただけじゃないか」
「エプロン、よく似合ってるわ」
「ありがとう」

 昼食でもおやつ時でもない中途半端な時間だからか、客は少なく、店内は穏やかな時間が流れている。テーブルは半分ほど埋まっているが、コーヒーを飲みつつ読書や音楽鑑賞をする客ばかりだ。したがって、安室がこうして錦と話していても支障はなかった。
 安室はため息を吐き、カウンターに頬杖をついた。

「ほんっと、最近は驚かされることばっかりだよ」 
「刺激的な日々なのね」
「殺しても死にそうにないヤツが死んだかと思ったら、死んだはずの人間が生き返ったんだ」
「リビングデッドかしら」
「しかも二人も。現実は小説より奇なりって言うけど、ほどがあるだろ……」
「土の下から出るのは、さぞ大変だったでしょうね」
「日本は火葬だよ?血肉をどうやって手に入れたっていうんだ」
「死んだふりが上手だったのね」
「片方は僕も死亡確認したのに、しれっと連絡してきたんだ。僕はまだ会ってないんだけど。信じられる?自分の目が信用できなくなりそうだ」
「ふふ。安室さん、よほど混乱しているのね」
「大混乱だよ。素直に喜べないくらいに」

 バニラアイスを半分ほどに減らし、ストローをくわえる。静かにコーヒーのかさが減った。
 
「錦ちゃんの近況は?」
「そうねえ……。ママが出て行っちゃったことくらいかしら」
「え……」
「前向きな家出よ。わたくしもパパも、ちゃんと送り出したわ」
「なら良かった……のかな?重苦しい家庭事情の披露じゃなくて良かったよ」
「方向性の違いとか?」
「それを言うなら、価値観の違いかなあ」

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