スーパーアルバイター


 真面目か不真面目かと問われれば後者で、マメか大雑把かと問われても後者な山田一郎が長い間同じ場所でアルバイトを続けられているのは、オーナーが優しくおおらかで話しやすいことの他、同じくアルバイトの橙茉凌の存在が大きく関わっている。
 彼と話すことはとても楽しい。広く浅く色んなことを知っており、話のネタに尽きない。山田が何か悩んでいたら的確なアドバイスもくれる、絵に描いたような良く出来た大人だ。橙茉のような大人の男になりたいと密かに思うくらいには、山田は彼を慕っている。
 だからこそ、橙茉がアルバイトを辞めると聞いた時は、持っていたホウキに足が絡まって転倒するくらいには動揺した。

「な、え?なんで?」
「あっははは、『なんで』ときたか。落ち着けよ、アラサーの子持ちシングルファーザーがフリーターなことの方が問題だろ」
「そりゃそうっすけど、だって今更だし、ここ時給良いし」
「就職が決まったんだ。披露宴のほうも辞めるよ」
「ああ!そういうことか!おめでとうございます!!」

 前のめりで叫ぶと「うるさい」と軽く笑われる。

「逆に今まで決まってなかったのが不思議なくらいなんすけど」
「正社員になると色々自由が利きにくくなるのがな。錦も小学校慣れてきたみたいだから、そろそろ本腰入れようと思ってさ」
「子育てって金かかるっていいますもんね。あー……橙茉さん辞めちゃうのかー」
「山田君も四回生で今年までだろ?」
「俺が辞めるまでいてくださいよぉ」
「大の男が駄々こねても可愛くないぞー」
「イイトコ決まったんでしょ、絶対そうでしょ」
「ははは、まあな」
「メシとか誘ってもいいですか?というか誘うんで!」
「俺のこと大好きかよ」
「はい!」
「力強い」

 山田が単位を落とさなかったり、無事内定を決められたのは、橙茉のおかげなのだ。感謝を感じた場面は数多い。
 彼女と別れずにいられたこともそうだ。さりげない機嫌の取り方、プレゼントのチョイス、自然なエスコートの方法など。山田の紳士度は橙茉のお陰で磨かれた。
 
「んで、俺の結婚式にも来てくださいね!今の彼女とゴールインしてみせるんで!」
「覚えておく。錦も連れて行くよ」
「絶対っすよ!」
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